第五話 料理は根性
住と衣は確保した。さぁ次は食です。
見る時間によっては飯テロになるやも知れません。
ご注意ください。
「……とりあえず、必要な物は揃ったな」
『お買い物、楽しかったー!』
「……すみません、あんなに買ってもらって……。八万九千六百円……、八万九千六百円……」
帰りの車の中。
蓮梨と長根さんのテンションの差がすごい。
これだけ温度差があると、気流が発生して低気圧を生むのではないかと、いらない心配を抱いてしまう。
『それにしてもあのセクシーネグリジェとYES NO枕はほしかったなぁ』
「必要ないよ蓮梨」
『えぇー、いるよね歌多さん』
「……いえ、八万九千六百円も散財させてしまった私は、何を言われてもYESとしか答えませんから……」
『じゃあやっぱりセクシーネグリジェはいるんだよ。今度買おうね』
「いえ! これ以上の散財は、罪悪感で押しつぶされてしまいます!」
『大丈夫! 歌多さんのスタイルで着こなすセクシーネグリジェには百万円の価値があるから!』
「そんな高い服、買ってもらったら死んじゃいます!」
「話噛み合ってるか? 二人とも」
と、外から子どもの帰宅を促す音楽が聞こえた。
もう夕方か。随分と長い買い物だった。
『陽善さん、夕ご飯はどうする?』
「そうだな……」
昼は買い物の休憩がてら軽く食べただけだ。
早く次の買い物に行きたい蓮梨と、服の値段に目を白黒させていた長根さんとを見比べて、安いファストフードで済ませたから、夜はしっかり食べたいな。
「どこかで食事して帰るか」
『わーい、歌多さんの歓迎会だー!』
「そ、そんな! 私、作りますから!」
『えー、今日は歌多さんが来た日なんだから、お祝いさせてよ』
「とんでもないです! 私は家事のお手伝いとして雇われた身……! 住むところも服もお世話していただいて、この上食事までお世話になってしまったら、私、ここにいられません!」
……私の方便を真面目に受け止めているのか。
いや、雇われている、という事がここにいる唯一のよりどころなのかもしれない。
私としては蓮梨が迷惑をかけたから、そのお詫び、という気分なのだけど。
「……もし家事でお役に立てないのなら、この身体でお返しするしか……!」
『ひゅー! だいたーん! 黒ので行こ! 黒ので!』
「スーパーに寄って食材を買いましょう。夕食はお任せしますのでよろしくお願いいたします」
「はい!」
『あ! しまった! フリル付きの新妻エプロン買ってないよ! 男の夢でしょ!? はだ』
「ここを左だな」
『かェ』
「蓮梨さーん!?」
不穏な事を口走りそうになる蓮梨を、曲がる必要のない交差点で車から追い出し、私はスーパーへ向かう道を頭の中で再検索し始めた。
「お待ちどうさまです」
「これは……」
『すごーい!』
食卓に並んだのは、ご飯、味噌汁、炒め物に小鉢が三つ。
見事に定食風な夕食が整っていた。
ずっと自炊してたから、と言うので食材の購入から何から任せてみたけど、まさかこれ程までとは……。
「お口に合うといいんですけど……」
「いただきます」
手を合わせ、炒め物を口に運ぶ。
「ん! 美味しい!」
「あぁ良かった!」
『え、陽善さん、どんな感じ?』
「もやしのシャキシャキの食感と、豆腐の柔らかい歯応えの違いがはっきり出てる」
『へぇ、味は?』
「もやしも豆腐も味が薄いから、しっかり醤油と出汁で味がつけてあって、ご飯にもお酒にも合いそうな絶妙な加減だよ」
「そ、そんなに喜んでもらえて良かったです」
長根さんが頬を押さえながらも、他の料理の感想を気にした様子でちらちらと見てくるので、次に味噌汁を口にする。
「あぁ、こっちも出汁が効いていて、美味しい。具がもやしと豆腐であっさりしているのもいい」
『いいなぁ。私も食べれたらなぁ』
次は小鉢に手を伸ばす。
「冷奴も、茹でもやしのポン酢かけも、箸休めにぴったりだ。このおからと豆腐で作った和風ハンバーグ風は、もうちょっと大きくしたらメインでもいける気がする」
『大絶賛だね!』
「どうしよう……! 嬉しくて、涙が……!」
『ほら、泣かないで。歌多さんも食べて』
「はい……!」
お世辞抜きで彼女の料理は美味しい。
きっと一人自分を育てる母の手伝いをするために、家事を頑張ってきたのだろう。
そして母が稼いできたお金を無駄にしないよう、あれこれ工夫を重ねてきたのだろう。
その集大成がこの激安豆製品料理!
安価なもやしや豆腐、おからなどだけで献立を立てて、それでも食べる楽しみがなくならない工夫!
一体どれだけの苦労と努力があった事か!
『陽善さん、何で泣いてるの?』
こんなの泣くなって方が無理じゃないか?
「美味しい……、美味しいです……」
『感激して泣いてる! 歌多さん! 陽善さんの胃袋はノックアウト寸前だよ!』
「え!? もうお腹いっぱいですか!? ご飯におから入れてカサ増ししたからですか!?」
『ノックアウトってそういう意味じゃなくてね?』
二人の微妙に噛み合わない話を聞きながら、私は長根さんの努力の結晶を味わい続けた。
読了ありがとうございます。
もやしは庶民の味方。
基本豆製品のコスパって尋常じゃないですよね。
だからといってここまで徹底した節減はなかなかできませんが……。
さてご飯は済みました!
いよいよ夜のお楽しみタイム!
迫り来る妻! 及び腰の嫁候補!
夜の主導権(意味深)は誰の手に!
※本作は健全なコメディーです。
それでは次話もよろしくお願いいたします。