第七話 夜の戦い
さていよいよ夜も更けてまいりました。
一つ屋根の下に男と女と幽霊一体。
何も起きないはずもなく……。
18禁展開はありませんが(ネタバレ)、お楽しみください。
『ねーねー! 男としてどうなのよそれはー』
「どうもこうもない。私は普通に一人で寝るだけだ」
お盆に幽霊として帰って来た妻・蓮梨との押し問答は、終わる兆しさえ見せない。
『一つ屋根の下に年頃の女の子がいるのにー』
「だからって一緒に寝なきゃいけない理由がない」
蓮梨は新しい妻候補として連れて来た、長根歌多さんの背中流しを断った事をまだ不満に思っているようだ。
何としても同衾させようとしている。
『新しいお家で慣れない枕、心細いと思うんだよ』
「その理屈なら、今日会ったばかりの男が隣にいる方が眠れないと思うが」
『え!? 今夜は寝かさないぜってやつ!? やった! じゃあ呼んでくる!』
「違う。待て蓮梨……! 全く……」
壁をすり抜けて消える蓮梨。
蓮梨は何とか私と長根さんを結婚させたいのだが、やり方が性急すぎる。
おそらくお盆の間しかこの世にいられないからだろうけど、私にはまだ蓮梨を愛する気持ちが強く残っている。
いずれは蓮梨を忘れずとも誰かを愛せるようになるのかもしれないし、そうしないと蓮梨は安心してあの世に行けないのだろうけど、今すぐというのは酷だ。
もし長根さんが来てもそのように話をして、今夜は
「いやあああぁぁぁ!」
悲鳴!?
長根さんに何かあったのか!?
「だ、大丈夫ですか長根さん!?」
「は、陽善さん……!」
扉を開けると、廊下に転がり出た長根さんが這うように私に寄ってくる。
「どうしたんですか? 何があったんですか?」
「お、おば、おば……!」
「叔母?」
親戚がらみで何かトラウマを思い出したのだろうか?
「……おおおお化けが、今、私の部屋に……!」
『ご、ごめん! おどかすつもりはなかったの!』
「あ、え!? 蓮梨さんだったの!? 無言で顔の上に来るからびっくりしたぁ……!」
『本当にごめんなさい! 寝てたら悪いと思って、確認のために静かに顔を覗き込んだの!』
「それは怖い」
全く人騒がせな……。
「蓮梨、お前自分が幽霊って事、もう少し自覚しろよ」
『してるよー。だから宙に浮いたり壁すり抜けたりしてるんだし』
「それが人から見たらビビられる事を自覚しろと言ってるんだ」
『だって陽善さんも歌多さんも全然怖がらないから、いまいち実感がわかないの』
こういう能天気なところは、幽霊になっても変わらないな。
「長根さん、大丈夫ですか?」
「は、はい、すみません……」
お化けの正体が蓮梨とわかればもう大丈夫だろう。
……? 長根さんの身体が離れない……?
立とうとしてるようだが、小刻みに足が震えて立てないみたいだ。
「もしかして、腰、抜けてます?」
「……みたいです……」
『えぇー!? 本当にごめんね歌多さん!』
……仕方ない。
このまま廊下に座らせておく訳にもいかない。
「えっ、あの……!?」
『お姫様抱っこだー!』
「とりあえずベッドまで運びます」
「す、すみません……」
病弱だった蓮梨を支えるためにと、鍛えた筋肉。
蓮梨を喪ってからも、何か繋がりが残るような気がして、筋トレを続けていて良かった。
蓮梨よりは少し重いが、大した事はない。
「あ、ありがとうございます。重い、ですよね……」
「いえ全然」
『陽善さん、鍛えてるもんねー。腕とかかっちかちだよ!』
「あ、ホント……」
う、二の腕を撫でられると、何とも言えずくすぐったい。
早くベッドに降ろしてしまおう。
「では降ろしますね」
「はい……」
『ねぇ、このまま一緒に』
「蓮梨」
『……ごめんなさい』
強めの視線で釘を刺すと、しょんぼりうなだれる蓮梨。
これで今夜は何もあるまい。
「……あの、厚かましいお願いなのですけど、良ければ、その、一緒に寝てもらえませんか……?」
『ヒュー! いいぞ歌多さーん!』
と思ったそばから!
「いや、それは……」
「あ、あの、その、えっちな意味じゃなくて、さっきの、蓮梨さんだって頭ではわかってるんですけど、目を閉じると思い出してしまいそうで……」
「……」
『ご、ごめんなさい……』
妻の不始末は夫の責任……。
とはいえ……。
「……私は、妻でない女性と同じベッドで寝る事はできません」
「! そ、そうです、よね……」
『陽善さん……』
「ですから」
握りしめた長根さんの手にそっと手を添える。
「長根さんが眠るまで、側にいます。今日はそれで許してください」
「……! ありがとう、ございます……!」
『陽善さん、ありがとう!』
これが精一杯の落とし所だろう。
「……母が亡くなってから、眠る時に誰かが側にいてくれるって事がなくて、すごく、安心します……」
「私も蓮梨が旅立ってからはそうですね」
「……誰にも、迷惑かけちゃ、いけない、一人で、解決しなきゃ、いけないって、思って、いたから……、陽善さんと、蓮梨さんの、優しさが……、嬉し……」
「……長根さん?」
「……すぅ……、すぅ……」
……寝た。
『あっという間に寝ちゃったね』
「余程疲れていたんだろう」
当然だろうな。今朝ここに来るまでは、自ら命を断つ事を考えるくらいに追い詰められていたんだから。
今、少しでも安らかな気持ちで眠れている事を願ってやまない。
「蓮梨」
『何?』
「長根さんをうちに連れて来てくれて、ありがとう」
『うん! じゃあ』
「嫁にするとは言ってない」
『もー! 頑固者ー!』
「夫婦は似るもんだ。仕方がないだろ」
長根さんを起こさないように小さく笑うと、添えていた手を離す。
途端に歌多さんの顔が苦しそうに歪む!
「……お、かあ、さん、いか、ないで……」
「……!」
慌てて手を戻す。
長根さんの眉間のシワが消えた。
『ね、今からでも一緒に寝ちゃえば?』
「……いいから話し相手になっていてくれ」
『はーい』
やたら上機嫌な蓮梨にそういうと、私は音を出さないように大きくゆっくり息を吐いた。
……今夜は長くなりそうだ……。
読了ありがとうございます。
同衾ネタは小心騎士で散々やったのでね(今後やらないとは言ってない)。
さて、七話使って、ようやく一日目終了。
……完結まで何話使うことやら……。
お付き合いのほど、よろしくお願いします。