第八話 目覚めの朝
一夜明けました。
「ゆうべはお楽しみどころじゃありませんでしたね」
そんな朝です。
そして蓮梨は変わらず二人の仲を進展させようと画策します。
蓮梨にゃ反省も 後悔も何にもない様子。
振り回される陽善と歌多の運命やいかに。
『陽善さん、起きてー』
……蓮梨の声……?
夢、か?
蓮梨は四年前に……。
……そうか、そうだ。
お盆で帰って来ているんだったな……。
「……おはよう蓮梨」
『おはようって言うか、こんにちはだね』
!?
枕元の時計を見ると、確かに昼と言った方がいい時間だ……!
休みで良かった……!
『昨日は歌多さんが、なかなか寝かせてくれなかったもんね』
「……まぁな」
蓮梨の言い方を咎めようとしてやめる。
昨晩遅くなったのは事実だ。
蓮梨が脅かしたせいで不安に駆られた長根さんがゆっくり眠れるように手に手を添えただけだった。
しかし、寝たかと思って手を離すと、途端に母親を呼んで涙をこぼしそうになるので、おいそれと離せなかったのだ。
赤ん坊のいる家で似たような話を聞いた事があったが、言葉でなく体験で理解できた。
まるで傷んだコードで携帯を充電するような繊細な感覚……!
『とにかく起きて。歌多さんが掃除済ませて、今朝ご飯作ってくれてるから』
「そうなのか」
確かに味噌汁の匂いがしている。
長根さんも疲れていただろうに……。
家事手伝いとして雇ったのは名目に過ぎないから、もう少し気にせず寛いでくれるといいのだが。
『どうしたの?』
「長根さんが家事をやってくれるのは助かるけど、何かもっと気兼ねなく過ごしてもらう方法はないかな、と思ってな」
『ならば私に良い考えがあ』
「結婚以外でな」
『ぶー』
一応膨れた顔をしては見せるが、この返しも想定済みだろう。
蓮梨はすぐに表情を戻して、くしゃっと笑う。
全く……。この笑顔を見せて、自分以外と結婚しろと言うから、私の苦労は終わらないんだぞ。
「その顔、何か良い手があるんだな?」
『きっと歌多さんは、まだここが他所の家と思うから、寛げないんだと思うんだよね』
「まぁそうだろうな。まだここに来て一日だし」
『それを自分の家と思うためには、ただいまを何回もさせる事が有効だと思うんだよね』
「成程……」
ちょっとした用事でいい。
家を出て、用事を済ませて帰ってくる。
何度かするうちに、ここを帰る場所と認識していく、という訳か。
仮の住まいとはいえ、ここでそういう安心感がないと、新しい場所へも不安で向かえないだろうからな。
「悪くないな」
『じゃあご飯食べたらお出かけしよう!』
「どこがいいかな」
『とりあえず薬局に行こう』
「薬局? 何か必要なものがあるのか?」
『そりゃあるでしょ。すぐに子どもを作るなら、いらないかもだけど』
……! 避妊具……!
「……そんなもの必要ないだろう」
『えー、要るよー。生理用品』
……え?
……あ!
『……陽善さーん。なーんだと思ったのかなー?』
にやにや笑う蓮梨。ハメられた!
あんな言い方したら、誰だってそっちだと思うだろ!
確かに妊娠したら、生理用品は使わなくなるのかもしれないけど!
絶対わざとだ!
だが反論してもここまで押し込まれている以上、勝てる気がしない!
『ねーねー、それを思い浮かべたって事はさー』
「……長根さんがご飯を作ってくれているんだったな。急ごう」
『逃ーげーるーなー』
物理的に私を引き止める事ができない蓮梨相手には、理由をつけて逃げるに限る。
『ふーん。じゃあいいよー。陽善さんの勘違い、歌多さんにバラすから』
「……!」
い、いや、あの言い方なら私の捉え方の方が多数派だ。
私に非はない。
「……好きにすればいい」
『オッケー』
リビングに入ると、長根さんがテーブルに料理を並べていた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。昨日はよく寝れましたか?」
「っ」
長根さんが動きを止めて赤面する!
あ、しまった!
こんな事聞いたら、昨夜の事を思い出すよな!
「あ、あの、昨晩はお陰様で、その、よく眠れまして……」
「そ、それは良かった……」
「ですけど、その、陽善さんに、ご迷惑を……」
「い、いえ、こちらこそ蓮梨が迷惑をかけまして……」
「いえ、そんな……」
「……えっと……」
「……」
「……」
『んふふー』
おーい原因!
何にやにやしてるんだ!
さっきの話でも何でもいいから話をしてくれ!
とんでもなく気まずいんだけど!
「あ、あの、ご飯、勝手に作っちゃいましたけど、食べますか?」
「い、いただきます」
とにかく朝食だ。いや昼食か?
食べてうやむやにしよう。
「……これも、昨日の買い物で?」
「は、はい。お口に合えばいいんですけど……」
今回は油揚げがメインか。
油揚げを、ほうれん草ともやしと炊き合わせのようにしたものが大皿に置かれ、味噌汁の具も油揚げだ。
小鉢にはほうれん草のおひたしと納豆、そして小さく切った豆腐を餡掛けにしている。
「これは美味しそうだ。いただきます」
「はい、召し上がってください」
安価な食材だけにこだわってもこの品数。
余らせたり無駄にしたりしないように、様々な調理法を覚えたのだろう。
「うん、美味しい」
「良かったです!」
もしもう少し自由にお金を使ってもらって、肉や魚も選択肢に乗ったら、どんな料理が楽しめるのだろう……。
『うんうん。順調に胃袋を掴んでるねー』
満足そうな蓮梨。
これでさっきの話を忘れてくれていればいいが、
『ちなみに歌多さん。薬局で買うもので、子どもを作るならいらないものってなーんだ?』
世の中そんなに甘くない。知ってる。
「えっ、それって……!」
再び顔を赤くする長根さん。
ほら見ろ! 少数派は蓮梨の方だ!
「えっと、あの、何でそんな事、急に……?」
『陽善さんはいらないって言ったけど、歌多さんはどうかなって思って』
「は、陽善さんは、い、いらないんですか!?」
あれ、ちょっと待て。
何でそういう方向の話になる!?
「ち、違うんです! そういう事をするつもりはないから、必要ないと言ったまでで……!」
「あ、そ、そうですよね! 私ったら何を勘違いしたのか……!」
『ふっふっふ。勘違いと言うならもう一つ』
! この完熟トマトさんにまだ追い討ちをかける気か!
『正解はせ』
「これは蓮梨の意地悪クイズなんですよ。答えは生理用品だそうです」
「え」
「引っかかりますよねー。私も引っかかって朝から恥ずかしい思いをさせられましたよー」
「そ、そうなんですね」
よし! 爆弾処理はうまくいった!
『んふふー。陽善さん、今歌多さんをかばったね? 私を遮ってまで、さー』
「なっ……!」
蓮梨の嬉しそうな言葉に、絶句してしまう。
確かにそうだ。
たかが恥ずかしがるだけの話。
なのになぜ私は蓮梨を遮ってまで、長根さんをかばったのだ……?
まさか……?
『これは歌多さんを私と同じか、それ以上に大事にしてるという事! やったね歌多さん! 式場はどこにする?』
「え、あの、お金がかかるのは困ります……」
……いや、違うな。
蓮梨に弄ばれている、この小動物のような長根さんに対する庇護欲だ。
「長根さん、気にせず食べて、買い物に行きましょう」
「は、はい。わかりました」
『んふふー』
蓮梨の勝ち誇ったような笑みから、私は目を逸らした。
読了ありがとうございます。
蓮梨は前作「君が贈った『かくれんぼ』」や第二話でも書きましたが、本を大量に読み込んでいたため、こういう言葉遊びや意地悪クイズが得意となっています。
素直な歌多は格好の的。
警戒していても勝てない陽善も的。
さて次回は日常のお買い物。
歌多の隠れた技能が明らかに!?
と予告を書くと、大抵話がずれるのは何故なのか……。
ジ◯ンプの次回予告ぐらいの信用度でお待ちください。