10 ノリと見栄(ラウロ視点)
夜会の最中、偶然友人カップルにあった俺たちは、彼等と共に堅苦しい宴席を抜け出し、街の酒場に繰り出していた。
しかし、繰り出したのはいいが、お互い夜会仕様の恰好だったから周囲から浮く事この上ない。仕方なく、仕切りのある席に通してもらい、改めて乾杯する。
そこで改めてジョッキを合わせ、温い酒を飲み干し、新しい酒を注文する。
やはり堅苦しい夜会よりも、こういった気楽な店のほうがいい。友人たちやエリスも同じ気持ちなのか、店の者が持って来たジョッキを笑顔で受け取ったその時。
ただでさえ賑やかな店の中で、ひと際盛り上がっているグループの存在に気が付いた。
男ばかりの中に、酒場の女給が数人付いている。
酒が入っているせいか大声で話しているから、話の内容は自分たちどころか、酒場にいる人全員に聞こえているだろう。
彼らの話は、心霊スポットに行ったという武勇伝だった。
怖い話というものは、古今東西、人の興味を引く。
女給たちの「いやー、怖―い」の声や、「凄い、勇気あるのね。かっこいい」の声が彼等を増長させ、周りの興味をより引く形になっていた。
彼等によると、行った先はアクアフィオーリの郊外、アルベロコリーナ。俺たちも聞いたことがある、有名な心霊スポットだ。
確かすでに住人はおらず、廃墟だけの場所と聞く。
場所を聞いただけで、単純に凄いと思った。何しろあの場所は呪われた場所と言われ、今でも真偽は不明だが、肝試しに行った連中が事故で死んだ、とか呪われて精神を病んだ、命を奪われたなど沢山の逸話がある場所だから。
多分、近隣で一番の心霊スポット。
彼らの話を片耳で聞きながら酒を飲んでいると、男の方の友人、フィリッポが何かを思いつき、顔を寄せる。
酒臭い息を間近に感じるが、この喧騒の中では顔を近づけなければ会話もできないから仕方ない。
奴は悪戯を思いついた子供のような、キラキラした目で告げた。
「なあ、俺たちも行かないか?」
「はあ?どこに」
「アルベロコリーナだよ」
「!」
聞いた時は、正気か?と思った。だから返した言葉は
「冗談だろう?」
だった。だが、奴は本気らしい。
「本気だって。あいつらだって無事で、あれだけ騒いでいるんだ。どうせ行けば、たいした事ない場所だって」
「いや…でも」
「士官学校の連中にも自慢できるぜ?あそこに行ったって言ったら、皆スゲーってなるだろうしさ。女の子たちだって、ああやって「きゃあきゃあ」言ってくれるしさ。な、いいだろう?」
「……」
正直女の子はエリスがいるからともかく、学校の連中に自慢したいという気持ちはあった。
男は、女の子の前で見栄を張りたがるけれど、それ以上に、男の中で見栄を張りたい生き物なのだ。
級友たちから尊敬のまなざしを受ける自分を想像し、俺は気が付いたら怖さも忘れて「うん」と頷いてしまっていた。
決行したのは、翌日の昼。
実はあの話の後、「すぐに行こう」となったのだが、御者に止められたのだ。
夜会の後だったから、女の子たちのドレスが汚れる、というのが一つ。もう一つは、こんな時間では、ある程度の準備なしに行けない、ということだった。
考えてみればすぐわかる事なのだが、夜の廃村だ。街灯なんてない田舎道を、馬車に付いている小さな灯りだけで行くのは危なすぎるし、着いた先だって廃村だから、今は草木が生い茂っているので、夜会用の靴では無理だ、ということだった。
御者のもっともな指摘に俺たちは納得し、結局その夜は解散することにした。
俺としては、落胆が半分、安堵が半分と言ったところか。
級友からの賞賛は魅力的だけれど、やはり怖いというのもあるから。でもここで怖いなどと口に出したら、フィリッポに「弱虫」とからかわれるし、行ってきたという先ほどの酒場の男達にも負ける気がする。
何より、臆病者と、エリスにがっかりされるのが怖かった。
だから帰る道中、何とも中途半端な気分でいたのだが……。
「じゃあ、明日明るい内に行こうぜ?」
馬車に揺られながら、フィリッポが明るい声で言う。
「諦めてないのかよ」
「諦めるわけねーじゃん、こんな面白そうな話。夜が無理なら昼に行けばいいんだし。昼なら、かったるい準備もしなくていいだろう?」
ケラケラと笑う彼に、彼の隣に座っていた彼の彼女、フィオナが渋面を作る。
「えー、怖いの嫌なんだけど。私はパス」
「いいじゃないか。昼なら怖くないしさ」
「昼でも夜でも、呪いは関係ないでしょう?」
彼女は自分の言葉に怖くなったのか、寒くもないのに自分の両腕を抱きしめる。
「俺がいるから平気だって。呪いなんて、あるわけないし。あってもどうって事事ねーよ。な、ラウロ」
「あ、ああ」
ここで俺も怖い、なんて口が裂けても言えない。
自分の隣にいるエリスも、不安そうな顔で俺を見上げるけど、笑顔を返して頷く。
そう、昼なんだし。大丈夫。だと思う。
「よーし、決定!」
そうして俺たちの肝試しは決定してしまった。
アルベロコリーナは、有名な心霊スポットにも関わらず、情報はあやふやだ。
曰く、村長の息子に殺された盗賊の幽霊が出る。
曰く、盗賊に殺された村人の幽霊が出る。
他にも、物音がする、光が移動する、うめき声がする。足首を掴まれた、肩を叩かれたなど細かい物まで含めると、多種多様。
ある意味心霊スポットとしては、一般的な場所ともいえる。
ただ一つ注意点があるとすれば、『〇〇を持ってきてはいけない』というルール。この話がどこから来たのか知らないし、〇〇に当たる部分が何なのかもわからない。なので、とりあえず何も持ち帰らない、と繰り返し自分にいいきかせていると、不意に馬車の揺れが止まった。
「あー?もう着いたのか?」
酒も入っていないのに、今日もハイテンションなフィリッポが辺りを見回す。
「何もない所みたいだけど…」
「そうよね」
彼に続いて、フィオナとエリスも小さな窓から周囲の様子を伺う。
昨日の夜会のドレスとは違い、今日の彼女たちは動きやすいよう、シンプルなものを着用し、踝が見える長さのスカートを履いている。足元も勿論ヒールなどない、歩きやすいものだ。
彼女たちの言葉に俺も反対側の窓から、外を見る。
確かに何もない。
「おい、間違いないのか?」
と、フィリッポが御者に尋ねると、御者はどこか緊張の面持ちでこくりと頷いた。
「間違いはないのですが、これ以上馬車では行けないんです」
彼が指さしたのは、馬車の前方。
仕方なく下りて確認すると、そこには境界で区切られたように、林がある。森という広さではない。牧草地の中に、こんもりと木が生えているという感じ。
聞けば、境までは近隣の村人や牛などが入るから、比較的人の手が入っているが、あの境界線から向こうは誰も行かないので、あの状態になってしまったそうだ。
四方八方から伸びている枝。なるほど。あれでは馬車は通れない。それに、まともな道すらない。というか、ここまでの道もかなり悪路で、むしろよくこの馬車でここまで来られたな、と感心するくらいだ。
「じゃあ、ここから歩きってことかー」
だるい、と文句を垂れながらも、フィリッポが先頭を切って歩き出す。
その後に「ちょっと待ってよ!」とフィオナが続き、俺もエリスを伴って歩き出した。
昼とあってか、まったく怖くはない。
そんな気持ちの余裕すら感じていた。
そう…この時までは。