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54話 彼は矛盾したことを言い出す


「俺は久後健斗。久後渉の実の弟だっ!」


 彼が発した言葉に俺は驚きを隠せない。

 空いた口が塞がらない、とはこの事だと思うほどに。


「ガチですか?」


 目上の方に対してあまりよろしくない口の利き方だと承知の上だが、これ以外の言葉が出てこなかった。

 そんな俺の心境を読み取ったのか、健斗さんはニヤリと笑い、


「そりゃそんな反応にもなるだろうよ」


 俺が驚いている姿を楽しんでいるようだ。

 研修に来てから紗夜さんの弟なり、久後さんの弟なりこちとらブラザーパニックである。


「は、ははっ。あんまり似てないんですね」

「そうか? よく似てるって評判だけどな」


 たしかに体格や顔、表情なんかはそう言われると似ている気がする。

 ただ性格は全然違うんだよな。

 弟の健斗さんは兄と違ってテキトーな感じがしないし。


「あ、中身か? 中身のことだな?」


 ニヤニヤしながら心の声を当ててきた。

 この人鋭いぞ、やっぱりお兄さんと似てないわ。


「はは、そうですね。久後さん……いや、お兄さんの方は結構テキトーな感じですし」

「そうか、そうだなぁ。まぁそう見えるか」

「そう見える?」

「兄はあぁ見えて仲間想いで熱い人なんだよ。きっと大切な人が亡くなりすぎたんだ。俺には分かる。もうテキトーに働きたくなったんだ〜、とか言って第2支部を作ってたけど、おそらく別に理由がある。何かを守るため、とかな」


 そういえば研修の初日、玲子さんも言ってたな。

 たしか同期の人が亡くなったことと第2支部創設が関係あるって。

 きっと真実は本人しか知らないはず。

 今や唯一の同期である玲子さん、兄弟である健斗さんに言えてないのであれば誰に言えるだろうか。


「急にこんな話をして悪いな?」

「あ、いやこちらこそ話してくださってありがとうございます!」

「でだ、本題なんだが……」


 あ、兄弟話が本題じゃないのか……。

 もうびっくりしすぎてあれが本題でもいいんだけどな。

 ってわけにもいかず、健斗さんは話を続ける。


「俺のファミリーのことだ。ここ数ヶ月で実は3人ほど失踪してるんだ」

「……失踪!?」

「あぁ、それもみんなC級以上の冒険者だ。レベルだってもちろんC級規定の50は超してた。そう簡単にやられない連中なんだがな」


 レベル50超えの冒険者が続いて失踪している。

 これってもしかしてニューロヴォアが活発に動いてるってことじゃ……。

 いや、まだ決めつけるには早い。

 もう少し話を聞いてからでもいいよな。


「その失踪ってダンジョン攻略から帰ってこないとかですか?」

「本部からはそう聞いている。だがおかしなことにそのダンジョンにも行ってみても戦いの痕跡すら残ってなかった」

「痕跡ってのは?」

「あぁ……戦った痕跡だよ。ダンジョンで最後を遂げるなんてのは珍しいことじゃない。だがそれはただ死ぬわけじゃなく、そいつが攻略した範囲は引き継がれる。傷ついたエリア、倒したモンスター、進んだ階層、そんな戦った実績が残るんだよ。それにそいつのレガシーだって……」

「つまりそこには何もなかったと?」


 健斗さんは俺の問いに対して静かに頷いた。

 たしかにC級冒険者以上の中堅あたりの人達がダンジョン攻略に行って、戦わずして殺されるなんてありえない。

 しかし痕跡がないということはそういうことだ。

 それにレガシー……つまりその人の亡骸にあたるものすら見当たらないってのはおかしい。

 冒険者を初めて間もない俺ですらそれくらい分かる。


「それって本部が嘘をついているってことじゃ……」


「…………。はぁ……」


 彼は言葉を詰まらせ、ため息を吐いた。

 どうした? 俺、なんか地雷踏んじゃった?

 

 それから彼は大きな声を出して、


「おい、お前どっから聞いてたぁぁっ!?」


 ドスの効いた声がこのA2の空間内に響き渡った。

 もちろん俺に向けられた言葉でないことは承知なのだが、自分の体と本能が震え上がる。


 きっと誰かこの会話に聞き耳を立てていたのだろう。

 言わずもがな俺はその気配にすら気づかなかった。

 俺が鈍いわけでなく、この人が鋭すぎるのだと願いたい。

 

 しかし直接この覇気みたいなものをぶつけられた人は悲惨なものだと同情の念が湧いてくるな。

 その対象は未だ姿を現さず、沈黙がしばらく続いてから再び怒声が飛ぶ。


「瑞稀ィィィィッ!!!!」


 彼の咆哮によってこの空間に地響きが発生した……気がした。


 するとA2入り口付近からひょこっと姿を現した彼女は、


「うぇぇぇぇん……。ごべんよリーダァァ……」


 すっごいガチ泣きである。

 目は真っ赤に充血しており、啜り切れない量の鼻水が。


 瑞稀は抑えきれない涙を袖で拭いながらこちらへ歩み寄ってくる。

 あぁ……かわいそうに……。


「で? どこまで聞いてた?」


 健斗さんは泣き止むのを待たず、再び質問をする。

 さすが武闘家、容赦ねぇな。


「うぐっ……。全部です……」


 正直に答えた彼女に対して、


「ま、まぁ途中まで気づかなかった俺も悪い。前より隠密上手くなったんじゃねーか?」


 彼はクシャクシャと乱暴に瑞稀の髪を撫でながら、穏やかな笑顔を向ける。

 怒りの中に愛情がある、この人がリーダーであり続ける所以なのだろう。


「へへっ。自分でも上手なった思ててん」

「調子乗んな!」

「痛っ!」


 健斗さんの優しげなチョップが瑞稀の脳天に直撃したところで話が再び進む。


「……まぁ瑞稀が聞き耳立ててたのは予想外だったが、ちょうどいい。お前ら2人に任せる」


 任せる? 何を?

 瑞稀に視線を向けたが、彼女もこてん、と首を傾げている。


「な、何をすれば……?」


 恐る恐る問うと、彼は「ようし、やる気だな」とか言ってきて


「立ち入り禁止の立ち入りを命ずるっ!!」


 ……彼、久後健斗の言い分は矛盾していたのだ。

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