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俺とテストと猫と手帳

今日はテストの返却日。


周りの生徒たちが現実を突きつけられ教室にもかかわらず阿鼻叫喚し、過去の勉強せず遊び呆けていた自分を責める中、容姿端麗、眉目秀麗、質実剛健、天が二物を与えた俺はと言うと当然ながら…


もう一度、返却されたテスト用紙を見つめてみる。


2点。


残念ながら、俺に突きつけられた現実という皮を被った地獄は変容の余地が無かった。


無論だが、「俺」に付いていた蛆虫が走るような形容詞たちは全て虚無である。妄想くらいいいだろ、別に。妄想の中でくらいはチート級でいさせてくれ。


普通なら話の流れ的に、ここで隣の席の陽キャの友達が陰キャの俺に対抗して、「点数の低さ自慢」をしてくる流れだと思う。


だが、世の中そんなに甘くない。


「真の陰キャ」という人間は必ず存在するのだ。


ラノベに出てくる陰キャってどうしてああもカッコいいんだか。見た目は正統派イケメン、低身長でもデブでもなく、幼馴染もいるし成績も悪くはない。そんな奴は「陰キャ」ではまずないだろう。いや勿論、現世の陰キャの理想像を具現化して登場させて人気を得たい、そういう目論見は分からなくもない。しかしあまりにも現実と離れていると自己投影が難しくなる。

早口で語ったが、要約すると俺は「ラノベに出てくるような陰キャ(自称)ではなく、マジのガチで陰キャ」ということだ。

しかもコミュ障で友達がいないならともかく、成績はクラス最下位、勿論彼女もいないしそれどころか女の子と喋ると呂律が回らなくなり卒倒してしまうほどだ。


改めて答案を見てみよう。教科は社会科の日本史。

正解したのは選択問題で適当に選んだ「エ」だけ。

それも試験終了後(終了前ではなく、終了のチャイムが鳴った後)に慌てて埋めたところである。だから厳密に言えば0点が妥当だ。

…日本史って、何で学ばなきゃなんないんだろうか。

いや、まだ昭和平成の時代を学ぶ理由は何と無く理解できる。

しかし戦国時代なんて学んだところで、何かの役に立つのか。

お前らも織田信長に倣い、天下布武を成し遂げよというメッセージでも込められているのか。

今の日本で天下布武なんて掲げてあちこちに進撃したら、即タイーホである。

かと言って、俺は別に現代史が得意ってわけでもないが。


そして、この日本史のテストは三学期期末最後の返却された答案だ。

今までの振り返りたくもない成績を振り返ってみる。

現国、10点。

これは選択問題が偶然全問正解だった。ラッキー。

古文、5点。

選択問題さまさまである。

数学、0点。

選択問題がない数学は嫌いだ。

物理、10点。

絵を描くだけで点数が貰えた。

化学、0点。

選択問題を全て取り逃した。現国に吸われたに違いない。

世界史、4点。

記述が多いので勿論取れなかった。


そして今回の日本史、2点。

平均すると…いや、計算したくもない。二つの意味で。

こんな成績でも留年しないのは、俺が素行不良でもなく、問題を一切起こさず、毎日登校しているからだと思う。これだけは自分でも偉いと思う。

小学校、中学校、高校と来て全て皆勤賞だ。病気したこともないから病欠もゼロ。身寄りもないから忌引もゼロ。


そんなことで脳を無駄に回転させながら校門を出る。

楽しくもない学校に行く理由なんてあるのか、と思う人もいるかもしれない。しかし俺にとって一番の楽しみは帰り道にある。

小学生か、と思うかもしれない。

俺の趣味は寄り道である。

まず学校を出てしばらく進むと公園がある。俺はそこの公衆トイレで持参した私服に着替える。制服がバッグの中で嵩張るのが唯一の不満だが、そのまま商店街へと向かう。


クラスでも空気のような存在感の俺は、たとえ見回り中の教師とばったり会っても気付かれない。教師ですら存在を知らないのである。この利点を活かし、寄り道に興じている。


同じく寄り道しているクラスの奴らがゲーセンから教師に引っ張り出されているのを横目に、俺はある建物に入る。

その建物の存在こそが寄り道の本当の理由と言っても過言ではない。

その建物、地下へと続く階段を降りると、そこには………


「ニャー」


胸を打つような、可愛さが限界突破したこの声。

そう、ここは「猫カフェ」である。

俺はここの猫カフェの常連だ。学校のある日もない日も、毎日通っている。

俺は到着するなりブラシを取り出し、寄ってくる猫たちを次々と綺麗にしていく。

そして餌を補充し、学校の内職で作ってきた紙製の新しいおもちゃで猫と戯れる。

こうした一連の行動はもはや習慣化しているから、心を無にしてもできる気がする。実際は猫の可愛さでそれどころじゃないが。

あまりにも来るもんだから店長が俺専用の年パスを作ってくれた。それも俺が毎日バイトみたいによく働くから、価格はゼロ円。こんなものを貰っては毎日通うほかあるまい。(もちろん、貰ってなくても毎日通うつもりではあったが)


仕事という名のリフレッシュタイムを済ませ、帰路に就く。

閑静な住宅街を抜け、畑が広がる平野の端っこ、山の近くにアパートがある。

見慣れた景色だ。都会と違って(都会がどんな感じなのかは見たことがないが)風景に変化がない。乏しいとかではなく「ない」のだ。あるとすれば自然の営み、例えば稲穂とか刈穂とかだろうか。

今日も変わらぬ風景…と思っていた。

アパートの前の道路に何か見慣れない、黒っぽい四角い、なんかこう変な物が落ちていた。

拾って見た感じ、手帳のようだった。特段変わった様子は見られない。

俺は正義心だけは一人前だから、交番に届けようと思ったが、交番は遠いし荷物は重いしで、一旦部屋に入ることにした。

俺の部屋は三畳一間だ。親なんて居ないし、親族もいないし、世話してくれる人もいない。勿論、同居する姉妹(なぜか兄弟ではなく姉妹)もいない。だから気ままな暮らしはできるが、生活費はカツカツだ。


———そもそも俺がいつからここで暮らしてるのか、なぜか記憶がない。だから惰性でこの生活を続けている。


思えば小学生以前の記憶がない。幼稚園とか、保育園とか行ってたんだろうか。

小学校入学の時、周りの人たちが同じ幼稚園保育園繋がりで友達になり、それぞれ集団になって対立していく一連の流れを眺めてきた俺にとっては、少々寂しいものだった。


玄関を開けるとそこは、物が散らかってはいるが汚部屋と言えるレベルではない光景が広がっている。

今朝、ゴミ出すの忘れてたな。玄関前にまとめて放置されている。

昨日の夜食べたカップ麺も、テーブルの上にほったらかしにしていた。

この部屋を見ていると嫌になる。バッグを床の上に放り投げて、愛猫に餌をやる。

今も昔もキツキツの生活だが、猫だけは飼いたいという思いがあった。

小学生の頃はお金がまだあった。最古の記憶では、この部屋の隅にアタッシュケースが立てかけてあり、そのなかに現金がぎっしり詰まっていた。今思うと、1000万円くらいあったか。その時俺は既に一人だった。

いやいい。あの時を思い出すと狂いそうになる。とりあえず、愛猫こと相棒の紹介でもしておくか。

名前はない。ナイという名前とかいうトンチではなく、単純に無い。名付ける必要がないからだ。基本的には猫、と呼んでいる。

こいつとの付き合いも十年くらいか。俺が気づいたことにはもうここに住んでいた。俺よりも先輩なのかもしれない。

ぴょこっと飛び出た癖っ毛が特徴的で、愛らしい点だ。よくそこをひょこひょこやって遊んでいる。


さて、身軽になったことだし、この手帳みたいなやつを交番に届けにいくか。

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