第十三話 君が望むもの
さていよいよ三日目。
今日も今日とてお出かけ大作戦。
その時ふと陽善によぎる違和感とは……?
どうぞお楽しみください。
「ごちそうさま。美味しかった」
「良かった。あ、食器片付けちゃいますね」
長根さんがてきぱきと動いて、テーブルの上が綺麗になっていく。
形の上では家事手伝いとして雇っているとはいえ、何もしないというのも心苦しい。
お茶でも淹れるか。
「歌多さん、終わった?」
「はい」
水音が止まったのを確認して声をかけると、長根さんが手を拭きながらリビングに戻ってくる。
「お茶を淹れたので、一息ついて」
「あ、すみません、気が付かなくて……」
「いや、これぐらいはさせてよ」
「ありがとうございます……!」
『いい! いいね! 夫婦っぽくなってきたよー!』
蓮梨が顔をくしゃっとさせながら笑う。
そういうのじゃない。
共に住む人間同士、助け合うのが普通だろう。
『で、今日はどこに行くー?』
「特に急ぎの用はないが……」
『さ・く・せ・ん』
あぁ、そうだった。
長根さんが我が家へ持つ緊張感を減らすため、出かけて帰るを何度かやるんだったな。
何となく馴染んできている感じはあるけど、繰り返しておくに越した事はないか。
「歌多さん、どこか行きたいところとか、買いたいものとかある?」
「えっと、本屋さんに行きたいです。お料理の本を買いたくて……」
成程、それはいい。
長根さんの腕なら、料理人という選択肢もあるな。
「わかった。駅前の本屋なら、もうすぐ開く時間になるだろうから、今から支度して行こう」
「ありがとうございます!」
『ねー陽善さん、そしたら帰りにカフェとか寄ろうよー』
「それもいいな。歌多さん、どう?」
「カフェ……! 行きたいです……!」
「じゃあ決まりだ。準備でき次第声かけて」
「わかりました!」
『ばっちり決めようね!』
「はい!」
蓮梨に続いて、嬉しそうに部屋へと走っていく長根さん。
希望を口にしてくれるようになったのはいい傾向だな。
私も支度をしよう。
あ、そうだ。ここ二日分の給料を用意しておかないとな。
……相場がわからない。
住み込みとか食事とか諸々さっ引いた事にして、日給一万円でどうだろう……?
拘束時間からしたら安いか?
後で確認してみよう。
封筒に二万円を入れると、外出用のショルダーバックに入れる。
「……」
何とも言えない違和感が胸に沸き起こる。
長根さんの頑張りを金に換算するような嫌悪感。
関係を金で精算するようなイメージ。
しかし長根さんが買いたいものを買う以上、お金は渡さなければならない。
どうすればいいのかわからないモヤモヤを、押し込めるように私はバックの口を閉じた。
「うわ。暑いな」
「そうですね」
外に出ると、夏の日差しが容赦なく突き刺さる。
私は比較的暑さに強いが、長根さんには日傘でもあった方が良さそうだ。
今日どこかで売っていたら買おう。
いや、その前に……。
「ちょっと途中でコンビニでも寄って、飲み物を買おう」
「わかりました」
『こういう時幽霊は楽だなぁ』
呑気な蓮梨を伴って道を進むと、行きつけのコンビニが見えてきた。
「あそこで買おう」
「はい」
クーラーの効いた店内の風が、身体に染み込んでいくようだ。
さて、ここで少し時間をもらおう。
「ちょっと探しているものがあるから、先に飲み物のコーナーで選んでいて」
「わかりました。お手伝いします?」
「いや、大丈夫。ありがとう」
そうして少し離れたところで蓮梨を呼ぶ。
「なぁ蓮梨」
『何?』
「これから本屋で買い物をする訳だが……」
『うん』
「お金はどう渡せばいいと思う?」
『どう渡すって、普通に渡せば……。あ!』
蓮梨も私の言いたい事に気付いたようだ。
『ここで現金を渡したら、給料って事になりかねないね……』
「あぁ、方便として言ったものの、あれだけの仕事にいくら払えばいいかわからないし……」
『そもそもお金で換算しようとする事自体が嫌よね……』
「あぁ」
『それにここでお金を出したら、同情で雇っただけの関係って考えちゃうかもね。二度と心開いてくれなくなっちゃうかも……』
それは困る。
私が望むのは家政婦ではなく、長根さん自身の幸せだ。
『だから早く嫁にしておけばこんな事には……!』
「冗談はともかく、どうする?」
『……とりあえず、陽善さんが漢気っぽく買えばいいんじゃない? 我が家の食卓を彩るものなら、僕に買わせておくれよ子猫ちゃん、的な』
「絶対にそのセリフは言わないけどわかった」
しかし何かの形で長根さんに返したいのは確かだ。
本以外にも、彼女が望む事を何か見つけていきたい。
「あ、陽善さん。探し物は見つかりました?」
「いや、なかったよ。またの機会にだな。飲みたいものは決まった?」
「はい! 私はこれを!」
もやしコーラ……?
味の想像がつかないけど、いいのか?
「……変わったの、好きなんだ……」
「はい! これ半額商品ですし!」
節約なのか、変わり種好きなのか、よくわからない。
長根さんを喜ばせるには、もう少しよく彼女を知らないといけないみたいだな……。
読了ありがとうございます。
オチのために豆製品ドリンクを調べてみたら、味噌コーラ、醤油サイダー、納豆ソーダは既にありました。
ドリンク業界の闇は深い。
暑い季節ですので、水分補給は皆様しっかりなさってください。
ネタドリンクが増える季節でもあります(個人の感想)。
飲む時は飲み切ってネタにする覚悟で飲みましょう。
次回もよろしくお願いいたします。




