表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

第十話 情熱的なアプローチ

全国の長根歌多ファンの皆様、お待たせしました。

大活躍のお時間です。


ここらで可愛がられるだけのヒロインじゃないってところを見せてやりたい。


どうぞお楽しみください。

『じゃあ夕ご飯は何にしようか? ウナギ? スッポン? マムシ?』

「どれも素人が手出しをするべきものじゃないな」


 私が長根ながねさんとの関係を前向きに受け入れたのを聞いてから、蓮梨はすなははしゃぎっぱなしだ。


歌多うたさんは何が食べたい?』

「えっと、私は……、特にありません。陽善はるよしさんの食べたいものを作ります!」


 何かある顔だったな、今のは。

 ちらっと蓮梨を見ると、蓮梨も頷いた。


『そう言えば陽善さんは、お肉好きだったよねー』

「あぁ。牛、豚、鷄、何でも好きだな」

『歌多さんはその中だったら何が好き?』


 さすがは蓮梨だ。

 一旦私に話を振り、選択肢を絞る事で答えを引き出しやすくしている。

 私の食べたいものを、と言った以上、私の好きなものの中から選ぶ事に抵抗も少ないだろう。


「……お、お肉……!」


 まさかの顔面蒼白。

 何かトラウマでもあるのだろうか。


『じゃあお魚だったらどうかな? 陽善さんはお刺身ならマグロ、焼き魚だったらサンマが好きよね?』

「あぁ。さっぱりした白身魚も好きだぞ」


 蓮梨も察したのか、すかさず話題を変える。

 私もそれに乗りつつ、選択肢を広げる。

 これなら肉ほどの抵抗はないだろう。


「お、お魚……!」


 今度は震え始めた。

 長根さんの地雷がよくわからない。


「す、すみません、高級食材はあまり扱った事がなくて……。あ、でも鷄肉なら半額の時に何度か買った事があります!」


 高級食材って……。

 歌多さんの借金返済生活が大変だったのは聞いてはいたが、まさかここまでとは。

 ちょっと泣きそうになる。


『今日はお肉にしよう、ね、陽善さん』

「そうだな」

『あそこのお肉屋さん、いいお肉買えるんだよね!』

「あぁ。店主のこだわりが感じられる、良い店だ」

「え、あ、あの……」

『大丈夫! 作り方がわからない時は、陽善さんも一緒に作るから!』

「えぇ、安心してください。私も自炊してましたから」

「……でも」


 長根さんの表情は晴れない。

 失敗への恐怖。

 私に手をかけさせる申し訳なさ。

 未知の食材に対する不安。

 様々な思いがあるのだろう。

 ならば。


「私が今日は肉の気分なんです。付き合ってもらえますか?」


 私のわがままに付き合わせる形を取ろう。

 長根さんの性格的に、これを断る事はないだろう。


『そうだよ! 一緒に食べたら美味しさは倍になるんだから!』

「……ありがとうございます!」


 頭を下げる長根さん。

 気遣いはバレたか。

 だがそれでもいい。

 彼女に新しい世界を見せてあげられる。


「では購入はお任せください!」

「購入? ……構いませんが」


 私が財布を預けると、長根さんは重々しく受け取った。

 まるで出陣前に刀を与えられた武士みたいだ。


「では、行ってきます!」


 財布を握りしめた長根さんは、肉屋に向かってゆっくりと歩みを進めていった。

 ……出陣かな。




「あの!」

「へい、いらっしゃい! おや別嬪さんだね! 何がほしいんだい? おじさんサービスしちゃうよ!」

「ご恩返しになるお肉料理を教えてください!」

「はぁ?」


 何だ何だ。

 店の横手から様子を伺おうとこっそり近寄ると、肉屋の店先にあるまじき気迫が、長根さんの横顔に宿っていた。


「一度は人生を捨てかけた私を救ってくれた人に、お料理で恩返しがしたいんです!」

「お、おう……」

「まだその方にお金を出していただく身なので、あまり高価なお肉は買えないのですが、それでも喜んでもらえる料理を教えてほしいんです!」

「……」

「お肉の料理はほとんどした事がありません! でも野菜や豆腐の料理はやってきたので、基本は大丈夫だと思います! なのでどうか!」


 買い物の雰囲気じゃない。

 弟子入りでもしそうな勢いだ。

 これには肉屋の店主もドン引きだろう。

 場合によってはフォローに入らなければ。


「……あんた、良い覚悟、持ってんな……!」


 肉屋の店主が涙をにじませながら、親指を立てていた。

 まさかのクリティカル。


「作りたいのは今日の夕食かい?」

「はい!」

「ならこいつだな」


 店主がカウンターの上に乗せたのは、美しい牛肉!

 赤いダイヤかと思うようなその光沢は、並の肉ではない事を如実に語っていた。


「こいつでローストビーフを作るんだ」

「ロースト、ビーフ……!」

「まずこいつに塩コショウをすり込む。そしたらいいか、冷蔵庫に入れずに一時間ほど置いておく」

「冷やしてはいけないのですね!」

「そうだ。そうしたらこの牛脂をフライパンに落として馴染ませ、肉を切らずに丸ごと入れる。火は中火だ」

「はい!」

「この大きさなら、片面四分ってとこか。焼いたらひっくり返してまた四分焼く。後は焼けてない側面を一分ずつ焼く」

「四分、四分、一分、一分……」


 メモか何か渡そうかと思ったが、鬼気迫る集中力に、口を挟む隙がない。


「そうしたらアルミホイルで二重に包み、さらにきれいな布巾で上から包む。余熱で火を緩やかに通すためだ」

「余熱で、成程……!」

「その間にフライパンに残った油に、醤油と酒を入れて軽く煮詰めればソースの完成だ」

「無駄がないですね!」

「おうよ! 肉汁は最高のソースになるからな! 好みでニンニクやショウガを入れてもいい。あっさりが好きなら、ソースを作らずワサビ醤油で食うのも良い」

「ありがとうございます! それで、これはおいくらですか……?」


 あの肉であの量なら、ざっと三千円くらいか……?


「お嬢ちゃん、その人からはいくら預かっているんだい?」

「お財布ごと、預けてくださいました……!」

「へぇ、男かい?」

「はい」

「いい男じゃねぇか」

「はい!」


 何だか私の株が上がってる……。


「ならお嬢ちゃんの言い値で売ってやるよ。いくらがいい?」

「五百円でお願いします!」


 おいおいおい!

 いくら何でも無茶だ。

 これはいくら何でも怒るぞあの店主。

 謝りに入らないと!


「売った!」

「ありがとうございます!」


 あれおかしいな。

 私の方が間違っているのかな?


「今回は特別だ! 次からはもうちょいもらうが、それでも精一杯サービスするからまた来てくれよ!」

「はい! ありがとうございます!」


 支払いを済ませ、意気揚々と駆け寄ってくる長根さん。


「買えました! ローストビーフに挑戦します!」

『買い物上手だね歌多さん! これはお嫁さんとしてもポイント高いねー!』

「……そうだな」


 買い物上手というレベルではない気がしたが、私はぐっと飲み込んで、絞り出すようにそう答えた。

読了ありがとうございます。


いや、違うんです。

最初は夜のお店の経験を生かした接客術で値引き無双をする予定だったんです。

でも歌多のキャラに合わなくて、結局素直で一生懸命で可愛いから、サービスしてもらえる展開になりました。


作者が物語の展開を自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね……(言い訳)。


どうか今後も見捨てずに、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 私が今日はお肉の気分なんです! え?え?ええ~~~~!! た、食べられちゃうお肉の気分? え?ええ???? 食べられちゃうんですか?(・∀・)ニャニャ
[一言] どう見てもコミュで無双できる系のキャラじゃないんですが・・・ わかっていただろうにのう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ