第十二話 ほどけ始めたわだかまり
蓮梨、お帰り作戦大成功。
陽善、敬語をやめ、名前呼びにシフト。
歌多、初めてのローストビーフ。
三行で前回のあらすじをまとめてみました。
……サ◯エさんではなく。
どうぞお楽しみくださいね。ジャンケ(自主規制)
「あの、どう、ですか……?」
「……うん、美味しい……!」
「……良かった……!」
夕食に出されたローストビーフは、初めて作ったとは思えないくらいに完璧だった。
長根さんはほっとした様子で、笑顔を見せた。
よほど出来が心配だったのだろう。
「味見はしなかったの?」
「したんですけど、普段食べないもので、ちゃんとできてるか不安で……」
「大丈夫。すごく美味しい」
「ありがとうございます!」
私は付け合わせの野菜と共にローストビーフを小皿に盛り、仏壇に置く。
「蓮梨はどうだ? 味、わかるか?」
『うーん』
蓮梨は目を閉じて何かを感じようとしているようだが、手応えがないようで仏壇に頭を突っ込んで、あれこれ試し始めた。
『……うーん、残念だなー。味はわかんないや』
「そう、ですか……」
『でもね、歌多さんの一生懸命さと丁寧さは伝わってきたよ! 嬉しい!』
「あ、ありがとうございます!」
三人で味わえないのは少し残念だが、長根さんは満足そうだ。良かった。
「よし、食べよう。折角だからビールも出そうか」
『いいねー! お酒と食べたらきっと美味しいよね! 歌多さんも飲む?』
「あ、はい。じゃあ少しだけ」
グラスを出して、缶ビールを注ぐ。
「お疲れ様。乾杯」
「乾杯」
『かんぱーい!』
三人の乾杯の声が重なる。
喉を流れていく炭酸の刺激と爽やかさがたまらない。
そういえば長根さんの好みを聞いてなかった。
ビールは苦手な人も多いが、長根さんはどうだろう。
「ふぅ」
あれ? グラスからビールが、消えた?
勢いよくあおった感じもないのに、グラスが空になっている。
手品か何か?
『歌多さんすごーい! すーって飲んじゃった!』
「あ! ごめんなさい! 前に働いていたお店では、乾杯の飲み物は一息で空けるのが決まりだったので……!」
そうか、借金返済のために、夜も働いていたんだもんな。
接客系のお店なら、客からの差し入れが個人の売り上げになるから、早く多く飲める事は一つのステータスなのだろう。
それにしてもすごい。
消えたという表現がぴったりだった。
「じゃあもう一杯」
「あ、ごめんなさい! 次はゆっくり飲みます!」
「そうだな。せっかくいい料理があるんだから、味わって楽しもう」
「はい」
笑顔になる長根さんの横で、蓮梨が薄い落胆の色を浮かべる。
『なーんだ。歌多さんがお酒弱かったら、お酒でメロメロ大作戦もできたのになー』
そんな事を考えていたのか蓮梨。
『でも歌多さん、すごく美味しそうに飲んでるからいいや!』
「はい! 今まで飲んだ中で一番美味しいお酒です!」
缶ビールに大袈裟な、と思うが、歌多さんの表情に嘘や誇張はなさそうだ。
それだけこの食卓を心から楽しんでくれているのだろう。
「そうしたら貰い物の赤ワインでも開けようか」
『さんせーい!』
「あ、いえ、その、私のために、そんな……」
「いいんだ。飲みたくないならやめるけど、飲みたいなら遠慮しないでくれ」
「……なら、の、飲みたい、です……」
『きーまり! 歌多さんの歓迎会だー!』
蓮梨が嬉しそうに空中でくるりと回る。
初日からやりたがっていたもんな。
「確か缶つまで、牡蠣のオリーブオイル漬けがあったな」
『おお! でも赤ワインに合うの?』
「わからない。ビールの方が合うかもな」
「牡蠣……! 高級食材……!」
「大丈夫、缶詰だから高いもんじゃないよ」
やいのやいのと楽しい夜は更けていく……。
「歌多さんは寝た?」
『うん、ぐっすり。今日は大丈夫じゃないかなー』
蓮梨の報告を聞いて、私はお茶をすすった。
昨日のような充電コードとの格闘は勘弁してもらいたい。
『昨日より顔も明るくなった。安心し始めてるんだと思うよ』
「それならいいな」
両親の離婚、母親の死、借金の返済、解雇……。
自殺を考えるほど辛くなる経験を味わった長根さんに、どうにか幸せを感じてもらいたい。
『ねぇ、まだ歌多さんをお嫁さんにする気はないの?』
「……ない」
『手応えあるのにー』
「……好意は感じるけど、それはあくまで恩の延長だろう」
『ちーがーいーまーす! なーんでそんなに自信ないのかなー』
「蓮梨以外に女性を知らないからな」
『私がお盆に帰って来るぐらい愛されているんだから、自信持ってよー』
蓮梨の言葉に、心の澱みがこぼれる。
「……持てるかよ……」
『陽善さん?』
「蓮梨は私の愛を信じているか?」
『当たり前だよー。世界で一番愛されてる自信あるねー』
「なら何で『次』を当てがおうとする? 愛してくれているなら、ずっと愛させてくれよ……」
『それはダメ。それをしたら、私の生きた意味は、陽善さんを縛り付けた事だけになるから』
「……そんな、そんな事は……」
『陽善さんは世界で一番素敵な私の旦那様。私に妻として生きる時間をくれた誰よりも大切な人。私の人生を幸せで満たしてくれた人。だから、幸せになって』
「……」
私の幸せは、蓮梨を想い続ける事だと言いたかった。
だがそれは逃げだ。
ただ蓮梨を悲しませるだけだ。
いずれ新たな出会いを得て、進んで行かなければならないのだろう。
『わかってくれた?』
「……まだ納得はできないけど、蓮梨にすがりつく事で、蓮梨を悲しませたくはないからな」
『やっぱりハルちゃんはカッコいいなぁ……』
あぁ、この顔をくしゃくしゃにする笑顔。
これに恥じない男でいないとな。
「大分酔ってるみたいだ。そろそろ寝るよ」
『うん。じゃあ一緒に寝よう』
「……いいのか?」
『私の気持ちを受け止めてくれたご褒美だよ』
嬉しい。たとえ触れ合えなくても、側に蓮梨を感じられればそれで……。
「……何で歌多さんが寝てる部屋に入っていくんだ?」
『……気付いた?』
酔って判断力が鈍ってる内に同衾させようという腹か!
確かに誰と一緒に寝るかは言ってなかったもんな!
純真な夫心を弄んで!
「……おやすみ」
『ねー、こっちにしようよー』
すっかり酔いの覚めた私は、なおも長根さんの部屋を勧める蓮梨を無視して、自室のベッドに潜り込んだ。
読了ありがとうございます。
同衾は二日目も無事回避。
同衾ネタはやり尽くした感があるからね。仕方ないね。
次話からいよいよ三日目。……三日目!?
細かいエピソードにこだわって進行が遅くなるのが僕の悪い癖。
七日目で完結の予定ですので、残り五日分のエピソード、お付き合いいただけましたらありがたいです。




