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12 大きな代償(ラウロ視点)

 事が動いたのは、それから一週間ほど後の事だった。


 いつものように俺とエリスは、共に寝る前の時間を一緒に過ごしていた。ここ何年かはずっとこうしている。二人きりの甘い時間。


 キスをしたり、おしゃべりをしたり。それ以上の事は、婚約者がいるからすることはないが、仮令アンジェリーナと結婚したとしても、この時間は止める事はないと思う。


 それほど、俺にとっては特別な時間。


 その時間を過ごし、時刻は深夜。そろそろお互いの部屋に戻ろうかと話している時、それは始まった。




 カリカリカリ



 夜の静寂に小さな音が聞こえる。何かはわからない。わからないけれど、気に障る音。


 俺たちは顔を見合わせ、その音の発生源を探した。


 硬質な何かにやはり硬質な何かが当たっている……。そう思った時、二人の視線は室内とベランダを隔てる窓へ向く。


 侵入者だろうか。


 まだ学生とはいえ、一応騎士候補だから、ある程度は自分の腕に自信がある。


 エリスをその場に置き、俺は近くに置いてあった剣を取ると、思い切って窓に掛けてあるカーテンを勢いよく開ける。


 が。


 そこには何もない。


「?」


 カリカリカリ。


 音はまだ続いている。


 心なしか少し大きくなった音を追い、俺たちはゆっくりと同じ方向へと視線を移す。


 ベランダのある窓とは違う位置に取り付けられた、明かり取りのためだけのような小さな窓。


 風か?でもそんな感じはしない。それに音はそこではない。


 耳を澄ましてもう一度音を追う。音は窓の外ではなく、室内からしている。


 同じことを思ったのだろう、エリスが怯えた目をして周囲を見まわしてから、俺の方を向き、息を飲む。


「!」


 誰かの手が俺の足首を握った。


 けれど、自分の周りには誰もいないし、足元は床だ。


 驚きながらも、何かを確認しようと足元を見ると……。


 手が生えている。自分の影から。普通の人間の手と指。それが自分の足首をがっしりと握り締めている。


「ひっ!」


 あり得ない状況に思わず声が上がる。その隙に、もう片方の手がスルスルと出て来て、今度は床に置かれ、何かを探すように床の上を彷徨う。


 先ほどの音は、床を掻くように動くこの手の爪の音。


 突然の衝撃に、動くに動けず暫く手を見つめていたが、やがて、影という水の中から浮かび上がるように、頭らしきものがゆっくりと出てきて…。


 人間の男の顔だ。蒼白の顔色、濁った黄色い目。瞳孔は大きく広がり、それが生者ではない事を教える。


 これは……。


 これを俺は知っている。


「え……?」


 あの日見たアレだ。よくわからないモノ。突然現れたあの、人とも昆虫ともつかないモノ。


「何?何なの?」


 緊張の糸を切るように、エリスが声を上げる。その声に、それはエリスの方へと顔を向け、嗤った。歯を剥き出しにして、声も出さずに。


 エリスが叫ぶ。その瞬間、俺は右腕に激痛を感じた。





 翌朝。昨夜のショックがまだ抜けきらない邸を、あの日一緒に行ったフィオナが訪ねてきた。


 このタイミングで何故?と不審に思いつつも招き入れると、彼女は俺たちの前にコインペンダントを置いた。


 あの時、フィリッポが拾ったものだ。それをどうして彼女がと尋ねると、彼女は少し言いにくそうに口を開いた。


「昨夜、フィリッポの片腕がなくなったわ」

「!!」

「あそこで、彼が何かを拾ったのは知っていたの。でも、捨てなさいよって、説得しきれない内にあの騒ぎだったじゃない?」


 皆で逃げ帰った時、フィリッポはそのコインペンダントを、うっかり持って帰ってしまったらしい。


「気づいた時に、すぐに返しに行けば良かったんだけど」


 フィリッポは、安全な場所まで来たという安心感もあったのだろう。笑って戦利品だと言って、それを自分のものにしてしまった。


「それからよ。おかしくなったのは」


 翌日から、彼は幻覚を見るようになった。聞けば人間じゃない人間が毎夜訪れてくるという。


 それと同時期に、彼の腕に不自然な線が現れ、その線より先が腫れだした。


「原因は不明よ」


 目を伏せ、ため息と共にフィオナは肩を落とす。


 どの医者に見せても原因もわからなければ、治療法もわからなかった。その結果……。


「昨日その部分が壊死して落ちたの。不思議と血も出なかった」


 果実の実が熟して枝から落ちる。そんな感じだったという。


「……………」

「でも今朝、その線が違う腕に現れた」

「!!」


 脳裏に、昨日窓から覗いていた影の姿が浮かぶ。


 そして………。


 俺は自身の右袖を捲った。


 くっきりと浮かぶ赤い線。昨夜現れた時のような激痛はすでになく、今は痛くもなんともないし、縛られているような感覚もない。けれど、心なしか腫れているような。


 その線を見たフィオナが息を飲む。


 多分…同じものなのだろう。フィリッポの腕に現れたというモノと。


 これは…一体何なのか。


 俺たちは呆然とお互いを見、それからそろそろと視線を落とす。


 机の上のコインペンダントへと。


「……フィリッポが、貴方にこれを返して来て欲しいと……」

「………」


 正直嫌だった。あんなものがいる場所にもう一度行くのは。だが……。目の前の赤い線は、確実に自分も当事者なのだと告げている。


 帰さなければ、自分も腕を失うかもしれない。腕を失えば、夢だった騎士の道も閉ざされる。けれど……。怖い!正直に怖い。あんなもの、もう二度と見たくない。


 それでも、男としてのプライドが「行けない」とも言えない。


 結果、俺は沈黙するしかなかった。


 そしてその沈黙を答えと受け取ったのか、結局フィオナはコインペンダントを置いて帰ってしまった。


「こんなもの置いていかないで!」


 とエリスが泣いて訴えたが、彼女は首を横に振った。


「ラウロは騎士になるのでしょう?だったら、その勇気があるなら、大丈夫でしょう?」

「………」


 彼女の言葉に、ここに来ても俺は一言も返せなかった。


 しかし……。


 迷っている内に、腕の腫れは酷くなり、同時に眠れない日が続いている。


 深夜の訪問者は、あの日だけでなく、毎晩俺の前に現れるようになり、フィリッポは両腕と片足をすでに失ったと聞いた。




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