第四話 その大変さが愛しくて
さていよいよ服のお買い物。
男性にとって女性の服の買い物は鬼門という話はよく聞きますが、さて我らが羽枝田陽善はどうなのか。
わちゃわちゃするお買い物風景をお楽しみください。
『即決だったねー』
「まさかあんなに素敵なのにお安いなんて……」
「機能も申し分なかったし、良い買い物ができたな」
長根さんに持たせる携帯はあっさり決まった。
ピンクゴールドのこじんまりした多機能携帯。
値段も月額料金も手頃で、機能も必要なものは揃っていた。
『でも料金の支払い、陽善さんがしてあげればいいのに……』
「請求金額を長根さんの口座に振り込むんだ。問題はないだろう」
「何から何までお世話になります……」
私と長根さんをくっつけたい蓮梨は、料金の支払い口座を一緒にする事で、別れるのが面倒な空気にしたいのだろう。
そうはいかない。
長根さんが仕事を見つけて自分で払えるようになれば、そのまま別れられるようにしておかないと。
「さて、次は何を買うか」
『やっぱり服でしょ! オシャレ着と普段着と部屋着と可愛い寝巻き! あと下着と水着とかも買っちゃう!?』
「え、えっと」
まくし立てる蓮梨に、長根さんが戸惑った表情を浮かべる。
可愛い服だの大胆な水着だので、私が惹かれるようにと思っているんだろうが、そうはいかない。
「蓮梨、長根さんを困らせるな。長根さん、蓮梨の言う事は気にしないで、ほしいものだけでいいですからね」
「も、勿論です! 必要最低限にいたしますから!」
「……う……」
しまった。この言い方はまずかった。
……蓮梨がにやにやこちらを見ている。
くそ、思惑通りか。
「……蓮梨、良さそうなのを見繕ってあげてくれ。金は気にしなくていい」
『りょーかい!』
「いえ、あの、そんな……!」
『でも歌多さん、多分遠慮するから、レジに持っていくのは陽善さんね』
え。
「そ、それは……」
『だって私は持てないし』
「う、うぐ……」
女性ものの服屋で、私が商品をレジに……!?
服だけならまだしも下着とか持っていったら『えぇ、この下着、こいつに着させるんですよ。オ・レ・が☆』的な最低男になる!
「長根さん……!」
「は、はい!」
「あなたの買い物に対する主義主張もあるでしょう。しかし今日だけは、蓮梨の言うままに買ってください……!」
「で、でも……!」
「でないと私の男の尊厳が……!」
「そ、尊厳……?」
私の必死の懇願に、長根さんは折れてくれた。
「わ、わかりました……」
「会計の時だけ呼んでください……!」
「は、はい……」
『じゃあ行ってきまーす』
二人を見送って、廊下のベンチに腰を下ろす。
周りを見ると、おそらく私と同じように、妻や娘の買い物に付き合わされているであろう男性が座っている。
一様に疲れた顔をしている。
贅沢な話だ。
愛する人の側にいられる事が、一体どれだけの奇跡なのか。
幽霊という形で、しかも再婚相手を連れて来るような困った妻だけど、一緒にいられる今は本当にありがたく、幸せだ。
疲れた男性達は、年齢的に私より先輩だろうが、もう少しその喜びをかみしめてもいいと
「陽善さん……! 助けてください……! このままだとお会計が十万円を超えちゃいます……!」
『えぇー? それくらい大丈夫だよね?』
店から駆け寄ってきた長根さんの小声に、私は大事な事を思い出した。
そういえば、蓮梨はほとんど買い物に行った事がなかった。
蓮梨がカタログを見てほしいと言った服を、お義父さんや私が買ってきていたから、値段を見て買うという習慣がない。
つまり金銭感覚まるでなし。
『何ならアクセサリとかも買っちゃう? あ、指輪いっちゃおっか!? 婚約指輪と結婚指輪って一緒に買ってもいいのかなぁ!?』
「落ち着け蓮梨。指輪は買わないぞ」
「陽善さん……! 助けてください……! 私は上下合わせて千円切る服で十分ですから……!」
「それはそれで探すのが大変そうですけど……」
……先輩方、生意気な事考えてすみませんでした。
女性の買い物は、やっぱり大変です……。
読了ありがとうございます。
女性向けの服のお店の、オープンでありながらにじみ出る男子ノ立入ヲ固ク禁ズ感。
そこに踏み込む陽善はん、あんさん漢やでぇ……。
さて次回は男の心を掴むには胃袋から!
蓮梨と歌多の奮闘が始まる……!
どうぞお楽しみに!