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第二十三話 その耳が聞くものは

二人きりの夕食。

そして迫るお風呂タイム。

蓮梨は早く帰るべきか遅れて帰るべきか。


お楽しみください。

「ごちそうさま。美味しかった」

「良かったです」


 いつもより品数の多い夕食を終え、食器を台所に運ぶ。


歌多うたさん、洗い物は私がやるよ」

「いいんです。何だか嬉しくて、じっとしてられなくて……」

「そ、そう?」

陽善はるよしさんは座っていてください」

「……ありがとう」


 笑顔で言われると、特に逆らう理由もない。

 テーブルに戻り、携帯をいじる。

 時々洗い物をする歌多さんをチラ見するが、何か鼻歌のようなものを歌いながら食器を次々と水切りカゴに上げていく。

 楽しそう。

 ……蓮梨はすなはまだかな。

 洗い物が終わったらどうしよう。

 二人っきりというのは初めてだ。

 何を話せばいいのか……。


「お待たせしました。終わりました」

「あぁ、ありがとう」


 終わってしまった!

 どうしよう!

 とにかく何かしら会話をしないと!

 そうだ!


「少しお酒でも飲む?」


 お酒を媒介にすれば少しは会話も広げられるだろう。


「あ、その前にお風呂に入っていいですか?」


 お風呂!

 しまったそれを忘れていた!

 蓮梨は一緒に入れと言っていたが、そんな訳にはいかない!

 それに今はもういなくなったり自殺を図ったりする心配もない!

 だから一緒に入る必要もない!


「あぁ、いいよ。先にさっぱりするといい」

「え、あの、……一緒じゃなくて、いいんですか……?」


 あの状況で、聞いてた! 覚えてた!

 しかも前向きに検討してる!

 そういえば一昨々日(さきおととい)蓮梨に言われて、背中を流そうとしに来てたな!

 あまり抵抗ないのかな! 私はあるけど!


「蓮梨は歌多さんが思い詰めていると心配してたけど、私は歌多さんがいなくならないって言ってくれたから、一瞬も目が離せない程の心配はしてないんだ」

「そう、ですか……」


 何でちょっとしょんぼりしてるんだ。


「……だけど、何もしてなかったら、それはそれで怒られそうだから、脱衣所で扉越しに話してもいい?」

「……はい。じゃあ準備してきますね」


 ぱたぱたと部屋に戻り、着替えを持って、すぐ戻ってくる歌多さん。


「あの、じゃあ、お風呂場に入ったら、呼びますので……」

「あ、あぁ……」


 直接一緒に入る訳じゃないのに、何故か胸がどきどきする。


「……あの、どうぞ」

「……はい」


 脱衣所に入ると、扉から聞こえる水音。

 ……何だこの背徳感……。

 のぞいたりしてる訳じゃないのに、蠱惑的と言うか何というか……。

 は、話だ! 話をしよう!


「う、歌多さん、湯加減はどう?」

「あ、はい、大丈夫です」

「今日の水族館、どうだった?」

「と、とても楽しかったです」

「それは良かった」

「……はい」

「……」

「……」


 蓮梨ー! まだかー!


「陽善さん……、その、私の前の仕事の事、驚きました、よね……」

「え、あ、いや……、蓮梨から少し聞いていたので……。その、借金を返すために、昼も夜も働いていた、と」

「……」


 水音だけが響く。

 早く帰って来て蓮梨ー!


「え、えっちな女だと、思いましたか……?」

「え?」

「借金のためとはいえ、そういうお店で働いて、その、一昨々日は背中を流そうとお風呂に入ろうとしたり、あの、えっちな女だと……」

「全然」

「そうですよね、全然……、え?」


 手が触れただけで真っ赤になる歌多さんが経験豊富だったら、私は世を儚んで寺に入ったかもしれない。


「私が歌多さんに思ってるのは、何事にも一生懸命だって事。借金を返すのも、背中を流そうとしたのも、そのためだと思ってる」

「は、陽善さん……」

「だから私は歌多さんの事……」


 私の言葉はそこで止まった。

 壁から耳が生えたからだ。

 壁に耳あり障子に目あり、というが、そういう事じゃないだろうこれは。


「……蓮梨」

『!』


 耳がびくりと震えた。

 そーっと下がろうとしてるが、今更遅い。


「出て来い蓮梨」

『え、えへへー。ただいま……』

「いつから聞いてた」

『ゆ、湯加減の辺りから……』

「ほぼ最初だな」

『あ、あのね! 悪気はなかったの! ただこっそり帰ったらお風呂に入る話になってたから、これは見逃せないって、聞き耳立ててたら、こう、壁を行き過ぎちゃった……」


 こっそり帰ってくる時点で、何がしか狙っていたと思うのだが。


「とにかく、蓮梨が帰って来たなら、私は部屋に戻る。……歌多さん、ゆっくり入っていいから」

「あ、ありがとうございます!」

『あー! しくじったー! もうちょっとで陽善さんの告白が聞けたのにー!』

「馬鹿言え」


 私は脱衣所を出ると小走りに自分の部屋に戻る。

 ベッドに飛び込むと、顔を枕に埋める。

 ……私は今何を言おうとしていた!?

 歌多さんの事を、何と!?


「……」


 蓮梨が動揺していて助かった。

 歌多さんが扉の向こうで助かった。

 そうでなければきっと、今胸の内に湧き上がる声を聞き取られてしまっただろうから……。

読了ありがとうございます。


お風呂の水音って、何かこう色っぽいですよね。

反響する水滴の音、身じろぎに揺れる波音、湯船からこぼれる湯の弾ける音……。

環境音楽としてどこかで売り出しませんかねぇ……。


次話もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 申し訳ありません(笑) お風呂背景に一般家庭仕様がないのであの形に(笑) この背景は透けカーテン仕様なので更衣室でもアカンな、と(・∀・)ニヤニヤ
[一言] 第二十三話 その耳が聞くものは-3 <i573193|34709> 第二十三話 その耳が聞くものは-1 <i573190|34709> こんな感じで
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