第十六話 変わり始めた関係
お待たせしました。
今回は夫婦成分多めでお送りします。
どうぞお楽しみください。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末様でした」
家に帰り、長根さんの作った昼食を食べた。
初めての豚肉料理は十分以上に美味しく、長根さんの態度も普段通りに戻った。
やはりさっきの照れは、思わぬ話に戸惑っただけなのだろう。
「じゃあ食器、下げますね」
「あぁ、それくらいはやるよ」
「っ!」
食器の上で手が重なった瞬間、熱いものにでも触れたかのように、手を引く長根さん。
「あ、あの、ご、ごめんなさいっ!」
顔を真っ赤にして食器を取ると、台所に駆け込んでしまった……。
うーん、やっぱりこれは……。
『んふふー。意識されちゃってますねー、陽善さん』
「蓮梨、本当に長根さんが私の事を……?」
『むー、歌多さん、でしょ?』
「あ、あぁ、歌多さんは、私の事を……?」
『うん! 間違いないね! あれは完全に惚れてますぜ旦那!』
「……」
何という事だ。
いや、想定していなかった訳じゃない。
自殺を考えるほど追い詰められていた人が急に優しくされたら、恩が好意に変換される可能性は考えていた。
だがまさかたった三日で……!
いくら蓮梨が煽ったからといって、こんなに早くこんな事になるとは……!
『陽善さん、歌多さんから好かれてるのに、何をそんなに悩んでるの?』
「そりゃあこんな不自然な形で私を好きになっても、それは洗脳みたいなものじゃないか」
『……ふぅん。じゃあ今歌多さんが陽善さんに持ってる気持ちは幻で、勘違いだと、そう思ってるの?』
「……」
責めるような雰囲気は一切ない、穏やかな蓮梨の言葉に、何故か私は言葉が出せなかった。
その言葉通りに思っているのに、改めて言われると肯定する事がためらわれる。
何故だ? 何が引っかかっている?
『いーじゃんそれでも』
「は?」
蓮梨の軽い言葉に、私は思わず間抜けな声を漏らした。
『恋って最初は勘違いだったり思い込みだったりするもんだよ? そこから関係を重ねていけばいいんだよ。勘違いも十年経てば立派な真実だよ?』
「え、いや、しかし……」
『それとも歌多さんが、たくさんの男の人の中から陽善さんを選ばないとダメ? そんな事言ったら、歌多さんが世界中の男の人から陽善さんを選ばないと、付き合えない事になっちゃうよ?』
「そ、そこまでは……」
でも似たようなものか……。
選びようない選択肢で選ばれるのは卑怯と言うか、何か違う気がする……。
『そんな事言ったら私なんか、選択肢全然なかったしー』
「うぐ……」
それを言われると……!
病弱でほとんど家から出られなかった蓮梨にしてみれば、私と結婚するか、しないかしかなかったもんな……。
『でも私は病気や環境に選ばされたんじゃないの。私が、陽善さんと結婚する事を選んだの』
「!」
『歌多さんも、きっとそうだよ』
「う、うーん……」
それとこれとはまた事情が違うような……。
『陽善さんだって、歌多さんの事真剣に考えてるし』
「え?」
急に何の話だ?
混乱がさらに深まる。
『歌多さんの気持ちが勘違いで、陽善さんの事を好きじゃないのに結婚しちゃったら、後で傷つくのは歌多さん、そう思ったんでしょ?』
「まぁ……、そう、だな……」
『でももし本当の気持ちだったら、否定するのも違うなって思ったんじゃない?』
「……う……」
蓮梨が顔をくしゃっとさせて笑う。
『それって歌多さんの事大事に思ってるからだよね?』
「!?」
『もうー、素直じゃないんだからー、このこのー』
「いや、待て、それは……!」
違うと言いたいが、否定しようにも言質を取られている!
また蓮梨の術中だ!
『んふふー。歌多さんは陽善さんの事好きになり始めてる。陽善さんもそれを前向きに考える気になってる。いい傾向だね! 今夜辺りどうですか旦那!』
「何の事だかさっぱりわからん!」
揚げ足を取られないように無理矢理話を終わらせて、私は自室へと戻った。
蓮梨の言葉は誘導を含んでいる。
少し頭を冷やせば、私は……。
『もし本当の気持ちだったら』
変わらない。
何も変わらない、はずだ。
読了ありがとうございます。
三十手前の男性のときめきと抵抗を延々と描写する……。
楽な仕事じゃないよ!
読む方も大変だと思いますが、まだ続きます。
よろしくお願いいたします。




