リサイクルハウス
夏休みを目前に控えた七月。
ある学校で、数人の学生たちが放課後の教室で話をしていた。
「もうすぐ夏休みだな。
今年は家族で海外旅行に行く予定なんだ。」
「いいなぁ。
うちはお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に行く予定。」
「うちなんて親が仕事で忙しくて、何の予定もないよ。」
「そう楽しいことばかりでもないだろう?
夏休みの宿題がてんこ盛りだぞ。」
その学生の言う通り、その学校では毎年、夏休みの宿題が大量に出される。
特に夏休みの自由研究は曲者で、
学生たちが実際に動いて活動し報告することが求められた。
それを思い出して、学生たちは腕組みをして唸っていた。
「う~ん、自由研究はどうしよう。」
「小学生でもあるまいし、朝顔の観察日記ってわけにもいかないよな。」
「誰か、いい案はない?」
学生たちがお互いの顔を見合わせる。
すると、一人の学生が満面の笑みを浮かべて言った。
「僕にいい案がある。
みんなでリサイクルハウスを作らないか。」
「リサイクルハウス?」
学生たちは頭を寄せ合った。
夏休みの自由研究に、みんなでリサイクルハウスを作る。
そう提案したのは、一人の男子学生だった。
その学生曰く。
「この学校の裏山に、使われていない小さな小屋があるんだ。
そこを修理して、不用品を使って生活してみるんだ。
名付けて、リサイクルハウス。
どうだい?」
すると話を聞いた学生たちは、首を傾げた。
「リサイクルハウス?
そんなの、専門家でもない俺たちに作れるのか?」
「あくまで夏休みの課題だから。
夏だし、段ボールを貼る程度でも十分だろう。」
「食べ物とかはどうするの?まさか畑を作るの?
食べられるようになるまで時間がかかると思うけど。」
「間違えないようにして欲しいんだけど、
これはリサイクルハウスであって、自給自足の実験ではないんだ。
道具や足りないものは他所から持ち込んで構わない。
普通なら捨てられてしまう不用品を使って、
どこまで生活できるのかって実験。
だから食べ物は不要なものを集めてきて料理するとか、
あるいはコンビニで賞味期限間近の弁当を貰ってきてもいい。」
「なるほど、それならわたしたちにもできそう。」
「普段の生活でどれだけのものを無駄にしてるか評価する研究、
ってことで自由研究としても成り立ちそうだな。」
「いいね、やってみようか。」
そうして教室に集まっていた数人の学生たちは、
夏休みの自由研究の課題として、リサイクルハウスを作ることにした。
日付は過ぎて、学校は夏休みに入った。
夏休み初日のその日、
あの数人の学生たちは、リサイクルハウスを作るため、
早速、学校の裏山に集まった。
「で、その小屋ってのはどこにあるの?」
「こっちだよ。そんなに山奥じゃない。」
歩くこと十分ほど。
ほどなくして、件の小屋が姿を現した。
その小屋は事前の話通り、ボロボロの廃屋といった様相だった。
古い木造の小屋は窓ガラスが割れたまま、
あちこちの木材が傷んで壁に穴が空いてしまっている。
建付けの悪い扉を開けると、中は埃と砂まみれだった。
「うわぁ。
これはリサイクルする以前に、大掃除が必要だね。」
「でも、夏の短い期間だけなら、過ごせなくもないかな。」
「そうと決まったら、早速作業に取り掛かろう。
男子はそのへんのゴミ捨て場とかを巡って、
小屋を補修する板切れや必要な家具を集めよう。
無料で貰えるものなら店で貰ってもいい。
その間に女子には小屋の掃除を頼めるかな。」
「いいよ。」
「わかった。」
そうして学生たちは、廃屋の小屋をリサイクルハウスとすべく、
各々の思い当たるところへと向かっていった。
それから数時間後。
夏の日差しが傾きかけた頃になって、
散り散りになった学生たちが小屋に戻ってきた。
「ただいま。色々集まったぞ。」
学生たちが集めてきたのは、
段ボール、板切れ、古い家具、などなど。
確かに一目見るならそれは不要な廃品に違いなかった。
「こんな捨ててあるようなもの、使えるようにできるの?」
「そこはそれ、道具は家から持ってきたから。
俺たちにできる範囲で修理して使おう。」
「まずは小屋の壁に空いた穴を塞ぐところからだな。」
「そうだな。
おお、小屋の中はきれいに掃除してくれてあるな。」
そうして学生たちはまず、小屋の壁に空いた穴を塞いでいった。
拾ってきたり貰ってきたりした板切れを打ち付けていく。
それでも足りないところは、段ボールで穴を塞いだ。
窓ガラスは手に入らなかったので、網と段ボールで開け閉めできるようにした。
小屋を直したら次は家具。
拾ってきたと思しき、斜めを向いた机などを補修していく。
「道具があると、修理も意外と何とかなるものだな。」
「自給自足と再利用の違いだね。」
直した椅子と机、段ボールのベッドなど、
小屋の中は、見てくれは悪いながらも家具も整っていった。
「これなら意外と生活はできそうだな。
何日くらいこのリサイクルハウスで生活する予定なんだ?」
「みんなの予定を考えたら、一週間くらいかな。
それくらいの期間があれば、レポートも書けると思う。」
「一週間か。長くはないけど、短くもなさそうだね。」
学生たちは楽しさ半分、覚悟を決めて小屋の中に入った。
学生たちが小屋を補修して間もなく、夏の長い陽が暮れた。
小屋には電気もガスも通っていないので、明かりが乏しい。
用意できたのはせいぜい、拾ってきた電池の寄せ集めで点けた懐中電灯程度。
だから学生たちはいっそ夕食は外でと小屋の外に出た。
「わぁ・・。」
小屋が建つのは学校の裏の小さな山の中。
それでも、街明かりから離れた頭上には、夏の星空が瞬いていた。
「きれいな星空だな。」
「あの星、なんて名前だったかな?」
「わかんない。どうせ人間が付けた名前だよ。」
「それもそうだね。」
それから学生たちは、拾ってきたカセットコンロでバーベキューをした。
「本当は焚き火でもしたいところだけど・・・」
「流石に火は危ないからな。
カセットコンロもガス缶は買ったものにしたよ。」
「もちろん、肉もな。
野菜は八百屋で痛みかけのを譲ってもらえたよ。」
「燃料や食料を集めるのは難しいね。これもレポートに加えておこう。」
満天とは言えない星空の下、貧相な火のバーベキューを学生たちは楽しんだ。
食事がそんなものだから、もちろん大量のお湯など用意できるはずもない。
学生たちは皆で揃って銭湯に行って、
リサイクルハウス作りの疲れと汚れを落としたのだった。
学生たちが作ったリサイクルハウス。
その問題は、夜寝る頃になって発生した。
「・・・暑い。」
明かりですら懐中電灯だけなのだから、冷房など用意できるはずもない。
学生たちは、エアコンも扇風機もない小さな小屋の中で、
汗だくになりながら寝苦しい夜を過ごしていた。
そこには暑さを紛らわす夜空もない。
窓の網戸からは、そよ風すらも吹き込んでこない。
学生たちはガバっと起き上がって叫んだ。
「暑い!」
「こんな中で寝られるか!」
学生たちは汗だくで起き上がると、小屋から外に出ていった。
小屋の外には幾分か風が吹いていて、山の木々が涼を与えてくれた。
学生たちは冷静さを取り戻して、お互いの顔を見合った。
「どうする?このまま小屋の中で寝るか?」
「無理!」
「だよなぁ。じゃあ今夜は家に帰って寝るか?」
「でもそれじゃあ、リサイクルハウスは初日から崩壊だよ。」
「いっそ小屋の外で寝るとか。」
「それも野宿だから、リサイクルハウスとは言えないよ。」
学生たちは汗だくの頭を寄せ合って考えていた。
そうして、気が付いた。
「・・・なあ、この風、変じゃないか?」
「変って?」
「涼しすぎるっていうか、自然の冷たさじゃないような。」
「そうそう。まるでエアコンの風みたいな。」
「そうだよ、この風、どこかからエアコンの風が流れてるんだ。」
「外に流れてくる空気は不用品だよな?
じゃあこのエアコンの風を集めてリサイクルハウスまで引いてこよう!」
涼を見つけた学生たちは、俄然やる気になって、
森を流れる涼し気な風の出どころを探しに行った。
そしてそれは、それほど苦労することなく見つかった。
大きな平たい建物。
暗闇の中でそれは、倉庫か何かのように見えた。
その建物の排気口のようなところから、冷風が溢れていた。
「ここだ!ここから冷たい風が出てるぞ!」
「ここ、何の建物だろう?冷蔵庫かな。」
「多分そうだろう。
排気口から外に出してるってことは、この冷風も不用品だよな?」
「そうさ。よし、これを小屋まで引いてこよう。」
「どうやって?」
「段ボールか何かで、即席の通風管を作ろう。
それほど離れてないし、大丈夫だろう。」
そうして学生たちは、持ち寄った段ボールなどを使って、
即席の通風管を作った。
ちゃんとした通風管とは違って漏れも多いが、
リサイクルハウスの窓に繋ぐと、ちゃんと冷気が伝わってきた。
「やった!これでリサイクルエアコンができた。」
「ちょっと薬品みたいな臭いがするけど。我慢できなくはないかな。」
「探せば何でも見つかるものだな。」
「これでやっと眠れそうだね。」
そうして学生たちは、拾ってきた冷気のおかげで、
リサイクルハウスで快適な夜を過ごすことができた。
夜半までは。
次の日の朝。
学生たちは森の小鳥たちの囀り目覚ましに、起床を迎えた。
昨夜に急造で作ったエアコンのおかげで、快適な睡眠だったのは、
しかし最初だけだった。
学生たちは目の下に隈を作り、気怠そうな顔をしていた。
「・・・よく寝られたか?」
「いや、あんまり。」
「なんかさ、変な声が聞こえなかったか?」
「聞こえた。ここから出して、だったかな。」
「わたしは、枕元に誰かがいる気配がして眠れなかった。
誰も夜中に起き出したりしてないよね?」
「そのはずだよ。」
みんながみんな妙な体験をしている。
そうであれば偶然ではないだろう。
これはただの合宿ではない、自由研究としてのリサイクルハウス。
何の都合なのか確かめるべく、学生たちは小屋を調べた。
窓から射し込む陽の明かりに照らされている、
今の小屋の中には異常は見られない。
では何が原因なのかと、学生たちは小屋を出て辺りを調べた。
森の木々に変化はない。
リサイクルハウスの周辺には問題は見られない。
そうすると、自然と原因は、あの急造エアコンの配管が疑われた。
「そういえば、あの冷風が出てる建物が何なのか、調べてなかったな。」
「うん。一応調べてみようか。」
学生たちは段ボールの通風管を伝って、朝の森を歩いていった。
夜とは違ってそれほど時間はかからなかった。
通風管の元の平たい建物が見えてきた。
陽に照らされた建物は平たく、やはり倉庫のように見える。
だがそれが倉庫ではないことを建物の名前が物語っていた。
「これ、この建物の名前だよな。斎場って書いてあるけど。」
「斎場ってつまりは火葬場だよな?」
「火葬場で夜通し冷風が出てるのって、ただの室内じゃないよ。
例えば、遺体安置所とか・・・」
「じゃあ俺たちがエアコン代わりに引いてたのは、
遺体安置所の冷気だったのか?」
「冷気だけじゃないよ。
夜に聞こえてた声とか気配とかも・・・!」
真相を知った学生たちは、リサイクルハウスに取って返すと、
せっかく作ったリサイクルハウスの取り壊しを始めたのだった。
夏休みが終わって、学校が始まって。
自由研究の課題の報告に、学生たちはこう記した。
「私たちは、このリサイクルハウスの生活を通じて、
この世の中には決してリサイクルできない、
リサイクルしない方がいいものがあると知りました。」
終わり。
梅雨の暑さにうなされながら、この話を考えました。
夏本番はまだまだこれからですが、
いくら涼をとりたくとも、涼しさには色々あるということで、
この話が幾分かの涼になれば幸いです。
お読み頂きありがとうございました。