第二十九話 またとない好機
幽霊騒ぎ解決のお礼として、宿に泊まる事になった三人。
男女二人が同じ部屋、蓮梨の猛攻、何も起きないはずはなく……?
どうぞお楽しみください。
「お部屋はこちらになります。ごゆっくりおくつろぎください」
「わぁ……!」
『すごーい! ほら見て陽善さん! 歌多さん! 窓から海が見えるよー!』
「波音も聞こえるな。良い部屋だ」
「ありがとうございます!」
海の家の主人の厚意で泊まらせてもらう事になった宿は、年季は入っているが手入れの行き届いている、一般的な民宿だった。
部屋は八畳、中央の座卓にはお茶と茶菓子のセット。
窓際の二畳分のスペースには、小さなテーブルと向かい合うように椅子が一対。
うん、こういう昔ながらの雰囲気、好きだな。
「それとですね、うち大浴場に温泉引いているんです」
「そうなんですね」
「温泉、初めてです……!」
案内してくれた女の子の説明に、歌多さんが目を輝かせる。
「うちの温泉、婦人病とかに特に効果があるって事で、別名【子宝の湯】って呼ばれてるんですよ」
『子宝の湯!?』
蓮梨、目を輝かせないで。
「幽霊騒ぎで、今日のお客さんはお二人だけですから、夜はどうぞ遠慮なく……!」
『いーね! 遠慮なくいこう!』
……雰囲気から十代か、いっても二十歳だと思っていたが、そういえば彼氏がいるんだったな。
まさかこんな若い娘から夜の気遣いをされるとは思わなかった。
そして蓮梨は自重しなさい。
「あ、お食事は何時にします?」
「歌多さん、何時がいい?」
「いつもの夕飯の時間に合わせて、八時くらいでどうですか?」
「そうだな」
「いつものって事は、お二人はご夫婦なんですか?」
「あ、いや」
『ほぼそうです!』
「……違います」
蓮梨の言葉を流しつつそう答えて、何だか冷たいような気がして、
「……今は、まだ……」
ぽろりと言葉がこぼれた。
「……!」
『歌多さん! 聞いた!? 今はまだ、だって! 時間の問題だよ! 秒読みだよ!』
あ、しまった!
……いや、別に失言でもないか。
「じゃあ同居!? 同棲!? ラブラブですね! うらやましい! じゃあこの旅でプロポーズとかしちゃう感じですか!?」
プ、プロポーズ……!?
い、いずれはそういうケジメをつけなければいけないとは思うけど……!
『んふふー。ここはいい宿だねー』
「……ぷ、プロポーズ、プロポーズ……」
「……」
「ではではお食事はこちらにお持ちしますので、どうぞごゆっくり〜」
にやにやしたまま女の子が去り、私と蓮梨と歌多さん、そして何とも言えない空気が残された。
「……歌多さん」
「ひゃいっ!」
びくりと身体を震わせる歌多さん。
緊張した面持ちで私を見つめてくる。
「とりあえず温泉入ろうか」
「ふぇ? あ、はい、そ、そうですね……。支度します……」
……歌多さんは、ちょっとがっかりした顔でバッグから荷物を出し始めた
まさかプロポーズを待ってたのか?
いや、そういうのはもっと雰囲気のある時にするべきだろう。
今ここで言ったら軽すぎやしないか?
『陽善さーん。今のは言うべきところでしょー』
「いや待て。こんなタイミングでするもんじゃないだろ」
『気分が高まった時がタイミングでしょ! 変にムードとかロケーションに凝らなくていいのにー』
「いや、そうはいかないだろう」
『じゃあどんな時ならいいのー?』
……蓮梨の時は、ベッドで横になってる蓮梨を必死に説得して指輪を渡したから、ロマンティックなシチュエーションとかは私も未経験なんだよな……。
何かしら考えないと……。
「やっぱり夜で……」
『うんうん』
「静かな場所で……」
『うんうん』
「二人きりで……」
『うんうん!』
「指輪とかも用意して……」
『それは後でもいいから。で! で!?』
「……イメージなんてそれくらいだ。私もそんなに経験があるわけじゃないから……」
『なら今夜だー!』
は?
『ここなら静かで、二人っきりで夜を迎えられるよー! そのまま初めての夜まで一直線!』
「いや待て、確かに条件はそうかも知れないけど、今日ここでっていうのはさすがに……」
『ならいつどこでならプロポーズするの? 明日家に帰ったらするの?』
「え、いや……」
いつどこでと言われると困る……。
『陽善さん、プロポーズする事自体は決めてるんでしょ? 否定、しなかったもんね』
「う……」
確かに、そうだ。
今ここで、という事には抵抗はあるけど、プロポーズ自体には……。
『だったら善は急げ! ……人はいつそういうの言えなくなるか、わかんないんだからさ』
……そうだ。明日が必ず来るなんて、誰も保証してはくれない。
盆の間はいられると思っている蓮梨だって、ここにいる事自体が奇跡みたいなものだ。
明日起きたら消えていたっておかしくないんだ。
蓮梨がいるうちに、きちんとケジメをつけて、安心させてあげたい。
「わかった。今夜歌多さんにちゃんと話をするよ」
『それでこそ陽善さんだよー!』
「じゃあ温泉に入っ、て……」
考えるべきだった。
歌多さんは着替えとか必要なものを出しているだけで、同じ部屋にいるって事を……。
「あっあああ、あの、こ、これは、は、陽善さんの、き、着替えですっ!」
「あ、ありがとう……」
「じゃ、じゃあ、後でっ!」
私に着替えを押し付けるようにして渡すと、真っ赤な顔の歌多さんは、ぱたぱたと部屋を出て行ってしまった。
『あの反応! 勝てる! これは勝てるよ陽善さん!』
「……蓮梨、お前わざと……」
『んふふー。プロポーズに不慣れな陽善さんをサポートする、内助の功ってやつだよー』
プロポーズってこんなのだったっけ……。
ともあれこれで逃げ場はない。
もはや逃げる気もない。
どう伝えるかを考えるべく、私も風呂へと向かった。
読了ありがとうございます。
さていよいよ大詰めとなって参りました。
陽善は何を告げるのか。
歌多はそれにどう答えるのか。
まぁ既にプロポーズは成功しているようなものですが。
次話もよろしくお願いいたします。




