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13 押し付けられた変質者

「?それで?」

「それだけなんだが」

「は?」


 なんだ、それだけか。


 相変わらず、こちらの世界の怪談はぬるい。


 私は、知らず知らずのうちに高まっていた期待と一緒に、入っていた肩の力を抜いた。


 まあ、それでも取り敢えず彼らの抱える事情はわかった。だったら答えは一つだ。


「そのフィオナ様という方の仰る通り、そのコインペンダントを元の場所に返してくればいいだけでしょう?」


 心霊スポットに行って物を持ってきてしまい、酷い目に合う話はよく聞く。


 病院ならカルテ、祠ならご神体、家なら刀や時計みたいな個人的に執着のありそうなもの、堀なら鯉。個人的には、鯉の話が一番怖かった。


 いずれも反省して返せば怪異は終わるが、返さないとひどい目にあい、最悪命を取られる。


 盗みを働いた者への仏教的、因果応報の教えかと思い、日本だけのものかと思っていたが、こっちの世界でも通用するようだ。


 だからアドバイスしてあげたのに、ラウロは恐怖で引きつった顔で、とんでもない事を言いだした。


「わかっている!だからお前に返してきてもらいたいんだ!」

「はあ?」


「頼む、お前にしか頼めないんだ!」

「はああ?」


「家人にこんな危ないもの持たせられないし、友人たちに知られれば、臆病者といわれるだろう。騎士になる身としては、そんなのは耐えられない」

「はああああああ?」


「頼む!お前なら大丈夫だろう?」

「なんでやねんっ!」


 前世、関西人ではなかったけれど、思わず出てしまったわ。


 珍しく私を名指しで呼び出したかと思ったら、ようは、その厄介なコインペンダントを私に押し付ける為に呼んだ、と。そういうことなのだろう。


 なるほど、家人も私を連れて来るのに必死になるわけだ。失敗すれば、自分が行く事になるかもしれないから。


 どいつもこいつも一体何を考えているのか。……否、何も考えていないから、こうなったのか。


「嫌ですよ。何で貴方たちの尻拭いをしなくちゃいけないんですか」

「お前、俺の婚約者だろうっ!」

「そうですよ!アンジェリーナ様は、ラウロの婚約者じゃないですかっ!ラウロに何かあったらどうするんですかっ!」


 二人して唾を飛ばさないで欲しい。ばっちいな。


 大体こんな時だけ、都合よく婚約者扱いしないでよね。


「そう言うなら、エリス様が行かれればよろしいじゃないですか。幼馴染で誰よりも大切な人なんでしょう?」


 以前そう言っていたから間違いない。あの時の勝ち誇った顔まで、私は覚えているわよ。 


 しかし彼女は涙をはらはらと零し、弱弱しくベッドに身を伏せた。


「私だって、できるものならしておりますわ。でも…怖くって……。あんな恐ろしい目に、もう一度会ってしまったらどうなるか……」


 言っている事は本心なんだろうけれど、これだけ大げさに嘆かれると嘘っぽく見えてしまうのは何故だろう。


 胡乱な目でみていると、彼女を庇うようにラウロが手を広げた。


「エリスは只でさえ繊細な子なんだ。あんな恐ろしい目に合わせたくない、と考えるのが普通だろう!」


 繊細な神経を持つ女が、婚約者持ちの男に取り入るか?寝取ろうとするか?正式な婚約者同士の交流会に、毎回現れるか?


 私だったら、もっとラウロの事考えてあげられるのに!って毎回煽るか?


 というか、彼女が繊細だからという理由で行かなくて、当たり前みたいに私に行かせようとするのが単純にムカつくんだけど。私は繊細じゃないといいたいのね?真剣に喧嘩を売るってわけ?


 っていうか、仮にも将来騎士を目指す男が、婚約者の女性に「お化けが怖いから、代わりに返して来てくれ」なんて、よく言えたものだと思うわ!


「とにかく、まるっとお断りです」

「そんなこと言わないで下さいっ!」


 その気持ちを真っ直ぐに彼に告げると、ガバっと素早く身を起こしたエリスが、ラウロの枕元に置いてあったコインペンダントを握り、私に押し付ける。


 そうしてそのまま、力づくで部屋の外まで押し切ると、バタンと扉を閉めてしまった。


「いいですかっ!必ず返して来てくださいよ!?お願いしましたからね!」


 寄り切りとは……。


 あの女のどこにか弱さがあるっていうの?あれを繊細だとか、か弱いというラウロの感性って腐っているんじゃない?


 ともあれ、バンバン叩いても扉はビクともしないし。


 仕方ない。一度帰るか。


 ため息を吐いて、踵を返し、玄関へと向かう。


 大人しく従っているように見えるけれど、頭の中は高速で色々な事を考えていた。


 これを持っていると、今夜三人分の合体男が来るのよね。まったく。小学生が二人で合体して正義の味方になる番組じゃあるまいし。そういえば、あの話の正義の宇宙人も無責任な爺さんだった。小学生が街の平和を守る為に、神様みたいな宇宙人と戦うって。話が大きいのか小さいのかわからないわよね。ノミがリュック背負って富士登山みたいに。


 とにかく、足元から現れるのか、違う場所から来るのかはわからないけど、来ることは来る、と。


「…………?」


 そこに至って、私は足を止めた。ついでに、思考停止すること暫し。


 幽霊であろうと、怪異であろうと男が三人で夜中に来る?男が、夜中に。うら若い女性の部屋に?


 ………え?え?え?それって………。


「それって変質者って言わない?」


 だってこれ持っていると、夜に男が来るわけでしょう?


 まだ16歳の乙女の寝所に来るって……。


「変質者よね?」


 どう考えても変質者だ。


 結論、変質者。


 間違いなく変質者だ。この際、幽霊だろうと何だろうと関係ない。生きていようと、死んでいようと、変質者。許すまじ。


 そうとなれば、わざわざそんな変質者に、会う理由を与えてはいけない。


 おまけに、その変質者が私の部屋と間違えて、お姉さまの部屋に入り込んでしまったらどうするのだ。


 あんな綺麗な人だ。変質者が、ちょっと人の顔覗き込むだけの変質者からストーカーにアップグレードすること間違いなし。


 そんな事になったら、お姉さまに申し訳なさすぎる。


 何とか対処法を考えなくては。


 そこで、玄関へと向かった私は、自分の家の馬車が用意されるまでの僅かな時間で、ホールにいたメイドの一人を呼んだ。あまり普段の仕事では、主人たちとは顔を合わせないような娘さんだ。


 すぐに来てくれた彼女を、ちょっと隅に連れて来て小声で話す。


「仕事中、ごめんなさい。先ほどラウロ様をお見舞いした時に、エリス様からこちらを見せていただいて」


 そう言って私は、ハンカチに包まれた例のコインペンダントを見せた。


「それで他の話をしている内に、うっかり持ってきてしまったの。申し訳ないのだけれど、こっそり返して置いてもらえる?」


 適当な言い訳だったが、コインペンダントと一緒に幾ばくかの銀貨を渡すと、気の良さそうなメイドは笑顔で引き受けてくれた。


「私は無理ですけど、掃除で部屋に入る同僚がいるので、こっそり机の引き出しにでも戻しておいてもらいますね」


と。 


 これで良し。その友人とやらの分もコインを渡したところで、馬車の準備ができたと声がかかる。


 彼女にコインペンダントを託し、私は何の憂いもなく馬車に乗り込んだのだった。





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