第三十一話 想いは重なりすれ違い
とうとうプロポーズまで漕ぎつけた陽善と歌多。
蓮梨はその成果を喜びつつも、まだ満足はしていないようで……?
どうぞお楽しみください。
『さぁそれでは二人の婚約を祝って、乾杯!』
「……乾杯……」
「……乾杯、です……」
蓮梨の掛け声で、私と歌多さんのグラスが触れ合う。
蓮梨は私と歌多さんから取り分けた小皿の料理の前で、上機嫌を隠そうともしない。
大変気恥ずかしい。
『ほらほらお祝いなんだから飲んで飲んでー。帰りの心配も後片付けの心配もないんだからさー』
「あの、陽善さん、じゃあ……」
「あぁ、ありがとう」
ピールを歌多さんに注がれ、一口飲む。
「じゃあ、歌多さんも」
「はい、いただきます」
歌多さんに注ぎ返すのを、蓮梨はにやにやと見つめている。
『んふふー、嬉しいな。二人が結婚の約束をしてくれた事。陽善さん頑固だから、どうなる事かと思ったよー』
「頑固さに関しては、蓮梨の方が上だと思うけどな」
『そんな事ないよー。ねー歌多さん?』
「えっと、その、あはは……」
困った顔で曖昧に笑う歌多さん。
そう聞かれたら、蓮梨だと思っていてもそうとは言えないだろう。
……それともどっちもどっちと思われてるのか?
『陽善さんの方が絶対頑固だってー。最初の日、歌多さんが背中流すって言うのを断ったり、一緒に寝るのを断ったり、歌多さんの魅力を前に失礼だよー』
「あ、あの時は、すみません、色々自暴自棄になっていて、その、陽善さんの迷惑も考えず、すみません……」
そんな事もあったな。
今考えると、よくあんなに冷静な、というか冷たい対応をできたものだ。
「いや、あの時は私も急な事で戸惑って、そっけない態度になってしまって、ごめん」
「い、いえ、蓮梨さんがいるのに、あんなの、無理、ですよね……」
「いや、まぁ、あの時は……」
『んふふー。今は違うよねー?』
「っ」
「!」
蓮梨が悪い顔をしている!
プロポーズまでしたのだからここで満足かと思っていたのに、既成事実まで至らせる気か!
口約束とキスだけでは信用できないという事だろうか?
……まぁお互い複雑な気持ちを抱えてると言った上でのプロポーズだから、不安になるのもわからなくはないけど……。
『愛し合う男女、一つの部屋、ここで何もしなかったら男じゃないよー!』
「……」
『歌多さんも嫌じゃないよねー?』
「えっと、その、嫌じゃないですけど……」
張り詰める沈黙。
うつむきながら、私の方をちらりちらりと見てくる歌多さん。
……ここは男の私が言わなければなるまい。
「……歌多さん」
「……陽善さん……」
「「ごめんなさい!」」
え、謝罪が被った!?
『え、ど、どういう事ー!? 何で二人ともごめんなさいなのー!?』
私と歌多さんを交互に見る蓮梨。
歌多さんの理由も気になるけど、まずは私から説明した方がいいだろう。
「蓮梨、いくらなんでも蓮梨の目の前でそういう事をできるほど、私は図太くも下衆でもない……」
『そ、それならその間ははどこかに行ってるからー!』
「……前に風呂場で壁に耳ありをやったのは誰だった?」
『え、あ、どっか行って、ちょっとしたら、確認のために戻って来ようかなー、なんて……』
「今度はそこの障子に目あり、なんてやられたら一生もののトラウマだからな?」
『うぅ……』
私では分が悪いと見たか、歌多さんの方に向き直る蓮梨。
『歌多さんは何でダメなのー?』
「えっと、あの、恥ずかしいんですけど、私、その、け、経験がなくて……」
「……」
これまでの反応からそうじゃないかと思ってはいたけど、歌多さんの口から直接聞くと、何というか、破壊力がすごい。
「あの、初めてだと、その、血、とか色々、汚してしまうかもって思って、何か対策をしなきゃって……」
『あー、うん……。確かにここだと自分で洗濯って訳にもいかないもんね……』
よし、蓮梨の勢いが弱まってきた。
このまま引いてくれ!
『じゃ、じゃあせめて一つの布団で抱き合って寝よう! それならいいでしょ!?』
「暑くて寝れない……」
「どきどきして寝れません……」
『うー! じゃあ手! 手を繋いで寝よう!? それならいいでしょ!?』
「……まぁそれなら……。歌多さんは?」
「は、はい。それなら大丈夫……、だと思います」
何とか落とし所が見つかった。
こればかりは蓮梨があの世に帰ってからの話にしたい。
蓮梨に痴態を見せたくないのもあるけど、そこまでしてしまったら安心して成仏してしまいそうだ。
少しでも長く三人でいたい。
わがままかもしれないけど、それが私の偽らざる本心だ。
『そうと決まれば、いっぱい食べて、いっぱい飲んで、早く寝ちゃおうねー』
「……歌多さん。お茶もらえる?」
「は、はい」
『何でー!? せっかくのお酒、いっぱい飲もうよー!』
「酔っ払ったらワンチャンとか思ってるのかもしれないが、そんな事はないからな」
『むー! そんな事ちょっとしか思ってないもん!』
「……思ってはいるんですね……」
蓮梨をかわしながら、歌多さんと笑いながら、私はこっそり胸を撫で下ろす。
もし歌多さんに涙ながらに迫られたりしたら、私は耐えられなかったかもしれない。
少しずつ歌多さんが自分の中で大きくなりつつあるのを感じながら、私は注いでもらったお茶を一息にあおった。
読了ありがとうございます。
十八禁展開なんて書けないからね、仕方ないね。
あ、違います。作者の腕の問題です。ムーンライト様は存じております。
お盆には終わらせるつもりが、夏も残りわずか。八月中には完結させたいと思っていますが……。
どうかよろしくお願いいたします。




