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15 告白

「私……前世の記憶があるんです……」


 それからは止まらなかった。堰を切ったように、記憶の話をする。


 どんな世界だったか。


 どんな生活をしていたか。


 いつ…どうして亡くなったのか。


 家族構成。仲の良かった友人たち。大好きだった人。楽しかった事、悲しかった事、辛かった事、嬉しかった事。過去に置いて来た、愛おしい記憶の全て。


 そして、今も胸の中に残る、後悔。


 父に、母に、兄妹たちへの。そして、何気なく過ごしてきた日々への。


 去り行く者、置いて行かれた者。両者にとって最後に残るのは、後悔しかない。


 どれだけ愛しても、どれだけ尽くしても、人は足りないから。足りない事がわかっていて、それでも手を尽くして、それでも足りなくて。手を離す瞬間、その後もずっと、後悔だけが残るのだ。


 ああしておけば、こうしておけばと。取り返せない時間の中、その思いだけが消えずに積もっていく。

 お互いにどうしようもない事だと、わかっていても。


 その間、お姉さまは私の話をただ聞いていてくれた。静かに…。


 やがて話が、置いてきてしまった人たちについての事になると、お姉さまは徐に私の隣に移動して、私を抱きしめてくれた。


「泣かなくていい」

「!?」


 いつの間に泣いていたのか。気が付かなかった。


 頭の中で記憶としてあっても、それをリアルに自分の事として考えたことはない。というか、認めたくなかった。記憶の中の人達に対する自分の感情を。


 だって…悲しすぎるから。



 お姉さまに話し、自分の中で凍らせて封じていたものが氷解する。

 ああ、そうだ。私は悲しかったのだ。


 今の家族を愛している。それは間違いない。だけど、それとは別に、私の中のもう一人が過去の家族を探し求めていた。


 置いて来た者、愛していた者たちへの想い。一人で逝く不安。忘れられていく寂しさ。そんなものをずっと抱いていた。会いたくて、帰りたくて、離れたくなくて、一緒にいたくて。もう少しでいいから側に居させて。抱きしめていて。お願いだから、一人にしないで。そんな感情を、何でもない顔をして。


 泣き続ける私を抱きしめ、温もりを与え、お姉さまは何度も私の旋毛に接吻けをしながら、囁く。


「大丈夫…離れるのが辛くても、きっと皆最後には同じ場所に還るから。寂しいのなら私がいる。ずっと君の隣にいる。一人にはさせないから」


 近くに聞こえる声と温もりに、堪らずに、ぎゅうっと抱き着く。縋るように……。





 明るかった陽が傾き、窓の外が茜色から深い藍色に変わる頃、ようやく泣き止んだ私に、お姉さまが飲み物を運んできてくれた。


 湯気の立つ温かいホットチョコレート。


 まろやかな香りと甘い味が、気持ちを落ち着かせてくれる。


 一口、一口と飲み、私が本当に落ち着いたのを見届け、お姉さまは髪を撫でていてくれた手を止めた。


「……なるほど。異世界か……それで」

「……信じて…いただけるんですか?」


 泣きすぎて腫れぼったい目で見上げると、当然とでもいうように頷いてくれる。


「ああ。勿論信じるよ。というか、信じざるを得ない」


 そう言って、彼女は私の心臓の辺りを指さす。


「言っただろう?私は術師だと。さっきも言った通り、君の魂が、この世界の人とは違うのは、幼い頃でもすぐにわかった。だが、違うというだけで、理由がわからなかった。それを知りたかったんだが……悲しい記憶を、思い出させてごめん」


 こんな思いをさせるつもりはなかったのだけれど。と、眉尻を下げ、お姉さまが謝る。彼女が謝る理由なんてどこにもないのに。


「いいんです。それに…話をきいてもらって。何だかすっきりしたし」


 自分では自覚はなかったけれど、自分の中で凍らせていた記憶は、意外なほど重い塊だったらしい。こうして溶かしてみれば、心の中が酷く軽く感じる。


「お姉さまのおかげです」


 どうしたって、何をしたって、別れに後悔は残る。口では何とでも言えるが、結局満足な別れなんて、ない。


 何に後悔したのか、何をどうしたかったのか。話を聞いてもらって、自分の心を軽くして…。成仏というのは、こういう事なのかもしれない。


 自然に笑みを浮かべる私に、お姉さまが肩の力を抜く。


 この重さに、お姉さまも付き合って下さっていたのだ。


 それが素直に嬉しいと思う。


 私の気持ちが伝わったのか、お姉さまはゆっくりと頷き、それから口を開いた。


「それで……さっきアンジェに付いているといっただろう?その存在なのだけど、多分そちらの神みたいな存在じゃないかと思う。エネルギーの次元が違うから。」


 こちらのものではないから、わかりにくかった。


「付いてきちゃったってことですか?」


 そんなすごい存在が?


 びっくりして目を丸くすると、お姉さまは少し困ったように眉尻を下げた。


「神、本体ではないと思うんだ。本体にしては力が小さすぎる。多分与えた加護が、そのまま付いてきてしまっているんだと思う」

「与えた加護…」


 そんなに御大層なものを、もらった覚えはないのだけれど。


 首を傾げていると、お姉さまはもう一度確認するように私を見、それから「うん」と小さく呟く。


「君ととても深く結びついているから、恐らく祖先に近いものなんだろうな。子孫が自分の存在している世界から外れてしまって、心配している。そんな感じなんだと思う」

「祖先……氏神様ってことかな?」


 成人してから離れてしまったけれど、故郷は古い土地で、産土神も氏神も兼ねている所だった。


 氏神様なら何となく納得だ。昔から氏神様は、神の中でも子孫たちに近い分とても優しいと聞くし、自分が子供のように思っている者が、異世界に飛ばされるなんて、それは心配だろう。


「形は異形だけどね」

「え?」

「魂が溶け、他の魂と混じり合い、それを繰り返しながら長い年月の間に人の形ではなくなったんだろうな。まあ本体は遠くて見えないけど」


 そうなるには、一体どれほどの年月がかかったのだろう。


 途方もない時間を考え、驚いていると、お姉さまは私を安心させるように小さく頷いた後、ゆっくりと立ち上がり、最初に座っていた一人掛けのソファへと移動した。


「それで、アンジェの事情はわかったけれど、今日の話をきかせてくれないか」

「今日?」

「ああ。残りカスみたいなものでも、それだけの加護を持っている君に、付いてきたんだ。本体はかなり強い呪いだろう?一体どこでそんなものと縁づけて来たんだい?」


 呪い?呪いと言われて該当するのは、あのコインペンダントだけだと思うけれど。


「?え?でも置いてきたけど」

「?」


 え?置いて来たよね?持って帰ってきていないよね?


 何もない手のひらを見ても、落ち着かない。


「どうしよう。変質者が来ちゃうってこと?」


 夜中に男三人で?


 言った途端に、お姉さまの綺麗な顔がべきべきと強張る。


「変質者……?来ちゃう…?」


 どうしよう。額に青筋を浮かべたまま、凍り付いたみたいになっているんだけど。


「…可愛いアンジェ。私にもわかるよう、最初から説明してくれないかな?」


 美人が怒ると般若になる。それを、身をもって知った瞬間だった。




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