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第一話 幽霊な妻と自殺志願の女

夏のホラー2021に投稿しました「君が贈った『かくれんぼ』」

https://ncode.syosetu.com/n0783hc/

こちらの後書きでちょっと触れた、新たなホラーもといラブコメを書いてみました。


……短編に収まらないってどういう事なの……?

いつもの事ですね。仕方ない。


ホラー要素はスパイス程度。

またも甘々コメディーですので、どうかお楽しみください。

 ーー陽善はるよしさん……。


 ……蓮梨はすな……? よお、一年ぶりだな。


 ーー何でまだ独りなの?


 ……あ、いや、仕事とか色々忙しくてさ……。


 ーーうそ。同僚の人が合コンとか誘ってくれてるのに、断ってるじゃない。


 み、見てたのか。いや、その、まだお前以外を嫁にするって考えられなくて……。


 ーーそんな事言ってると、あっという間におじいさんよ? しょうがない。元妻の私が一肌脱ぎますか。


 おい待て、何をする気だ? おい、おい!




「蓮梨! ……あ?」


 跳ね起きると、見慣れた自室。

 蓮梨の姿はどこにもない。


「夢、か……」


 口に出してはみるが、どうにもただの夢とは思えない。

 妻である蓮梨は四年前に亡くなった。病死だった。

 子どもの頃から病弱で、二十歳を超えるのは難しいと言われていた。

 二十三まで生きられたのは、ひとえに蓮梨の頑張りだった。

 そして蓮梨は、三回忌を終えた去年のお盆、この家に戻って来た。

 私に再婚を勧めるために。


「まだ早いよなぁ……」


 私の幸せを、と願ってくれたのは純粋に嬉しい。

 だが、死んだからはい次、と切り替えられるものでもない。

 だが蓮梨は納得してくれないようだ。

 何をするつもりだろう。

 こうして毎日夢枕にでも立つ気だろうか。

 ……それならいいな。


「ふう……」


 とりあえずシャワーを浴び、朝食をとったが、気分は晴れない。

 どうもそんな可愛い訴えで済みそうにない気がしている。

 身体は弱いが意志は強く、決めた事はそうそう曲げなかった蓮梨。

 プロポーズも大変だった。

 余命を知っていた蓮梨は、「ハルちゃんの人生に私がバツを付けるわけにはいかない!」と大騒ぎ。

 まさか説得に半年かかるとは思わなかった。

 そんな蓮梨が「一肌脱ぐ」とまで言ったんだ。

 何もない訳がない。確信めいた予感があった。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムに、思わず身体が跳ねる。

 恐る恐るインターホンのカメラを覗く。

 ……知らない女性だ。スーツを着て、長い髪。

 セールスか何かか?


「……どなたですか?」

『えへへー、来ちゃった』


 顔をくしゃっとさせるこの笑い方!

 え、蓮梨……!?


「は、蓮梨か!?」

『すごーい! 一発でわかった!』


 喋り方や表情は蓮梨のそれだ。間違いない。

 でも顔も声も別人……。


「え、で、その人誰!?」

『あのね、この人自殺しようとしてたの。で、死ぬくらいなら身体貸してって言ったら、好きにしてって言ったから借りたの!』


 お前そんな傘借りるような感覚で、よその娘さんに何してくれてるんだ!


「と、とにかく上がれ! 今開ける!」


 玄関に走り、扉を開ける。


「や、ただいまー」

「……」


 怒りと喜びと、呆れと安心と、様々な感情が渦巻いてしばらく言葉が出なかった。




「で、どうする気だこの人」

「お嫁さんにしてあげてよ」

「無茶苦茶言うなお前」


 とりあえず座らせてお茶を出したが、何も考えがまとまらない。

 自殺? 身体を借りる? 結婚?

 とりあえず一つ一つ整理していこう。


「名前も何も知らない人と、結婚なんかできないだろう」

「名前は長根ながね歌多うたさん。二十四歳。ちょっとネガティブだけど、頑張り屋のいい子だよ」


 他人の身体で流暢に自己紹介してお前は……。

 しかし五つ下か。そんな若さで何で自殺なんて……。


「……何でこの人自殺しようとしてたのか知ってるのか?」

「うん。私が幽霊だからか、色々話してくれたよ」


 蓮梨が話した、長根さんの事情は壮絶なものだった。

 幼い頃から父親の暴力と浮気。

 耐えかねて彼女を連れて家を出た母親。

 女手一つで彼女を育てるも、彼女が高校生の時に病死。

 周りの強い勧めで高校は何とか卒業し、就職するも、これまで生活のために重ねた借金は大きく膨れ上がっていた。

 普通では返しきれない借金の額に、やむなく夜の街でも働く二重生活。

 何とか借金を返し終え、夜の仕事を辞めようとしたら、もっと深い仕事をさせようとする連中が、昼の仕事にバラし解雇。

 生きる希望もしがらみもなくなったから死のうとした、との事。


「……陽善さん、泣いてるの?」

「……泣かないでいられるかよこんな話……」

「やっぱり優しいなハルちゃ、陽善さんは」


 懐かしい呼び名を言い直す蓮梨。

 その一瞬見せた寂しそうな表情は否定しなければならない。


「……言っておくけど、お前と結婚したのは優しさとかじゃないからな」

「わかってるよ。それでも自分の旦那様が人のために泣ける人だっていうのは、元妻として嬉しいもんよ」

「……元をつけるな」

「ふふっ、嬉しい」


 さて事情はわかったがどうしたものか。

 長根さんはこのままにしておけば自殺してしまう。

 たとえ思い止まったとしても、職を失った身だ。

 放り出す気にはなれない。

 本人の意思を聞いて、せめて仕事の世話くらいはしてあげたい。


「蓮梨、長根さんの意識はあるのか?」

「うん。代わる?」


 軽いな。電話か。


「頼む」

「わかった」


 長根さんの身体から蓮梨が抜け、横に立つ。

 かくっと一瞬頭が落ちた長根さんが、顔を上げ、私と周りを見回す。


「……長根、歌多さん、ですか?」

「は、はい、あの、ここは……? あなたは……?」

「私は、その、あなたに取り憑いてた幽霊の夫でして、羽枝田はねえだ陽善と申します」

「あ、あの、幽霊さんの……」

『隣にいるよー』

「ど、どうも……」

「妻がご迷惑をおかけしています」

「いえ、その、私どうせ死、あ……」


 口を押さえる長根さん。

 どうせ死のうとしてたから構わない、なんて言えないよな。


「……事情は伺いました。差し出がましいのですが、新たなお仕事が見つかるまで、この家で家事の手伝いを仕事としてやってもらえませんか? 少ないですがお給料もお支払いしますので」

「あの、でも、そんな……、ご迷惑ですし……」

『大丈夫! 私の死亡保険でお金結構余裕あるから! ね!』


 気まずくなるような事言うんじゃない!


「えっと、あの、ご、ご愁傷様です……」


 ほら! めちゃくちゃ気を遣っていらっしゃるじゃないか!


「でも、私なんかがお役に立てるとは……。お家もとても綺麗に片付いていますし……」

『そうでしょ? この人結構キレイ好きでね? 私が具合悪くてできない時は、パパパーってやっちゃうの! 料理も上手で家事全般』

「今はお盆休みなのでたまたまですよ」


 雇う名目がなくなるからちょっと黙ってなさい。


「……それにあの、奥様がいるなら、むしろお邪魔では……」

「……妻は賑やかなのが好きなので、あなたにいてもらえたら助かるんですよ」

『こうやっていつも私の事ばっかり! さっさと吹っ切って、新しい人見つけてほしいのに全然なのよー。でも結婚したら浮気はまずしない優良物件だよ?』


 私を売り込むな。腕利きの不動産業者か。

 蓮梨と会話ができる事自体は嬉しいが、その方向が私の再婚だというのが複雑な気分にさせる。


「……あの、でしたら、少しの間、お世話になります」

「よろしくお願いします」

『少しと言わずいつまででもー。じゃあ歌多さん、私の部屋使ってね』


 はい?


「おい待て。ここに住まわせるのか?」

『だって歌多さん、死ぬつもりだったから部屋も解約しちゃってるし、荷物も処分済みだもんね?』

「あ、は、はい……。お恥ずかしながら、この身一つで……」


 ……これは断れない……。


『服は私ので良いのあったら使っていいからー。下着は買ってね。上は私の絶対入らないし。ね? 陽善さん?』

「……」


 同意を求めるな!

 女性の下着事情なんか知るか!

 ……確かに蓮梨より遥かに大きいけど……。


『あ、意識した? 男の人っておっぱい好きだもんねー』

「……馬鹿な事言うな」

「……あ、あの、私なんかでお役に立てるなら、えっと、その、そういう事も……」

「長根さんも乗らなくていいですから」


 こうして妻の余計な気遣いのせいで、奇妙な同居生活が始まる事になった。

 だがお盆が終われば蓮梨はあの世に帰るはず。

 そうしたら長根さんに家と仕事を見つけて、それで終わりだ。

 ……終わるよな?

読了ありがとうございます。


前作の切なげなテイストはどこへやら。

吹っ切れてます。特に蓮梨が。


ちなみに相関関係はこんな感じ。

陽善……蓮梨以外を嫁にする気はない

蓮梨……陽善と歌多をくっつけたい

歌多……どうせ死ぬなら誰かの役に立ちたい


つまり歌多がどちらに着くかで戦局は大きく変わります。

関ヶ原の小早川の如し。


死別と再婚という重いテーマですが、楽しく紡げるよう頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか本当に嫁さんを連れてくるとは! この元妻の幽霊強引すぎー! 生前に浮気してたら怨霊になってたこと間違いなしでは。 それにしても死んでも気にしてくれているなんて良い奥さんだ。
2021/08/08 14:20 退会済み
管理
[一言] 「私の死亡保険でお金結構余裕あるから!」 生臭幽霊
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