第二十四話 悪魔の牙
段々と陽善の心も歌多に惹かれつつある様子。
しかしそうなると、歌多を夜の街に引き戻そうとする要島達は何とかしないといけない訳で……。
どうぞお楽しみください。
「ふぅ……」
湯船に身を沈めると、疲れが溶け出していくようだ。
食材運びで強張った肩をゆっくり回す。
「ん……、ぷは」
顔を湯船のお湯でこすると、少し頭がすっきりしてくる気がする。
歌多さんは私に好意を持ってくれている。
そして、私も歌多さんに好意を抱いている。
これから先も、一緒に暮らしていきたいと思っている。
歌多さんもきっとそうだと思う。
だが……。
「結婚、か……」
口に出すと改めて重みを感じる。
私は歌多さんといる事を楽しく、また心地よく思っている。
料理も上手だし、心配りも行き届いている。
だが、私は歌多さんを愛しているのだろうか?
一生を共にする覚悟はあるだろうか?
蓮梨の時は、無我夢中だった。
何が何でも結婚して、幸せも苦労も共にしようと思っていた。
今はどうだろうか。
……いや、比べる事自体が間違いか。
「……出るか」
一人で考えていても堂々巡りだ。
蓮梨と歌多さん、二人を前にしたらまた違う考えが浮かぶかもしれない。
『あ、陽善さん、お酒の用意できてるよー』
「簡単ですけど、おつまみも作りました」
「え? あ、ありがとう……」
風呂から上がると、テーブルには酒の用意が整っていた。
そう言えばさっき苦し紛れに、お酒でも飲もうと言ったんだった。
しまったな。素面で考えたかったんだが……。
『やっぱり最初はビール? それともハイボールにしちゃう? 歌多さんは何から始めたい?』
「私は何でも……。でも、お風呂上がりですからビールが嬉しいです……」
『きーまりっ! はい陽善さん座って座って!』
「……あぁ」
……これは避けられそうにないな。
『それでは二人の進展を祝して! かんぱーい!』
「し、進展……!?」
「蓮梨、何の勘違いをしている。私達は別に」
『じゃあさっきは何を言おうとしてたのー?』
「……」
私が、言おうとしていた事は……。
……いや、まだだ。
まずは歌多さんをさいなむ悪夢を終わらせてからだ。
「歌多さんの事をあの男達から守る、そう言おうとしていたんだ。だから蓮梨、あの男を付けて行って、わかった事を教えてくれ」
「えっ、あの、その事はも」
『わかった! とりあえず事務所って言うのかな? その場所はわかったから、明日乗り込もう!』
「乗り込む!? いきなりか!?」
『こういうのは奇襲が一番! いきなり行って、彼女は私のものだ! 手を出すな!ってバーンとタンカ切ったら、そりゃもうノックアウトだよー!』
……そんな単純な話か……?
知り合いの弁護士を通したり、事によっては警察にいる友人を頼ろうかと思っていたが……。
「あ、あの陽善さん……」
『だーいじょうぶだよ歌多さん! 心配しないで! 陽善さんがバッチリ決めてくれるから! ね!?』
「あぁ、任せてくれ」
ここは歌多さんを不安にする訳にはいかないからな。
どこまでやるかはともかくとして、相手の出方を伺う意味でも、乗り込むというのは悪くないかもしれない。
『さぁ、そうと決まれば今日は景気付けに飲もうー!』
「いや、明日に大事が控えてるから、あまり飲まないぞ」
『あれだよ、お清め的な? お酒の力で魔を祓うってやつ!』
? 何か蓮梨の様子が変だ。
「……おい、何か隠してるだろ」
『……』
露骨に目を逸らした。
これは何かある。
歌多さんも何か言いたそうだったし。
「……歌多さん、何か知ってますか?」
「あ、あの、蓮梨さん、要島さんの後をつけて事務所に行って、姿を現してお説教したそうです……」
お説教? そんな事で何とかなる相手とは思……、あ!
「女の子を騙すような働かせ方は良くないとか、そんな悪い事をしてると地獄に落ちるよ、とかを言ったそうですが……」
「それを幽霊から言われた訳だ……」
「……はい。それで要島さんも店長さんも、店を取りまとめるオーナーさんも、みんな女の子の祟りだと思ったみたいで、全員泣きながら気絶したそうで……」
おそらく心当たりがあるのだろう。
同情する気にはなれない。
「だからもう私に声をかけてくる事はないだろうと。あっても蓮梨さんの事をちょっと言えば、すぐ諦めるだろうって……」
それは良かった。
良かったが。
「……蓮梨。その状態で、私をその事務所に連れて行って、何をさせるつもりだったんだ?」
『……そりゃ、守る男の格好いい姿をバーンとやって、その、歌多さんのハートをノックアウトって……』
「全く……」
また騙されるところだった。
彼女は私のものだ、なんて叫んだら恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。
しかし結果としては、歌多さんの憂いが晴れたのだ。
それはそれで喜ぶべき事だろう。
「蓮梨、ありがとな」
『……ま、歌多さんは私にとっても大事な人だから』
「ありがとうございます、蓮梨さん」
「それでは改めて、歌多さんの明るい未来を祝して、乾杯」
「乾杯」
『かんぱーい』
楽しい酒と共に、夜は更けていった……。
読了ありがとうございます。
やばいな……
前話のラストで『四日目終了』とキッパリ書いたばかりなのに……
スマン ありゃウソだった
でも まあすぐ訂正してきたから良しとするって事でさ……
こらえてくれ
実は蓮梨の策通り、事務所で蓮梨に怯える要島達にタンカ切る話を考えていたんですが、流石に陽善もそこまでお馬鹿さんではあるまい、と思い、全カット。
五日目は何しようかな……。
こんなフラフラした話で恐縮ですが、お付き合いいただけましたら嬉しいです。




