第二話 車と幽霊
せっかくの幽霊ものなので、昔から考えていたネタで一話作ってみました。
題して『幽霊は乗り物に乗れるのか』。
壁を透過し、物理法則があんまり関係なさそうな幽霊を乗り物に乗せるとどうなるのか。
まぁギャグですので、あまり真剣に思い悩まずお楽しみください。
『さてさておっ買い物ー』
「お前普通に家出れるんだな」
「よ、よろしくお願い、します……」
後部座席に蓮梨と長根さんが乗ったのを確認して、シートベルトを締めると、車を発進させる。
長根さんの生活用品を整えるには、少し遠いがショッピングモールが一番だろう。
ってあれ? 蓮梨どこ行った?
『いやー、びっくりした』
「ひゃあ!」
「うおわ!」
後部座席から急に生えてくるな!
ハンドル操作を誤ってたら、三人まとめてあの世行きだぞ!
『私透けちゃうんだよね。すっかり忘れてた。後部座席に腰掛けた姿勢のまま置いていかれたのはちょっと面白かった』
「いいからちゃんと出てこい。テレビから出かかってる悪霊みたいな体勢に、長根さんが怯えてるだろうが」
「あ、あわ、あわ……」
『あぁごめんね歌多さん。よいしょっと』
よしよし、これでちゃんと乗った形になったな。
お、赤信号。
「!?」
わ、私の中を蓮梨が通り過ぎて行った!?
そうか! ブレーキかけたからか!
この車と同じ速度で飛んでるようなもんだもんな!
こっちが止まれば蓮梨だけが飛んで行く訳だ!
『もー、ブレーキかける時は言ってよ』
「あ、あぁ、済まない」
フロントガラスを通り抜けて来た蓮梨が文句を言う。
これ私が悪いのか。
「ぷっ、ふふっ……」
後部座席で、笑い声?
バックミラーで見ると、長根さんが小刻みに震えている。
『あ、笑ったなー?』
「だ、だって、蓮梨さん、座ったまま、すいーって、ふふっ、陽善さんを突き抜けて、すいーって……」
どうやら蓮梨の等速直線運動は長根さんのツボだったようだ。
とすると、蓮梨がまたやらかすな……。
『ではでは人間カーリング』
バックミラーの中の蓮梨は、後部座席から頭だけを出し、頭の上に逆L字に手を構え、ゆっくりスライドしていく。
「あはっ! あははっ! か、カーリング……! ゆっくり滑って……!」
『お次は人間エアホッケー』
今度は素早くスライドして、ドアや背もたれや長根さんにぶつかって反射してる。
もっとも透ける身体なので、ぶつかりそうなところで方向転換してるのだろう。
自由自在かお前。
「速っ、速い……! ダメ……! 跳ね返って、また……! 私にも、ぶつかって……! くふっ! もう……!」
『お次は』
「そろそろ信号変わるぞ」
『はーい』
「……はひっ、はひっ……」
あぁ、長根さんが笑い死に一歩手前になってる。
蓮梨はこういうところがあるから困る。
病弱で、あまり人間関係が広くなかったせいか、相手が喜ぶと見るとやりすぎるきらいがある。
以前自作のクイズを褒めたら、軽く百問は作った時には困ったものだ。
やたらクオリティが高いから、三日かけて全部解いたんだったな。
『ヘヘー、歌多さん、元気出た?』
「はぇ……? は、はひ……」
『良かったぁ』
そしてこの満足そうな顔。
顔中で笑っているようなくしゃくしゃの笑顔。
これが蓮梨と結婚した一番の理由だったかも知れない。
『いっぱいいっぱい笑ってね。笑う門には福来るって言うんだから』
「はい……!」
……そうか、自殺まで考えていた長根さんを笑わせるためにわざと……。
やはり蓮梨は自慢の妻だ。
おいそれと乗り換える訳にはいかない。
「蓮梨。次の交差点で右折するからな」
『わかった』
ウインカーを出して、右折のレーンで一旦停止……。
「!?」
またも蓮梨が私を突き抜けて、しかも対向車線から左折したトラックに吸い込まれて行った。
蓮梨……。お前が乗り換えちゃうのかよ……。
「ぶふっ……!」
長根さんは発作が再発したようだ。
こんな笑い声を聞くのは何だか久しぶりで、自分の頬が少し緩むのを感じた。
読了ありがとうございます。
等速直線運動する幽霊。
電車とかに乗っていて、おしゃべりに夢中になってると、駅のたびにすいーっと前方に飛び出して、慌てて戻る幽霊とかいたら可愛い。
次はショッピングモールでドキドキなお買い物。
誰がドキドキするのか、お楽しみに。