73話 ハローワークで見つけた冒険者業が天職だった件
ゆっくりと開かれたドアの先には見覚えのある人物が立っていた。
まずその姿を見て、始めに声を出したのは紗夜さん。
まぁそれは必然だと思う。
「玲央――っ!!」
「お、おう」
少し恥ずかしそうに視線を逸らし、姉に手を挙げる。
「はーい、今日から第2支部で働く相羽玲央くんで〜す! 本部首になっちゃったらしいので俺がスカウトしました〜!」
「え、そんなのありなんですか!?」
俺がそう聞くと、
「まぁ〜いんじゃない? 俺らあんまり本部と深い関係ないし。つーことでみんなよろしく〜。各自業務戻っていいよ〜」
軽い、相変わらず久後さんは軽すぎる。
その合図でねるさんは、そそくさと実験室へ再び籠った。
「海成さん、あの人ってたしかこの前本部を無茶苦茶にした人じゃ……?」
凛太郎は俺の耳元でコソコソ訊ねてくる。
「いや、もう玲央は大丈……」
「あぁ。あの時は正気じゃなかった。もう大丈夫だから安心してくれ」
俺が答えるより早く玲央が回答する。
てか耳良すぎるだろ。
そう思って俺と凛太郎がポカンとしていると、
「あ……そういう質問じゃなかったか? どうにも本部の一件からそんなイメージになってしまってな。今コソコソと話していた彼もそのことを気にしているのだと思って」
どうやら玲央には聞こえておらず、当てずっぽうで答えたようだ。
その言い草から冒険者関係の場へ行くとそう問われることが多いのかもしれない。
「あ、いえ……玲央センパイ。答えてもらってありがとうございます! これからよろしくお願いしますっ!」
凛太郎はクッと口角を上げ、笑顔で挨拶をして去っていく。
どうにもまだ緊張しているような堅い表情だったが少しずつ慣れてくるだろう。
「玲央、さすがに驚いたぞ」
「うん、私も。なんで言ってくれなかったの?」
やっぱり紗夜さんも驚いているみたい。
実の姉にも言わないなんてどういう了見なんだ。
「いや、言わなかったというか言う暇がなかったというか……」
玲央はなんとも中途半端なことを言っている。
「ん? どういうことだ?」
俺が間髪入れずにそう問うと、玲央が事の成り行きを説明し始めた。
結論から言うと、これは瑠璃の仕業。
レオの復帰にはいくつか理由があるらしい。
まずは彼、相羽玲央の実績。
やはりA級冒険者なだけあって数々のA級ダンジョンを攻略していること。
さらにはS級冒険者と同行ではあるが、一度だけS級ダンジョンにも行ったことがあるようだ。
そんな凄腕冒険者がいなくなるというのは冒険者界隈ではかなりキツいらしい。
とはいえ本部は玲央の復帰を認めない。
そうなるともう第2支部しかないな、ということで今日から働く流れとなった。
それならウチしかないってのもおかしいけどな。
瑠璃いわく第2支部が本部へ伝える内容というのはダンジョンの攻略数のみ。
これは本部が久後さんのテキトーさを見越して与えた唯一の指令。
まぁそれがまかり通っているのは、久後さん含めた第2支部の圧倒的な数のダンジョン攻略実績があるからこそらしいが。
そしてもう一つ。
それは玲央が次いつ様子がおかしくなるかが不明な件。
あれがニューロヴォアの洗脳として、解けたという保証はない。
ならば放置するより目の届く範囲で監視する方がいいという判断だ。
ここなら俺でなくとも久後さんが一瞬で止めてくれるだろうし。
というのを含めて、彼に話が届いたのが昨日。
そう考えると伝える暇もないか。
「そっか……。玲央、よかったね……」
紗夜さんは嬉しさを噛み締めながらそう言う。
「あぁ、本当に。俺にはこの仕事しかないからな」
この嬉しそうな兄弟を見ると、俺にもそういう感情が押し寄せてくる。
「お〜い、話終わったんならダンジョン行ってこい! 最近新規のダンジョンが増えてやがんだ。サボってる暇はないぞ!」
兄弟の友情を育む場面をその言葉が台なしにする。
まぁその実績で今があると思えば言い返せないのだが。
「わかりました。で、久後さん。今日はどのダンジョンですか?」
紗夜さんも俺と同じように思っているのか、嫌な顔せずダンジョン攻略に気持ちを向ける。
「あ〜お前ら3人は強いんだし、3つずつくらい行けんだろ?」
「は? 3つ? 今日一日で行けと?」
「わかりました。3つくらいなら」
その数に驚きを隠せない紗夜さんと、当然の如く承諾する玲央。
これは弟の過酷だった環境がそう物語っているのかもしれない。
「おっ! 玲央は物分かりがいいな。それに比べてねーちゃんはまだまだ。まぁ〜紗夜、今日のところは2つで勘弁してやる」
紗夜さんはホッと胸を撫で下ろしてダンジョン情報をチェックし始める。
「じゃあ俺も3つですか?」
といっても俺はE級だからE級のダンジョンしか行けない。
早く昇格したいけど、試用期間の3ヶ月が終わるまで試験を受けられないらしい。
「いや、海成。今のお前ならE級ダンジョンなんて5分あれば余裕だ。だから今日は行けるだけ回ってこい!」
「え、冗談ですよね?」
「本気だぞ? 最低5つな」
この人真顔で言ってるよ。
今からって昼前だから一つ移動含めて1時間もあれば大丈夫か。
ってそう考えるとめっちゃスケジュールきついんだが。
紗夜さんも玲央ももう出発しようとしてるし、ここで口論している暇はない。
「わ、わかりました。行ってきますよっ!」
「ようし、それでいい! ま、今はキツイかもしんねぇが、お前はS級になり得る冒険者。そのためにはダンジョン攻略数を難易度問わず1000個は必要なんだ。今のうち慣れとけ」
「1000……っ! マジすか。了解っす」
この人めちゃくちゃ言ってんなぁと思っていたが、結局は俺のためか。
こんなスゴい冒険者に認められたら頑張るしかない。
「じゃっ! 行ってきまーす!」
俺は数々のE級ダンジョン情報をスマホに収め、事務所を後にした。
今日いきなりダンジョン5つか。
また騒がしい日々になりそうだけど、俺はこの生活に不満はない。
仕事は楽しいし、背中を預けられる仲間もできた。
それに……大切な彼女だって。
あの時ハローワークでここの求人を見つけてなかったら、瑠璃に声をかけれらなかったら、こうはならなかったんだよな。
ありがとう、西奈さん。
冒険者は俺にとって天職だったよ。