第十一話 守りたいもの
いや〜、不思議なんですよ〜。
私はね、最初短編ホラーの後書きに書いた小ネタを文章にしていただけなんですよ。
でもね、何かおかしいな〜、変だな〜って思って、確認してみたんですよ。
……そうしたら。
十 話 超 え て い た ん で す よ 。
どうか懲りずにお付き合いいただけましたら幸いです。
「今夜はご馳走です! 楽しみです!」
『そうだねー。私、食べられないのが残念だよー』
「……仏壇に上げたらどうなんだ?」
『! 味くらいは感じられるかも!』
「一緒に味わってもらえたら嬉しいです!」
『うん!』
買い物を終え、家に向かう足取りは軽い。
……追加で買った野菜で、手は少し重いが。
「八百屋さんも安くてありがたいですね!」
「えぇ。品も良いものが多いですし、重宝しているのですよ」
「へぇ……。陽善さんは何をよく作りますか?」
「大したものは作りませんよ。夏はカレー、冬は鍋といった感じの簡単料理で」
『ちょっと待って』
蓮梨が突然私の話を遮った。
何だ急に。
まさか私の料理がそれだけじゃないと主張する気か?
いや、確かに蓮梨が家にいる時には美味しくて負担にならないものを、とあれこれ作ってはいたが、それは今言わない方が良くないか?
『陽善さん、歌多さんに敬語なのおかしくない?』
「え?」
『何か二人に距離を感じるー。私に話すみたいにしようよー』
何だ、そっちか。
しかし会って二日目の女性に馴れ馴れしい話し方というのもいかがなものか。
「しかし蓮梨……」
『大作戦』
……わかった。わかってる。
長根さんに、我が家に慣れてもらい、安心の上で立ち直ってもらう計画。
そのためには敬語を外した方がいいのは確かだ。
本人が良ければ切り替えようか。
表情や態度にも注意して、と。
「……あの、長根さん。話し方ですが」
「あの、敬語なしで、お願いします……」
食い気味の返答。
これなら無理をして言ってるのではない、かな?
「わかり……、わかったよ。じゃあ」
「……あの、あと……、呼び方も、名前にしてください……」
『あ! それもそれも! 歌多さんって素敵な名前があるから、そっちで呼んであげて!』
待て待て! それは更にハードルが高い!
そういうのはもっと親しい関係になってから……。
って駄目だ! そんな事を言ったら、蓮梨にこれ幸いと攻め立てられる!
「わかった……」
「……」
『……』
「えっと……」
「……」
『……』
何だこの緊張感……。
「う、歌多、さん……」
「……はい!」
「こ、これからも、よろしく……」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
『ふぅー! いいねいいねたまりませんねー!」
やばい。思いの外恥ずかしい。
『さぁこの勢いで手をぎゅっと』
「早く帰りま……、帰ろう。夕食が、その、楽しみだから」
「はい」
『歌多さん! 陽善さんの腕にぎゅっと』
「荷物があるからな? 余計な事を吹き込むなよ?」
『はーい』
蓮梨は私を思う通りに動かしているつもりだろう。
だがこの程度なら、まだ心の揺れは少ない。
長根さんはあくまで同居人。
大丈夫だ。
『さ、お家に着いたから、今の調子で作戦決行!』
……そうだった。
だが、お帰り、なんて日常会話だ。
何ほどの事もない。
鍵を開けて先に玄関に入り、振り返る。
「……お帰り、歌多さん」
「ぴゃ!?」
長根さんは、目を丸くして小さく跳ねた。
そんなに驚くのか……。
「あ、あの、えっと、この度はありがたいお言葉をいただきまして、その……」
何か混乱してるし。
『歌多さん。ただいまって言えばいいんだよ』
「ふぇ!? でも、そんな……」
長根さんはもじもじしている。
きっとしばらく使ってない言葉なんだろうなぁ。
私もそうだけど、ここはもう一度。
「お帰り、歌多さん」
「……! た、ただいま、陽善さん……!」
満面の笑みに少し涙をにじませる長根さん。
まだ蓮梨の言う通りにする気にはなれない。
でもこの笑顔を大切にしたいと思った気持ちも、また真実だった。
読了ありがとうございます。
歌多が着実にヒロイン力を高めていってますね。
眼鏡型測定機が爆発するのも時間の問題です。
そんな歌多と蓮梨のコンビに陽善はいつまで耐えるのか。
まだこの作者の目をもってしても見通せぬのですが。
今後ともよろしくお願いいたします。




