第二十七話 跳ねる波、弾む胸
海の幽霊も去り、いよいよ海に入ります。
海回は書いていて楽しいですね。
共にお楽しみいただければ幸いです。
『じゃあ海に入ろうか!』
「そうだな」
「は、はい」
羽織っていたシャツを脱ぎ、パラソルの下に置く。
「わ……! 陽善さん、すごい逞しいんですね……!」
「そ、そうかな」
蓮梨の介護のために鍛えた身体だけど、褒められるのは悪い気分じゃない。
『どうよ歌多さん、引き締まった良い身体でしょー? 腹筋のぼこぼことか、触ると面白いよー』
「え……」
歌多さんの手が一瞬浮く。
……触ってみたい、のか?
『陽善さん、触ってもいいよねー?』
「い、いいんですか?」
「……いいけど」
そういえば蓮梨もちょくちょく、二の腕や腹筋を触っていたな。
何が楽しいのかわからないが、別に減るものでもない。
心持ち腹を突き出すようにすると、歌多さんの白い手が伸びてきた。
「すごい……! こんなにはっきりわかれてて……、それにこんなに硬い……」
「っ」
ひんやりした指が、遠慮がちに触れてくる。
背中を何かがぞくぞくと走り、思わず出そうになった声を堪える。
「あ! ごめんなさい! くすぐったかったですか?」
「……いや、大丈夫」
離れてくれて良かった。
あのまま触れられていたら、変な気分になりそうだ。
『んふふー。じゃあ次は歌多さんが脱ぐ番だね!』
「は、はい……」
蓮梨に促されて、歌多さんは震える指をパーカーのジッパーにかけ、ゆっくりと下ろしていく。
……少しずつ露わになっていく白い肌に、見てはいけないものを見ているような気分になる。
「……あの、後ろ向いていようか?」
『ダメ! 陽善さん、ちゃんと見る!』
「いや、しかし歌多さん恥ずかしそうだし……」
『そのもじもじがいいんでしょーが! 推理小説で犯人とトリックだけ教えてって言うくらい失礼だよー!?』
「そ、そうなのか?」
蓮梨の勢いに押され、目が離せない。
ジッパーはへそを越え、下までたどり着いた。
ぴっ、と小さな音を立てて、最後の金具が外れる。
幕が開くようにパーカーを肩から抜いていくと、白い肌と赤いビキニが、強烈に目に飛び込んでくる。
大人しく控えめな歌多さんが、こんな情熱的な水着を着ている事が、胸を高鳴らせる。
「……あの、似合わない、ですよね、こんな派手なの……」
「いや、とても良く似合っている」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、モデルみたいだ」
「あ……! ありがとうございます!」
『どうどう? 陽善さん、ときめいちゃった?』
「……正直、ドキッとした……」
『ひゅー! 作戦大成功! やったね歌多さん!』
「ありがとうございます蓮梨さん!」
……早く海に入ろう。
少し頭を冷やしたい。
「さ、軽く準備運動して海に入ろう」
「はい!」
膝の屈伸、伸脚、アキレス腱伸ばし……。
私に合わせて同じ運動をする歌多さん。
……揺れる胸、開く足……。
……うーん、目の毒だ。
極力水平線を見るようにして、腕を回し、手首足首を振る。
「よし、じゃあゆっくり入ろう」
「はい!」
波打ち際に足を浸す。
波が足をなでていく感触が気持ちいい。
「きゃ! お、思ったより冷たいんですね」
「そうだな。まぁ気温が高いから丁度いいよ」
波と冷たさに少し戸惑いながらも、楽しそうな歌多さんにそう答えると、さらに進んで腰まで海水に浸かる。
「さ、歌多さんもこっちまでおいで」
「は、はい」
波をかき分けるようにして、私の前までやって来る。
まるで太陽のような満面の笑みだ。
「冷たくて気持ちいいですね!」
「あぁ。これぞ夏って感じだな」
「はい!」
『あ、陽善さん、歌多さん、少し大きい波が来るよー』
少し高めの波が、私の肩を越えて歌多さんの顔にしぶきを飛ばした。
「わぷっ! しょ、しょっぱい……」
「大丈夫?」
「はい、これが海なんですね……」
にこにこしている歌多さんは、本当に楽しそうだ。
せっかくだ。海の遊びを教えるのも悪くない。
「次は波に合わせてジャンプしてみるといい。身体がふわっと浮く感じが私は好きなんだ」
「やってみます!」
『やってます!』
「うん、蓮梨はそうだな」
小さな波をいくつか見送った後、いい感じの波が来た。
『来たよいい波ー』
「歌多さん、いくよ」
「はい!」
波に合わせて飛び上がると、ふわりとした浮遊感。
地味な遊びだが、これが意外と楽しい。
「陽善さん! ふわってなりました!」
「この感じ、いいよね」
「はい! 楽しいです!」
『あ、またいいの来たよー』
「え? あ、わ、わ?」
歌多さんがバランスを崩した。
私の方に倒れ込んでくる形になり……。
ぽゆん。
私の胸に歌多さんの胸がぶつかる。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「あ、いや、別に、大丈夫……」
『おおー、これは素晴らしいラッキースケベ!』
こちらは素肌、あちらは水着一枚。
暴力的な柔らかさの衝撃が、触れた胸から全身に広がっていくようだ。
「……一旦上がって、昼ご飯にしようか」
「わ、わかりまし、たっ?」
砂か波に足を取られたか、またバランスを崩した歌多さんが、また私にしがみつく!
もにゅん。
今度は、二の腕が、挟まれた……。
『おお! 隙を生じぬ二段構えー!』
「あ、あの、二度もすみません!」
「……危ないから、もう、そのまま戻ろう……」
「……はい……」
ぎゅっと抱きしめられる腕。
海の水は冷たいはずなのに、そこだけが燃えるように熱い。
『熱いねお二人さーん! もう十五分くらいそのままでいようよー!』
「歌多さんのお弁当を早く食べたいんだ」
早く上がろう。
立ち止まりそうになる足に力を込めて、波を蹴立てながら私は歌多さんと岸へと向かった。




