第二十話 波立つ心
水族館デート回です!
やはりデートは書いていて楽しい……!
どうぞお楽しみください。
「ここが、水族館……! 大きくて、綺麗……!」
『私も来たのは初めてー!』
駅を降りてすぐの水族館。
歌多さんも蓮梨も入口ですでに喜んでいる。
連れてきて良かった。
「チケット買ってくる。ここで待っていてくれ」
「あ、あの、私もお金を……」
『歌多さーん! あのパンフレット一緒に見て、どこ回るか決めよー!』
「え、あ、はい!」
よし、うまいぞ蓮梨。
経済観念がしっかりしすぎている歌多さんの事だ。
入場料を見たら、入口で満足したから帰ろうとか言いかねない。
さて大人三人……、いや、蓮梨の分はいいから、二人でいくらになるかな。
……カップルチケット?
デート中のカップルなら、どなたでも利用可……。
割引の上に帰りに記念品贈呈……。
「待たせた」
『お帰り陽善さん。チケット買えた?』
「……あぁ、これを」
「カップル、チケット……?」
『ひゅー! えらい! 陽善さんよくやった! 百点満点!』
蓮梨ははしゃぐが、深い意味はない。
歌多さんの精神的負担を軽くするために、割引のついたものを選んだ訳だし、無料でもらえる記念品というのにも興味があったからで……。
「カップル……」
『んふふー、嬉しいねー歌多さん』
「えっと、その……、はい……!」
……言い訳は野暮のようだ。
チケットをぎゅっと胸に抱える姿に、微笑ましさと共に感じる軽い息苦しさ。
「じゃあ行こう。何か特別見たいものはあるか?」
「あの、初めてなので、順を追って、ゆっくり……」
『そうだね! 手取り足取り陽善さんに教えてもらおう!』
「私だってそんなに詳しい訳じゃないから、順路に沿って行くとしよう」
「はい!」
胸のもやもやを振り払うように、入場ゲートへと向かう。
「はい! カップルチケットですね! ではカップルの方と手をつないでの入場になります!」
何!? そんな条件があったのか!
『んふふー。手をつなぐだけだったら簡単だよねー? さ! ガッといっちゃいましょう! ガッと!』
蓮梨は大喜びだが、歌多さんは昨日手が触れただけでも真っ赤になっていた。
嫌がっての事ではないのはわかっているが、無理強いはしたくない。
「……その、歌多さん……」
「……はい」
……手を、差し出してきた。
これは、つないでもいいのだろうか?
見れば顔は赤く、目を逸らしている。
恥ずかしがっているのは間違いない。
ならば。
「……では、これで」
「はい! どうぞお楽しみください!」
さっとつないで通り、中で放せばいい。
ゲートをくぐり、手を放せば……、掴まれてる?
『折角つないだんだから、そのまま回ればいいんじゃない? 人も多いし、はぐれたら困るし!』
「……このままで、いいのか?」
「……」
無言で小さく頷く歌多さん。
……なら仕方がない。
「順路はこっちだな。行こう」
『はーい!』
「……はい」
私はじりじりとこみ上げる息苦しさをごまかしながら、水槽へと目を走らせた。
「あ、熱帯魚! 綺麗……」
『はい陽善さん! ここで、君の方が綺麗だよって言』
「魚と比べるのは失礼だろう」
「大きい水槽だ。色々な魚が泳いでいるのは壮観だな」
『あ! ジンベイザメだ! 一緒に泳ぎたーい!』
「は、蓮梨さん! あぁ、ダイバーの人みたいに……!」
『ねーねー! これ! チンアナゴ! ねー! チンアナゴ!』
「……! ……!」
「そこまでにしておけ蓮梨。歌多さんが笑いをこらえすぎて死ぬ」
「ぺ、ペンギンだ! ペンギン! おぉ、歩いている! 泳いでいる!」
「陽善さん、ペンギン好きなんですね……」
『ここまで好きとは知らなかったなぁ』
「くらげのトンネル……。幻想的ですね……」
「うーん、一度海で刺されてから、あまりいいイメージがない」
『こらー、ロマンチックさが足りないぞー!』
随分回れた。少し休憩しよう。
あそこのテーブルは持ち込みの飲食も大丈夫なようだ。
時間も悪くないし、歌多さんのお弁当をもらうとしよう。
「歌多さん、あそこで少し休憩しよう」
「はい」
『時間もいい頃合だし、お弁当食べよっか?』
「あぁ。歌多さん、いい?」
「あ、はい、えっと……」
歌多さんは、弁当の入ったバッグを持ったまま、なかなか出そうとしない。
辺りをチラチラと見て、……あぁ、そうか。
「歌多さん」
「は、はい!」
「私は歌多さんのお弁当、楽しみにしてるんだ」
「え……」
「朝見たからね。おにぎり、卵焼き、ほうれん草のおひたしにウインナー。確かりんごも入ってたはずだ」
『野菜炒めも入れてたよねー』
「あぁ、朝のか。あれも美味しかった」
「……」
「だから今はもう、お弁当を食べる口になってる。他のものだと何か違うんだ。だから……」
「……ありがとう、ございます、陽善さん……!」
声を詰まらせながらお弁当を出す歌多さん。
やっぱり歌多さん、周りが店売りの華やかなものを食べてるのを見て、気後れしていたんだろう。
でも今日を楽しみにして、朝から作ってくれたお弁当以上に、今日に相応しいランチは他にない。
「いただきます」
「い、いただきます」
おにぎりを頬張る。
卵焼きを食べる。
美味い。
顔を上げると蓮梨と歌多さんが笑っている。
胸のもやもやが、少し晴れた気がした。




