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第三十話 のぼせるほどに想いあって

とうとう三十話の大台に乗りました。

プロポーズの決意を固めつつある陽善の心の行方やいかに。

どうぞお楽しみください。

「ふう……」


 風呂から上がり、部屋へと戻る。

 浴衣の隙間から入ってくる風が心地よい。

 さっぱりして頭がすっきりしてくると、考えなければいけない事が色々浮かんでくる。

 私の両親への挨拶はどうするか。

 結婚式はするかしないか。

 そして。


歌多うたさんは、今の私との結婚を望んでいるのかな……?」


 言葉にすると、疑問と不安が形を得て大きくなっていく。

 好意を持たれているのはわかる。

 きっとプロポーズをしたら受けてくれるだろう。

 だが蓮梨への未練を捨てきれていない私は、言ってしまえば二人とも愛しているという、実質二股状態だ。

 しかもまだ気持ちは蓮梨に向ける方がやや強い。

 それが歌多さんの心に影を落とすなら、私の気持ちは伝えつつ、正式な結婚は蓮梨より歌多さんを愛せるようになってからの方がいいだろう。


「……よし」


 そうと決まれば、あまり間を開けない方がいい気がしてきた。

 当初は夜に、と思っていたけど、このまま夕食となると、ろくに喉を通りそうにない。

 さっきの様子を見る限り、歌多さんもそうだろう。

 風呂から戻ったら、様子を見て切り出してみよう。


「……」


 落ち着かない。

 お茶でも飲んで待つか。


「……」


 テレビをつけてみる。

 ドラマの再放送、情報番組、通販番組……。

 うーん、興味を引かれるものはないな。


「……」


 遅いな……。

 家ではそんなに長風呂の印象はなかったけど……。


陽善はるよしさん!』

蓮梨はすな!? どうした!?」


 蓮梨が床からいきなり出てきた!

 相当慌てているようだ。


『歌多さん、ちょっとのぼせちゃったみたい! 階段で座り込んじゃったから迎えに来て!』

「わかった!」


 蓮梨の言葉に、私は急いで階段に向かう。

 階段の下で壁に寄りかかるようにして座る歌多さんの姿が見えた。


「大丈夫か!?」

「……あ、陽善さん……。ごめんなさい、ちょっとふらっとしたので、休んでました……。すぐ、良くなりますから……」


 私を不安にさせないためだろうか。

 儚げに笑う姿に胸を締め付けられるような気分になる。


「……歌多さん、部屋で横になった方が楽だろうから、ちょっとごめんね」

「えっ、陽善さん!?」


 座る歌多さんの横を降りて、身体の下に腕を差し入れ持ち上げる。


「あ、あの、だ、大丈夫です、私、一人でも、部屋に……」

「それで歌多さんが階段を踏み外したりしたら、私は悔やんでも悔やみきれない。私の安心のために、このまま部屋に行かせてくれ」

「……はい……」


 歌多さんは頷くと、私の方に身体を預けてくれた。

 確かな重みと温かさを感じる。

 部屋に戻ると座布団を枕に、横にさせた。


「歌多さん、水飲める?」

「はい……」


 身体を起こさせて、水を飲ませ、また横にする。

 蓮梨の看護を思い出すな。


『歌多さん平気ー?』

「すみません蓮梨さん、ご心配をおかけして……。だいぶ気分も良くなりました……」


 部屋に備え付けのうちわで、歌多さんに風を送る。

 段々と顔の赤みも引いてきた。

 とりあえず一安心かな。


「……陽善さん、蓮梨さん、ごめんなさい……」

「気にしないで。こういうのは蓮梨の面倒を見るので慣れてるから」

『そうだよー。お姫様抱っこなんて、手慣れてたでしょー?』

「いえ、その、違うんです……。ごめんなさい……」


 そう言うと歌多さんは、両手で顔を覆った。

 ……湯当たりの事だけじゃなさそうだな。


「……私、陽善さんの事が好きです」

「!?」


 突然の言葉に驚くも、愛の告白といった雰囲気ではない。

 気を鎮めながら続きを待つ。


「さっき陽善さんがプロポーズを考えているって言った時、私嬉しくて嬉しくて、頭が溶けてしまうかと思っていました」

「……うん」

「……でも陽善さんには蓮梨さんがいます」

「……」

「私は元々何もかもに絶望して、死のうとしていました。蓮梨さんに身体を貸してと言われた時も、どうせ要らないものだからと、差し上げるつもりでいました」

『歌多さん……』

「そんな私を蓮梨さんは助けてくれました。身体を返してくれて、陽善さんに会わせてくれました」

「助けた……、確かにそうなるか……」


 あの時のノリとテンションのせいで、いまいち深刻な感じにならなかったけど、確かに蓮梨は歌多さんの自殺を止めたんだ。


「陽善さんも、私に優しく温かく接してくれて、生きる希望をもらえたんです……」

「……そんな大した事は……。でも、そう思ってもらえているなら嬉しい」

「……私はお二人からもらってばかり……。お二人がいなければこの世にいなかった……。なのにここで蓮梨さんがいた陽善さんの隣を取って、甘い幸せをもらおうなんて、恥ずかしくなって、情けなくなって……」

『そんな事ないよ! 私は、歌多さんだから陽善さんと結婚してほしいと思ってる! 私はもうこの世にいないの。遠慮する事なんてないんだよ』

「でも、でも、どうしていいかわからなくなって、お風呂の中で考えているうちに、のぼせてしまって……」

「そういう事だったのか……」


 私が蓮梨を想っている気持ちで引け目を感じていたように、歌多さんも私と蓮梨に対して引け目を感じていたのか……。


「……私、陽善さんと結婚したいです……。でも、そうしちゃいけないって思ってる自分もいるんです……。私は、私は……」


 しゃくりあげる歌多さん。

 私はその頭を軽くなでる。


「……歌多さん。私もあなたと結婚したい」

「!」

『陽善さん……』


 歌多さんの肩がびくりと震えたが、構わず続ける。


「私は蓮梨以外に妻を迎える気はなかった。ただ歌多さんの境遇には同情した。だから元気になるまではうちにいてもらおうと、そう思っていた」

「……」

「でも料理を作ってくれたり、一緒に出かけたり、ほんの数日の間だけど、蓮梨を亡くしてからずっと冷たかった心が温まるのを感じたんだ」

「……それは、蓮梨さんが、いたから……」

「そうかもしれない。でもこの先歌多さんがいない人生を考えたら、また心が冷えていくんだ。それでも私は生きていけるだろうけど、できれば歌多さんに傍にいてほしいんだ」

「陽善さん……」


 歌多さんが顔を覆っていた手を外して私を見た。

 うるんだ瞳が、悲しそうで、切なそうで、嬉しそうな顔が、胸に刺さる。


「私はまだ、蓮梨への想いを捨てきれないでいる。でも歌多さんの事も愛している」

「!」

「こんな中途半端な男だけど……。長根ながね歌多さん。私と結婚してください」

「……はい……」


 身を起こした歌多さんと絡まった視線に引き寄せられるようにして、


「……ん」


 私達は口づけを交わした。

読了ありがとうございます。


とうとうここまで来ました。

蓮梨とハイタッチしたい気分です。


後数話で完結できると思います。

よろしければお付き合いください。

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