2話 非現実的空間はすぐ側に
俺達はあれからすぐ、ハローワークを後にした。
ちなみに俺達というのはあのおじさんと西奈さんを含んでいる。
ちなみになぜおじさんも来ているのかと言うと、「適性試験、俺にも受けさせろ」としつこかったから、西奈さんが渋々OKを出したのだ。
それより西奈さん、ハローワークの仕事ほっといていいのかよ。
無職の俺と違って立派な正社員じゃないんですかい?
そんな彼女は今、俺とおじさんの数歩先を歩いている。なんでも彼女直々にさっきの求人票の会社へ連れて行ってくれるらしい。
俺達はその後をついていくという形だ。
そして何が嬉しいのか鼻唄なんか歌っちゃったりしている。
スーツ姿のとびっきり美女、モブ顔の20代男、どう見てもヤ○ザの3人がセットで街を歩いている姿を見て、人々はどう思うだろう。
スーツ専門キャバクラの客引きに遭っている?
モブ顔20代男が東京湾に連れて行かれている?
否、周りの人はきっと何も思っていない。
それほどまでに人は他人に興味がないのだ。
しかし今の状況、俺は他人ではない。
むしろ当事者だ。
他人だったはずなのに、盛大に巻き込まれてしまったのだ。
横のおじさんはずっと黙ってて怖いし、早く帰りたいんですけど。
だめだ、この状況気が変になりそう。
そうだ気を紛らわそう。
一つ気になることがあったんだ。
俺はポケットから出したスマホで検索エンジンを開き、そしてあることを打ち込む。
えっと、レベルアップ……コーポレーション……だったっけか。
するとすぐにヒットした。
レベルアップコーポレーションは、ゲーム開発、映像制作、エンターテイメントコンテンツ制作……
おぉ……つい気になって会社名を調べてみたが、冒険者関係ないぞ?
あ!わかった! 冒険者ってのはゲームの設定だな。
つまりこの会社ではクリエイター的な仕事をするわけか。
「おいっ! まだか! てめぇ、俺を騙してんじゃねーだろうな? 」
あ〜ついにおじさん、しびれを切らしたか。
それもそのはず、もうかれこれ20分近くは歩いている。
俺もさすがにそろそろ聞こうと思っていたところだ。
「戸波さん、もうすぐ着きますからねっ! 」
おじさんを華麗に無視した彼女が目にした先には、少し古めのテナントビルがある。
そのビルは5階建てで、2階には窓に大きくレベルアップコーポレーションと書いてあった。
そう、やっと目的地に到着したのである。
そして俺達はそのビルの入り口の前にいる。
「へぇ、ここでゲームとか映像を作ってるんだなぁ 」
俺がぼそっと呟くと、隣から
「え? ゲーム? なんの話ですか? 」
そう言って西奈さんは首を傾げていた。
彼女が俺を見るとき、なぜか上目遣いになっている。
つまり相変わらず可愛いのだ。
「え、だって調べたらそう書いてあって 」
俺はさっき調べたスマホ画面を彼女に見せた。
「あー、ほんとだ。 でもそれ、表向きはってことですよ? 」
「うそ、急に裏社会が垣間見えたんだけどっ!? 」
「ふふっ! 戸波さんおもしろいですねっ! 」
えー何も面白くないんだけど。
怖いだけなんだけど。
「着いたんならさっさと案内しろ! 」
おじさんも怒ってることだし早く行こうよ、西奈さん。
「あれ……おじさんがついてきてる……? 」
彼女は目が点になるほど驚いている。
いやいや、あなたハローワークで渋々OKしてましたよ。
「あぁ!? まじでこの女なめてやがるっ! 」
またもおじさんは彼女に掴みかかろうとしている。
「いいんですか? そんなことすれば、試験も受けられませんよ? 」
強気な彼女の一言でおじさんは間一髪のところで掴むのを止めた。
可愛い顔でおじさんを睨んでいる。
そんな顔も素敵だ。
「ちっ! これで受からなかったら覚えてろよ! 」
はぁ……。よかった。なんとか危機は過ぎ去ったようだ。
それから彼女は俺の方を向き、
「戸波さんっ! 行きましょっ? 」
なぜだか彼女、俺には興味津々なんだよな。
後で優しくした分のチャージ料金なんかが発生しないか不安だ。
その後、先立って西奈さんがビルの階段を昇り、それに続き俺、おじさんの順で後を追った。
20段くらいはあっただろう階段を昇りきると、左右共にドアがあった。
右は、ドアノブの少し上に『押す』という文字が書いてあり、ドアの1番上から下まで大きく使って『レベルアップコーポレーション』と縦書きで書いてある。
どんだけ会社名推したいんだ。
次いで左は『非常口』と書いてある。
どこの施設にもある緑色のそれだ。
先頭の西奈さんは左右のドアを順に見てから、当然のように左のドアへ向かった。
そりゃそうだ、どう見たって進む道は左……って左!?
「西奈さん!? それ非常口!! 会社のドアは右なんですけど? 」
「え? 会社は右ですけど、試験はこっちですよ? 」
そう言った西奈さんはすでに非常口なる扉を開いており、俺はその先の景色に釘付けとなった。
そもそも景色というのかも分からない、いや『空間』という方が正しいかもしれないな。
なぜそう思ったのか、それはドアの先には何もないのだ。
そう言うと語弊があるが言葉にできない何かがある、そうだな、例えるなら宇宙空間のように暗く、奥行きすらも分からないものが広がっていた。
「なんだ……これ 」
「戸波さん、説明は向こうでしますねっ! 」
すると、瞬く間に肉体がその空間へ引き寄せられていく。
「待って、吸い込まれ―― 」
突如として謎の空間にぶちこまれたのである。