第十四話 変わりゆく速度
いつもより遅くなって申し訳ありません。
この回は色んな意味でターニングポイントでした。
どうぞお楽しみください。
「大きい本屋さんですね……」
「ここなら大抵の本は揃うだろう。ゆっくり見ると」
『一緒に回ろうねー、陽善さん』
う、別行動は駄目か。
「蓮梨、私も探している本があるのだが」
『なら歌多さんの本を見つけてから、一緒に探せばいいじゃない』
「……手分けした方が効率がいいだろう?」
『そんなに急いで、この後用事があるんだっけ?』
「……ないな」
そう言われると、もはや返す言葉はない。
大人しく一緒に本を探す事にする。
「あ、この本良さそうです」
「どれどれ」
なになに? ……『倹約! 一ヶ月一万円台で抑える献立!』か……。
……いらないんじゃないかな。
『多分歌多さん、もう習得してると思うな』
「そうですか?」
『ほら表紙の、もやしを美味しく食べるレシピ集、とか、豆腐でタンパク質を取ろう、とか、歌多さんの料理で見た事あるもん』
「そうだな。こっちの『簡単美味しいお肉料理レシピ』の方が、歌多さんの料理の幅を広げるにはいいんじゃないかな」
「でもこれ、二千円もするので、ちょっと……」
先程の倹約本は五百円。
成程、そういうところも気にしていたのか。
かと言って今このタイミングで現金を渡して、小遣いと取られても給料と取られてもよろしくない。
……蓮梨、にやにや笑って『行け! 行け!』って示すな。
言わないぞ「子猫ちゃん」とか馬鹿馬鹿しい。
「それは私が出すから、気にせず買おう」
「そんな! 服も食材も買ってもらっているのに、自分の買いたいものまで陽善さんに買ってもらう訳には……」
「大丈夫。これで料理のレパートリーが増えたら、私も嬉しいし」
「でも……」
うーん、なかなか強情だ。
説得を手伝ってくれないかと蓮梨を見ると、頭の上に手を乗せて、ぴこぴこさせている。
猫か。猫なのか。
そんなにあの恥ずかしい発言をさせたいのか。
? 長根さんを指差して、頬を押し上げて、……笑わせろ?
……真面目では駄目だという事か……。
「う、歌多さん」
「……はい……」
心を殺せ羽枝田陽善!
軽く、冗談めかして!
笑いの仮面を被るんだ!
「わ、我が家の食卓を彩るものなら、僕に買わせておくれよ子猫にゃん」
「……え?」
『あはははは! 言った! ホントに言った! しかも噛んだ最後噛んだ! 子猫にゃんって……!』
長根さんのキョトン顔と蓮梨の大笑いに、顔の温度がどんどん上がるのがわかる。
くそぅ、蓮梨め、はめたな……?
「いや、その、これは、蓮梨が言えって……」
「……」
「だから、その、本の代金は……」
「……じゃあ、あの、お言葉に甘えます……」
え?
長根さん、笑ってる?
「私に気を遣わせないように、言ってくださったんですよね、……そ、その、こ、子猫にゃん……」
……こらえている笑いが、むしろ心をえぐってくる。
本屋の店内で爆笑されても困るけど。
『人のために笑われる事をいとわないって、格好いいよ陽善さん』
「……そうか」
『だから胸を張って! 立派だよ子猫にゃん!』
「ぶふっ!」
「これ以上歌多さんを刺激するな。買って次行くぞ次」
長根さんから本を受け取り、早足でレジに向かう。
『子猫にゃんの本はいいのー?』
「……また今度だ」
このままだと本屋の店内で歌多さんが爆発する。
「……蓮梨、結果としては本をこちらで買う事ができたが、他に選択肢はあったんじゃないか?」
『うん。ベイビーとハニーとマイプレシャス、どれが良かった?』
「……もういい」
会計を済ませて袋に入った本を受け取る。
「歌多さん、これ」
「あ、ありがとうございます」
どうにか発作の収まった長根さんに本を渡して、本屋を後にする。
とりあえずカフェで、この顔の熱を冷まそう……。
「あの、私はお水で……」
「そんな、一杯四百円だぞ?」
「でもそれだけあればもやしと豆腐と油揚げを買って、二食分のおかずが……」
カフェの入口のメニューを見て、歌多さんの倹約精神は再び発動した。
本を買われてるからこれ以上は、という気持ちもわからなくはない。
かと言って自分だけ飲んで長根さんに水だけというのも……。
『歌多さん、しっかり者だよね。これはいいお嫁さんになりますよ旦那〜』
「蓮梨の立ち位置がよくわからない」
蓮梨も今回は長根さんの意思を尊重するようだ。
私としては、このシビアな金銭感覚と遠慮しがちな性格を何とかしたい。
「歌多さん」
「はい……」
だがそれは今日でなくてもいいはずだ。
本を買われて負荷がかかっている今、無理をさせる事はない。
「今日は何だかコーヒーより日本茶の気分だ。一旦家に帰ってお茶を飲みたい」
「は、はい! 美味しいのを淹れますね!」
『ほほー! いいねー! やっぱり我が家が一番だよー!』
笑顔になる長根さんと蓮梨。
二人が笑顔になれる選択肢、それがきっと最良なのだろう。
『じゃあ、お昼は家でその本読んで、その中から決めようか』
「うん、それいいな」
「は、初めての料理だと、緊張しますね……」
『作りやすそうなものからやってけばいいよー』
「歌多さんはローストビーフも上手に作ってたし、大丈夫だよ」
「はい! 頑張ります!」
蓮梨を失ってから変わる事を拒んでいた心が、少しだけ期待に動くのを感じ始めていた。
読了ありがとうございます。
この回を書き上げる前は、何かドラマティックな展開とか、大きく心が動くようなイベントをと考えて、
「あ、これ七日分のエピソード作るの無理じゃね?」
と諦めかけていました。
ですが、この展開に至って、私はようやく認識したのです。
この作品は日常系ラブコメであると。
幽霊の妻と、自殺志願の嫁候補という非日常要素に引っ張られて、そんな簡単な事を見逃していました。
しかしそう認識した今なら、日常のあらゆる事がネタにできます。
筆が軽い……。
もう何も怖くない……。
何かのフラグが立った気もしますが、今後ともよろしくお願いいたします。




