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第六話 バス・ストップ

お風呂回です。

濃厚な一日を過ごした陽善の束の間の休息。

……はい、まだ一日目なんです。

オチは決めていますが、そこまで何話かかるかわかりません……。

気長にお付き合いください。

「ふぅ……」


 湯船に浸かると自然と溜息が漏れる。

 今日は色々ありすぎた。

 お盆休みだというのに四年前に亡くなった妻・蓮梨の夢で起こされて。

 その蓮梨が、自殺しようとしていた長根ながね歌多うたさんに憑依して連れてきて。

 その長根さんを嫁にしろと言ってきたけど断って。

 でもあまりに過酷な半生に、家事手伝いとして住み込みで雇う事に決めて。

 服や日用品を買いに行って、女性の店で一緒に服を選ぶという苦行を乗り越えて。

 帰宅してからは美味しくも苦労がにじむ料理に涙して。


「はぁ……」


 疲れもするか。

 だが蓮梨が幽霊とはいえ、私の側にいてくれる事、それはやはり嬉しい。

 たとえお盆の間のかりそめだとしても。


陽善はるよしさーん。お湯加減どうー?』

「あぁ、ちょうどいい」

『入ってもいい?』

「? あぁ」


 幽霊の蓮梨は物には触れられない。

 頑張って本棚の本を落とすくらいだ。

 おそらく風呂にも入れないだろう。

 それでも同じ場にいて私との時間を共有したい、そう思ってくれているなら嬉しい。


『じゃあお邪魔しまーす』

「お邪魔、します……」


 何で長根さんまで!?

 何でバスタオル一枚で入ってくるんだ!?


「お背中、流します……」

「ちょっと待ってくれ。蓮梨と話がある」

「え、あ、はい……」


 慌てて腰にタオルを巻くと、長根さんに一旦脱衣所に戻ってもらって、息を吐く。

 宙でにまにましていた蓮梨が、意外そうな顔をする。


『何で歌多さん追い出しちゃうの?』

「何でも何もないだろ……。お前は何がしたいんだ……」


 病弱だった蓮梨。

 幼馴染だからとか、余命いくばくもないからとか、そんな事は関係なく私は蓮梨を愛していた。

 幽霊になった今もその気持ちは変わらない。

 私の妻は蓮梨だけでいい。

 なのに何故お前は私を変えようとするのか。


「私が他の女と結ばれるのなんて、蓮梨からしたら浮気も同然じゃないか。そんなの見たくないだろ?」

『私は幸せになってほしいんだよ』

「私はお前がいてくれたら……! 毎年お盆だけにしか会えなくてもいい! 七夕の伝説のように年に一度会えるだけで、私は……!」

『ダメだよ、それじゃ……』


 見上げた蓮梨は嬉しそうな、それでいて寂しそうな顔をしていた。


『陽善さんが私をそう思ってくれているのはすごく嬉しい。私もできるならそうしたい』

「それなら……」

『うん、だから自殺の名所って言われてるところを回って、死のうとしてる人の身体をもらおうと思った』

「それで……」

『顔を身体も整形して、生き返ったよーって言って、何食わぬ顔で陽善さんの傍にいようと思ってた』

「えげつない事考えるなお前」


 だがそれでも、蓮梨といられるなら……。


『でも今は歌多さんの話を聞いたら、そんな気なくなっちゃった。陽善さんもそうでしょ?』

「……」


 ……確かに、自殺に至る話を聞いたら、残りの人生をくれると言われても、もらうわけにはいかない。

 彼女は彼女で幸せになってほしい。


『私の人生は終わったの。短かったけど陽善さんの奥さんになって、ちゃんと生きたの。だから人の幸せををもらうのは欲張りなんだよ』

「……」

『私がするべきなのは、陽善さんと歌多さんに幸せになってもらう事だってわかったから。そう決めたから』

「蓮梨……」


 だがそうしたら、お前の幸せはどうなる……?

 人の幸せを願って、結びつけて、その後は……?


『……陽善さん、また泣いてる……』

「……仕方、ないだろ……」


 これでもし私が長根さんを受け入れて、結婚して、子どもが生まれたりしたら、幸せを感じるのかもしれない。

 でもそうなるほどに、私は蓮梨を忘れていく。

 蓮梨を過去にしていく。

 それが私には許せない。


「お前を忘れろって言うのか……! なかった事にして先に進めって言うのかよ……!」

『大丈夫。消えないよ。私とハルちゃんの絆は』


 昔の呼び名に、思わず顔を上げる。


『だって役所には記録が残ってるから!』

「それは消す方が難しいだろうけども!」

『ナイスツッコミ〜』


 けらけら笑う蓮梨。

 そうやって、自分の余命の事も冗談にして笑い飛ばした。

 意識を失う寸前まで、笑っていた。

 そうだな、お前の夫でいるなら、いつまでもお前を引きずって暗くしてちゃいけないのかもしれない。

 蓮梨を忘れないままで、前向きにならないと。


「うぅ……、ぐす……」


 ……私は泣き止んだのに、泣き声が……?

 脱衣所からだ。長根さんか。


「大丈夫ですか、長根さん」

「大丈夫じゃ、ないです〜……!」


 扉を開けると、ボロボロに泣いた顔で、私の胸に飛び込んできた。

 な、何でこんなに泣いてるんだ!?


「私、馬鹿でした……! 親を亡くして、仕事がなくなったくらいで生きる事を諦めようとしてました……!」

「それはそれで相当大変な事だと思いますけど」

「だから蓮梨さんに、身体を貸して、と言われた時は、こんなので良ければどうぞ、なんて思ってたんです」

『こんなのなんてそんな事ないよ。大変結構なものをお持ちです!』

「でもお二人はそんな私の幸せを願ってくれて……! 私は母以外からこんなに優しくされた事なくて……!」


 やめてこっちが泣いてしまうから。


「だから私もお二人の幸せのために、何かしたいんです! どうか何でも言ってください!」

『何でも!? じゃあ』

「どうぞ風呂場に入ってください」

「は、はい!」

『おお! 陽善さんいよいよ!?』

「私は出ますので、ゆっくり入ってください」

「え?」

『え?』


 呆けてる二人を残して、大急ぎで身体を拭き、部屋着に袖を通す。

 蓮梨の想いも長根さんの覚悟も伝わったけど、だからといって私のこだわりが一気に全てなくなる訳じゃない。


『陽善さんの漢気オオカミ! がっかり紳士! 九割優しさの頭痛薬!』

「お前の罵倒は独特だな」


 いずれはお前だけの世界から旅立つから。

 だからまだ今はこのままで。

読了ありがとうございます。


三人の想いが少しだけ重なる、そんなお風呂でした。

涙は流しましたが、お背中は流させませんでした。


さて飯、風呂、と来たら、次は……!

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人のお互いを想い合う気持ちが表現されていて、とても素敵な回でした。 “別れ”というのはいつか必ずくるんですよね。 自分が残す方なら、残った方にはまた他の人と幸せに過ごして欲しいと思うけど…
[気になる点] 驚愕の事実!! よろしいですか? 第五話 料理は根性 いいですか?ここからですよ? 第“五“話 バス・ストップ キャーーーーーーーー!!(笑) [一言] あなた、ご飯にする…
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