第二十八話 感謝の行方
幽霊騒動は無事解決し、海での定番イベントも達成。
動揺する陽善は少し早い昼食を提案するが、そこに駆け寄るのは……?
どうぞお楽しみください。
「お、お前さん達! 大丈夫か!」
海から上がると、先程の海の家の主人が驚いた表情で立っていた。
「海に入ってるのが見えたから、慌てて来たが……、何もなかったのか?」
「はい、幽霊は……、説得しましたから」
「せ、説得!?」
隣で浮いている蓮梨がうんうんと頷く。
『とりあえず今年はもう大丈夫だと思うよー。来年はちゃんとしたお祓いの人を頼めばいいんじゃないかなー』
「今年はこれで大丈夫でしょう。来年はお祓いの人を呼んでください」
「……!」
うーん、私じゃなく蓮梨のお陰なんだけど、説明もできないしな。
手柄を横取りするようで、悪い気がする。
「ほ、本当に、もう大丈夫、なのか……?」
「えぇ。手形なんて付いていないでしょう?」
「た、確かに……」
主人は私と歌多さんの身体をくまなく眺める。
「……」
歌多さんが私の後ろに身を隠す。
恥ずかしいのはわかる。
わかるけど、背中にその力強い柔らかさを押し付けるのはやめてほしい。
……嫌ではないけど。
「あぁ、すまないお嬢さん、ぶしつけだったな。しかし本当ならこんなにありがたい事はない! なぁ、お前さん達はまだここにいるかい?」
「えぇ、昼を食べたらもう少し遊ぶつもりです」
「なら、今から若いのに声かけて、本当に幽霊がいなくなったか試してもいいかい?」
成程、私達だけが大丈夫なのか、それとも本当に大丈夫になったのか、確認したいのだろう。
もしまだ残っていたら、対応を頼みたい気持ちもあるに違いない。
蓮梨をちらっとみると、くしゃっと笑って親指を立てた。
「構いませんよ」
「助かる! 本当に何もなくなってたらお礼するからよ!」
頭を下げた主人は、走って海の家に戻っていった。
「すまない蓮梨。手柄を横取りするようになってしまった」
『全然いいよー。二人が仲良くなってくれれば、私はそれが一番だから。それに人の役に立てるってなかなかできなかったから嬉しいね』
う、と胸が詰まる。
蓮梨は生前、身体の調子の良い時は、散歩がてらゴミを拾ったり、近所の落ち葉を掃いたり、何かと人のために動いていた。
生まれつき弱い身体でも、蓮梨はそれを言い訳にせず、人のために自分にできる事をやり続けていた。
今も私と歌多さんのために、あれこれ手を尽くしている。
それが誇らしくも、少し辛い。
「……ありがとう」
『んふふー。歌多さんとラブラブで嬉しい?』
「……それも含めて、何もかもに、だ」
『陽善さん……』
驚いた様子で目を見開いた蓮梨は、くしゃっと笑う。
『歌多さん! これはいい傾向だよー。お弁当で更に畳みかけるよー』
「は、はい」
私の中で、蓮梨への想い、蓮梨の願い、歌多さんへの想い、歌多さんの想い、全く違うものだと思っていたそれらが、一つの形になっていく。
「うん、食べよう、お弁当」
「はい!」
『今日は気合入ってたからねー。心して食べてねー』
「そうしよう」
機会を見て伝えよう。
歌多さんにも蓮梨にも。
温かい決意を胸に、私はシートに腰を下ろした。
「ありがとうございます!」
「大丈夫でしたか?」
「えぇ! 見ての通り、誰も手形の被害なしでした!」
海の家の主人が嬉しそうに、若者達を手で示す。
海に入る前はかなり怯えていたけど、今は男の子も女の子も満面の笑みだ。
「あの、もしかして高名な霊能力者の方では……?」
「いえいえ違います。たまたま波長が合ったと言うか、声が聞こえてきたような感じです」
「何にしても助かりました! ありがとうございます! ほら、お前達も!」
「ありがとうございます! これで友達と遊べます!」
「ありがとうございます! 今年こそ彼女作りたかったんで助かります!」
「ありがとうございます! 彼氏呼びたかったんですよ!」
「あざまーす! これで俺っち、親のやる海の家手伝えまッシュ!」
……一番チャラそうな男の子が、一番立派だな。
「あの、今日この後のご予定は?」
「もう少し遊んだら帰る予定です」
「明日は何かご用事が?」
「特にはないですが」
「でしたら今日のお礼に宿をお世話させてください! 町会を挙げて歓迎いたします!」
宿!? 一泊!? 歓迎!?
それだけこの幽霊騒動はこの町にとって大事だったんだろうけど、そこまでしてもらういわれはない。
『いいじゃん! お言葉に甘えようよー』
本来お礼を受けるべき蓮梨は乗り気だが……。
「いえ、そういうのは遠慮させていただきます」
「しかし……」
「おじさん! ダメだよ気ぃ遣わないと!」
「え? ……あぁ!」
女の子に何かを言われ、私と歌多さんを見比べて、主人ははたと手を打った。
「そうですよね! いやー、失礼しました」
「納得していただけて良かったです」
「歓迎など二人きりの時間には邪魔ですな!」
「え」
違う。そうじゃない。
泊まるつもりが元々ないだけだ。
何の用意もしてないし。
「……あの、陽善さん、私、泊まってみたいです……」
歌多さん!? 急に何を!?
「実は、蓮梨さんから言われて、私と陽善さんのお泊まり用の準備はしてあるんです。陽善さんが運転に疲れてもいいようにって……」
『備えあれば憂いなーし!』
……蓮梨の事だ。
言葉巧みにどこかに泊らせるつもりでもあったのだろう。
家と違う空間でドキドキも倍増、とか考えているんだろうなぁ。
『決定権は幽霊達を説得した私にあると思います! なので今日はお泊まり! 決定!』
「……わかりました。せっかくのご厚意、無碍にしては申し訳ない。お世話になります」
「おお! ありがとうございます! では宿の手配をしてきます! どうぞ海を楽しんでお待ちください!」
「俺の家酒屋なんで、良い酒持ってきます!」
「私の家は魚屋なので、とびっきりのお魚用意しますね!」
「うちのおばあちゃんのやってる民宿なんで、また後で!」
「ウチの海の家もよろしッシュ!」
主人と若者達はそう言って頭を下げると、めいめいに散っていった。
「……何だか大事になってしまったな」
「でも、お泊り、楽しみです」
「……そうだな」
結果として歌多さんを家事から解放してあげられたなら、良かったと考えるべきだな。
『ちなみにー、荷物に例のアレ、入れてあるからねー。これで安心!』
「は、蓮梨さん……!」
歌多さんへの気持ちは固まりつつあるけど、どうにも蓮梨は性急で困る。
……お盆も後二日半、性急にもなるか……。
急に胸に込み上げてきた焦りのような感情を落ち着かせるために、私は海を眺め、波の音に耳を澄ませた。
読了ありがとうございます。
さて図らずも一泊する事になった三人。
気持ちがまとまりつつある陽善はこの一夜をどう過ごすのか?
次話もよろしくお願いいたします。




