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第三十二話 決意は強く、硬く

いよいよ六日目です。

プロポーズに成功した陽善。

お盆は残り二日。

それぞれの描く未来はどんな結末を迎えるのか。

お楽しみください。

 ……波の音がする。

 鼻をくすぐる甘い匂い。

 左だけ温かい腕。

 不思議な感覚だ……。

 私はまだ夢の中にいるのだろうか……。


「……ん」

『あ、起きた? 陽善はるよしさん』

「……おはよう、蓮梨はすな

『おはよー』


 蓮梨が私の顔を覗き込んで、くしゃりと笑う。

 見慣れない天井に少し戸惑い、海近くの宿に泊まった事を思い出した。


「……ん?」

『んふふー』


 身を起こそうとして、左腕が何かに押さえつけられているのを感じる。

 蓮梨の含み笑いに、その視線の先を追うと、


「……んぅ……」


 私の左腕が、寝息を立てる歌多うたさんの腕にがっちり押さえ込まれているのが見えた。

 ……昨晩は手をつないでいただけだったのに、いつの間にこんな事に……。


『何かねー、寝てるうちにだんだん近寄って行ってたー』

「……そうか」

『歌多さん、すごく安心した顔してる』

「……そうだな」


 両親が離婚し、母一人子一人の生活。

 母を亡くしてからは一人で生きてきた歌多さんは、こうして誰かと眠る機会は少なかったのだろう。

 思えば歌多さんが初めてうちに来た日の夜も、私の手を握って眠ったっけ。

 歌多さんの安心の助けになれているなら嬉しい。


『ねー、まだ七時だし、もう少し寝てもいいんじゃない?』

「そうだな」


 図らずも、歌多さんに家事を忘れてゆっくり寝てもらえるチャンスだ。

 無理に起きて、それを台無しにする事はない。


「……」


 波の音。

 甘い香り。

 温かく柔らかい左腕の感触。

 ……二度寝は難しそうだな。




「お世話になりました」

「初めての温泉、気持ちよかったです!」

「いやいや! こちらこそ本当にありがとうございました! 帰りに浜、見て行ってください! おかげさまで賑わいが戻って来てますから!」

「またお二人でお越しくださいね!」

「ありがとうございます」

「きっとまた遊びに来ます!」


 宿の女将と案内してくれた娘さんに見送られ、私達は宿を後にした。

 車の窓から浜辺を見ると、昨日の閑散とした様子が嘘のように、随分人が増えている。


「蓮梨、お前のお陰で随分と賑やかになってるぞ」

『あ、ホントだー。でも幽霊がいた時の方がもっと混んでたなー』


 え。


「そ、そんなにいたんですか……?」

『うん、芋洗状態だったよ』

「よくそんな大勢を説得できたな……」

『愛のなせるわざです!』


 私と歌多さんを海で遊ばせるためだけにそこまでしたのか……。


「ありがとうな。蓮梨」

「ありがとうございます! とっても楽しかったです!」

『どういたしましてー。いいとこだったよねー』

「あぁ、また是非来よう」

「はい!」

『思い出の場所になったもんねー』

「う……」

「……はい……」


 初めての海、水着、温泉、プロポーズ、初めてのキス、そして同衾どうきん……。

 確かに昨日は色々な事があった。

 一生忘れられそうにないな……。


『そしたらこの後家に帰ったら、いよいよ歌多さんの初体験だよね!?』

「ぶっ!?」

「〜〜〜っ!」


 蓮梨の言葉に、私は吹き出し、歌多さんは顔を覆って真っ赤になる。


「蓮梨、だからそれは……!」

『大丈夫! 私はその間、実家に行ってるから!』

「いや、こんな昼間っからそんな事……!」

「……蓮梨さん、ご実家はお近くなんですか?」

『うん! 家から車で五分くらいかなー。あ! でも覗きに帰って来たりしないから大丈夫!』


 ……覗きには来なくても、『うっかり早く帰って来ちゃったー』はありえる。

 それにそういう事をするなら、ちゃんとケジメをつけた上でがいい。


「歌多さん。家に帰って荷物を置いたら、一緒に私の実家に行ってくれるか?」

「え、それって……」

「両親に紹介したい。その上で、婚姻届を出しに行こう」

『陽善さんやるぅ!』

「え、あの、本当に、いいんですか……?」


 蓮梨の不安。

 歌多さんの不安。

 それを取り除くには、確たる決意の証が必要だろう。


「私は歌多さんと結婚したい。もし不安や心配があるならできるだけ取り除くから、言ってくれるかな」

「……何だかまだ夢みたいで、不安はあるんですけど、こう、形にならなくて……」

『大丈夫だよー。陽善さんのご両親、とってもいい人だからー。うちのご近所でね、うちの両親とも仲良いし、何かと面倒見てくれたんだー』

「そう、なんですね……」


 そう答えると、しばらく黙ったまま何かを考えている様子の歌多さん。

 赤信号で止まった時、意を決したように口を開いた。


「あ、あの……」

「何?」

「……いえ、その……、は、陽善さんのご両親へのご挨拶が済んでから……」

「……わかった」

『うん、ゆっくりでいいよー』

「ありがとう、ございます……」


 そう言って前を向く歌多さんの横顔は、不安というより何かに立ち向かう事を決意した、そんな表情に見えた。

読了ありがとうございます。


ご両親への挨拶。

婚姻届の提出。

何も起きないはずはなく……?


次話もお楽しみに。

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