第74話 底に沈んだ青年月伏廃人、筋肉好きの式部の過去
ゲームのNPCと人間であるプレイヤーの意識が入れ替わった世界の話。ゲームマスターの思惑によって全ての仮NPCはダンジョンカジノでの命を賭けたスキルを使った能力勝負が始まった。レトファリックが勝利した頃、峰未雨はネガティブな月伏廃人とタッグを組んで対戦相手を殺さなければならなかった。月伏廃人は不運のカードの能力を得たのち峰未雨とともに対戦相手、獅子川一行の血潮見、式部と鉢合わせ勝負が始まった。月伏廃人の潜在能力がとんでもなく原理は分からないが自身の不運のカードのスキルを強化できゲームシステムを覆すほどの力を得ようとしていた。
その言葉に峰未雨は一瞬ためらった。
だがその間際に能力が発動された。
[強化完了:劣等者の王威]
漆黒のオーラが月伏廃人を包み込み、地面に影が広がる。
その姿を見て、森の奥で観戦していたゲームマスター・緋戸出セルが口角を上げた。
「月伏廃人か面白いねこの人は。自分の弱さそのものを力に変えるプレイヤー……これこそ、DESSQの混沌にふさわしい。」
そして、遠く離れたダンジョンカジノの観戦画面に表示される。
[新たな脅威が出現しました:ロード・オブ・インフェリア、月伏廃人]
観客たちはざわめき、NPCもプレイヤーもその名前に震えた。
峰未雨は目の前の青年を見つめ、思わず息を呑む。
「……本当に、やばい奴を仮彼氏にしちゃったのかも。」
焦りの汗が血潮見チームに流れる。対戦相手である月伏廃人の行動が圧倒的に危険だと判断した。強化した能力を発動したことに血潮見と式部は気づきすぐに身を守る行動をとった。
「月伏の能力が只者じゃない。これ以強力になる前にたたくぞ血潮見!」
血潮見も式部の危機感を同じように感じ取り瞬時に呼応した。
「分かってる。漫画でもこういう展開は危機に直結する。月伏の威圧が圧倒的な覇気に成長してやられる前に今殺しておかないといけないはずだ。」
血潮見と式部は同時にスキルを使用した。
「血樹脈、脈喰いの樹」
血潮見は地面から巨大な血樹を召喚し、根で生命力を吸い上げて自身を強化した。
強化した体を使って月伏をめがけて走りこんでいた。
「スケルトンアーム、骨茎融合」
式部はスケルトンアームと食虫植物を融合させ、触手のような捕食武器を形成。その
スキルで作り上げた武器を使って月伏廃人に襲いかかろうとしていた。
地面を揺らすような低音が辺りに響いた。
血潮見の血樹脈が伸び、根が大地を這うたびに土が震える。
式部の骨茎融合も唸りを上げ、空気を裂くような音を立てて触手を振るった。
だが、その瞬間。
「遅い。」
月伏廃人の声が、まるで時間の流れそのものを歪ませたかのように重く響く。
黒いオーラが膨張し、地面に滲んだ影が渦を巻く。
そこから無数の手が、闇そのもののように生え出した。
それは人の形をしていながら、誰のものでもなかった。
過去に彼が殺め、蔑まれ、そして喪った者たちの影。
彼の弱さと怨嗟が具現化したかのような光景だった。
[更なるスキル強化、スキル発動:影食いの王座]
血潮見とは彼の波動を感じただ慄くことしかできなかった。
「は?スキルがさらに強化されただと。」
式部も彼の圧倒的な威圧に体を震え上がらせていた。
「2回分のバフ。その異常な畏怖させる力。お、面白れえ。腕が戦いたいって言ってる。」
血潮見の血樹脈の根が触れた瞬間、赤い液体が黒に染まり、逆流する。
生命を吸い上げるはずの根が、逆に喰われていく。
血潮見の頬に冷や汗が伝った。
「なっ俺の血樹脈が、飲み込まれてる?」
式部も即座に距離をとった。
彼女のスケルトンアームが震え、触手の先端から黒い瘴気が這い上がってくる。
「この何なの、この腐蝕の波動!?」
月伏はゆっくりと歩き出した。
一歩踏み出すたび、地面の影が蠢き、まるで生き物のように広がる。
その中心に立つ彼は、もうプレイヤーでも仮NPCではなかった。
DESSQそのものが生んだ、秩序を拒む存在。
「僕は、弱い。
だからこそ、誰よりも下から世界を見上げることができる。
その底から見える景色を、君たちにも教えてあげるよ。」
次の瞬間、彼の両目が赤黒く輝いた。
影が一斉に血潮見と式部の方へ伸びる。
避ける間もなく、式部の触手に絡みついた影が骨を砕き、植物を枯らしていった。
「くはっ!!な、て力。」
式部の悲鳴が響く。
血潮見はすぐさま反応し、地面を蹴って跳び退く。
だがその背中に、影が触れた。
瞬間、視界が反転し、思考が凍りつく。
まるで“自分の過去”を無理やり覗かされるような痛み。
泣いている自分。
漫画を描く練習をして血のかたまりができている手。
そして、もうやめようよ、お前つまんないよ、この漫画面白くないという声。
「これは、俺の記憶、を、」
月伏の声が、遠くで囁いた。
「そう。君たちの強さの根っこには、いつだって恐怖と後悔がある。
僕はそれを糧に、王になる。」
オーラが爆ぜるように広がり、周囲の木々が灰になる。
観戦していたNPCたちは震え上がり、実況AIが錯乱するように警告を発した。
[警告:システム干渉レベルCを超過。ゲームマスター確認を要請。]
緋戸出セルはその映像を見つめ、静かに呟いた。
「……やっぱり、あの子は人間の負を完璧に再現している。
DESSQがここまで進化するとは、作った僕でも思わなかったよ。」
黒い霧の中、月伏廃人がゆっくりと腕を上げた。
掌の上には、球状の闇が集まり始める。
その中心で、赤い血が反転して流れ、まるで世界の理を逆さにしていくようだった。
「終わりだ。」
空気が裂け、影が咆哮を上げた。
全てを喰らう暗黒が、戦場を包み込む。
影が、触れた。
その瞬間、式部暁の世界は静止した。
音が遠のき、戦場の叫びも消え、あたり一面が無音の闇に包まれる。
次の瞬間、視界の奥からノイズのように記憶が滲み出した。
それは、彼自身の過去、現実世界の痛みだった。
白い蛍光灯、鉄の臭い、汗の音。
目の前に広がるのは、高校のトレーニングルーム。
鉄棒にかけられたバーベルの銀色の光が、淡く床を照らしていた。
過去の自分がそこにいた。
無言で、ただ黙々とベンチプレスをしている。
回数を数えることもなく、息だけを整えて。
「式部、まだやってんの?マジで筋肉しかない男だな」
「勉強もしろよ。そんなもんで大学受かるわけねぇだろ」
笑い声が響く。
あの日々、何度も聞いた声だった。
式部はそれを覚えていた。忘れたかったのに。
彼は、昔から筋肉に取り憑かれていた。
それはただの趣味でも美意識でもない。
もっと切実で、痛みに近い。
小学生のころ、式部はいつもクラスでいじめられていた。
痩せていて、声も小さく、反抗もできなかった。
体育の授業ではボールを怖がり、運動会では転んで笑われた。
そのとき、誰かが言った。
「お前、骨だけじゃん。人間っていうより、棒人間だな」
笑いが起こり、心のどこかが切れた。
それ以来、鏡を見るたびに、自分の体が憎くなった。
なぜ、こんなに頼りないんだろう。
なぜ、こんなにも存在感がないんだろう。
中学に上がった頃、ある日、放課後の体育館裏で偶然見かけた。
一人の先輩が、誰もいない場所で懸垂をしていた。
夕陽に照らされたその背中が、異様に美しかった。
皮膚の下で動く筋肉の線、汗の滴り、呼吸の重さ。
それは何かの芸術作品のようだった。
式部は息を飲んだ。
これだ。
自分の中の弱さを消すための、唯一の形がそこにあった。
その日、家に帰ると母親の古いダンベルを押入れから見つけ出し、床の上で真似をした。
重さなんて感じなかった。ただ、無心で腕を動かした。
最初は誰にも言わなかった。
だが、筋肉は裏切らなかった。
腕に、肩に、わずかに線が現れるたびに、世界が少しだけ違って見えた。
俺でも、変われるんじゃないか、そう思えた。
だが、世界は甘くなかった。
「式部って、鏡見すぎじゃね?」
「筋肉しか脳がないやつ、ウケる」
「なんか、気持ち悪い」
陰で笑われ、教室では浮いた。
SNSには勝手に撮られた写真が載せられ、「マッチョフェチ」などとタグをつけられた。
彼は怒ることも、否定することもできなかった。
その代わり、誰もいない部屋で腕立て伏せをした。
自分を守るための殻を、肉体で作るように。
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