第一話 幽霊な妻と自殺志願の女
夏のホラー2021に投稿しました「君が贈った『かくれんぼ』」
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こちらの後書きでちょっと触れた、新たなホラーもといラブコメを書いてみました。
……短編に収まらないってどういう事なの……?
いつもの事ですね。仕方ない。
ホラー要素はスパイス程度。
またも甘々コメディーですので、どうかお楽しみください。
ーー陽善さん……。
……蓮梨……? よお、一年ぶりだな。
ーー何でまだ独りなの?
……あ、いや、仕事とか色々忙しくてさ……。
ーーうそ。同僚の人が合コンとか誘ってくれてるのに、断ってるじゃない。
み、見てたのか。いや、その、まだお前以外を嫁にするって考えられなくて……。
ーーそんな事言ってると、あっという間におじいさんよ? しょうがない。元妻の私が一肌脱ぎますか。
おい待て、何をする気だ? おい、おい!
「蓮梨! ……あ?」
跳ね起きると、見慣れた自室。
蓮梨の姿はどこにもない。
「夢、か……」
口に出してはみるが、どうにもただの夢とは思えない。
妻である蓮梨は四年前に亡くなった。病死だった。
子どもの頃から病弱で、二十歳を超えるのは難しいと言われていた。
二十三まで生きられたのは、ひとえに蓮梨の頑張りだった。
そして蓮梨は、三回忌を終えた去年のお盆、この家に戻って来た。
私に再婚を勧めるために。
「まだ早いよなぁ……」
私の幸せを、と願ってくれたのは純粋に嬉しい。
だが、死んだからはい次、と切り替えられるものでもない。
だが蓮梨は納得してくれないようだ。
何をするつもりだろう。
こうして毎日夢枕にでも立つ気だろうか。
……それならいいな。
「ふう……」
とりあえずシャワーを浴び、朝食をとったが、気分は晴れない。
どうもそんな可愛い訴えで済みそうにない気がしている。
身体は弱いが意志は強く、決めた事はそうそう曲げなかった蓮梨。
プロポーズも大変だった。
余命を知っていた蓮梨は、「ハルちゃんの人生に私がバツを付けるわけにはいかない!」と大騒ぎ。
まさか説得に半年かかるとは思わなかった。
そんな蓮梨が「一肌脱ぐ」とまで言ったんだ。
何もない訳がない。確信めいた予感があった。
ピンポーン。
玄関のチャイムに、思わず身体が跳ねる。
恐る恐るインターホンのカメラを覗く。
……知らない女性だ。スーツを着て、長い髪。
セールスか何かか?
「……どなたですか?」
『えへへー、来ちゃった』
顔をくしゃっとさせるこの笑い方!
え、蓮梨……!?
「は、蓮梨か!?」
『すごーい! 一発でわかった!』
喋り方や表情は蓮梨のそれだ。間違いない。
でも顔も声も別人……。
「え、で、その人誰!?」
『あのね、この人自殺しようとしてたの。で、死ぬくらいなら身体貸してって言ったら、好きにしてって言ったから借りたの!』
お前そんな傘借りるような感覚で、よその娘さんに何してくれてるんだ!
「と、とにかく上がれ! 今開ける!」
玄関に走り、扉を開ける。
「や、ただいまー」
「……」
怒りと喜びと、呆れと安心と、様々な感情が渦巻いてしばらく言葉が出なかった。
「で、どうする気だこの人」
「お嫁さんにしてあげてよ」
「無茶苦茶言うなお前」
とりあえず座らせてお茶を出したが、何も考えがまとまらない。
自殺? 身体を借りる? 結婚?
とりあえず一つ一つ整理していこう。
「名前も何も知らない人と、結婚なんかできないだろう」
「名前は長根歌多さん。二十四歳。ちょっとネガティブだけど、頑張り屋のいい子だよ」
他人の身体で流暢に自己紹介してお前は……。
しかし五つ下か。そんな若さで何で自殺なんて……。
「……何でこの人自殺しようとしてたのか知ってるのか?」
「うん。私が幽霊だからか、色々話してくれたよ」
蓮梨が話した、長根さんの事情は壮絶なものだった。
幼い頃から父親の暴力と浮気。
耐えかねて彼女を連れて家を出た母親。
女手一つで彼女を育てるも、彼女が高校生の時に病死。
周りの強い勧めで高校は何とか卒業し、就職するも、これまで生活のために重ねた借金は大きく膨れ上がっていた。
普通では返しきれない借金の額に、やむなく夜の街でも働く二重生活。
何とか借金を返し終え、夜の仕事を辞めようとしたら、もっと深い仕事をさせようとする連中が、昼の仕事にバラし解雇。
生きる希望もしがらみもなくなったから死のうとした、との事。
「……陽善さん、泣いてるの?」
「……泣かないでいられるかよこんな話……」
「やっぱり優しいなハルちゃ、陽善さんは」
懐かしい呼び名を言い直す蓮梨。
その一瞬見せた寂しそうな表情は否定しなければならない。
「……言っておくけど、お前と結婚したのは優しさとかじゃないからな」
「わかってるよ。それでも自分の旦那様が人のために泣ける人だっていうのは、元妻として嬉しいもんよ」
「……元をつけるな」
「ふふっ、嬉しい」
さて事情はわかったがどうしたものか。
長根さんはこのままにしておけば自殺してしまう。
たとえ思い止まったとしても、職を失った身だ。
放り出す気にはなれない。
本人の意思を聞いて、せめて仕事の世話くらいはしてあげたい。
「蓮梨、長根さんの意識はあるのか?」
「うん。代わる?」
軽いな。電話か。
「頼む」
「わかった」
長根さんの身体から蓮梨が抜け、横に立つ。
かくっと一瞬頭が落ちた長根さんが、顔を上げ、私と周りを見回す。
「……長根、歌多さん、ですか?」
「は、はい、あの、ここは……? あなたは……?」
「私は、その、あなたに取り憑いてた幽霊の夫でして、羽枝田陽善と申します」
「あ、あの、幽霊さんの……」
『隣にいるよー』
「ど、どうも……」
「妻がご迷惑をおかけしています」
「いえ、その、私どうせ死、あ……」
口を押さえる長根さん。
どうせ死のうとしてたから構わない、なんて言えないよな。
「……事情は伺いました。差し出がましいのですが、新たなお仕事が見つかるまで、この家で家事の手伝いを仕事としてやってもらえませんか? 少ないですがお給料もお支払いしますので」
「あの、でも、そんな……、ご迷惑ですし……」
『大丈夫! 私の死亡保険でお金結構余裕あるから! ね!』
気まずくなるような事言うんじゃない!
「えっと、あの、ご、ご愁傷様です……」
ほら! めちゃくちゃ気を遣っていらっしゃるじゃないか!
「でも、私なんかがお役に立てるとは……。お家もとても綺麗に片付いていますし……」
『そうでしょ? この人結構キレイ好きでね? 私が具合悪くてできない時は、パパパーってやっちゃうの! 料理も上手で家事全般』
「今はお盆休みなのでたまたまですよ」
雇う名目がなくなるからちょっと黙ってなさい。
「……それにあの、奥様がいるなら、むしろお邪魔では……」
「……妻は賑やかなのが好きなので、あなたにいてもらえたら助かるんですよ」
『こうやっていつも私の事ばっかり! さっさと吹っ切って、新しい人見つけてほしいのに全然なのよー。でも結婚したら浮気はまずしない優良物件だよ?』
私を売り込むな。腕利きの不動産業者か。
蓮梨と会話ができる事自体は嬉しいが、その方向が私の再婚だというのが複雑な気分にさせる。
「……あの、でしたら、少しの間、お世話になります」
「よろしくお願いします」
『少しと言わずいつまででもー。じゃあ歌多さん、私の部屋使ってね』
はい?
「おい待て。ここに住まわせるのか?」
『だって歌多さん、死ぬつもりだったから部屋も解約しちゃってるし、荷物も処分済みだもんね?』
「あ、は、はい……。お恥ずかしながら、この身一つで……」
……これは断れない……。
『服は私ので良いのあったら使っていいからー。下着は買ってね。上は私の絶対入らないし。ね? 陽善さん?』
「……」
同意を求めるな!
女性の下着事情なんか知るか!
……確かに蓮梨より遥かに大きいけど……。
『あ、意識した? 男の人っておっぱい好きだもんねー』
「……馬鹿な事言うな」
「……あ、あの、私なんかでお役に立てるなら、えっと、その、そういう事も……」
「長根さんも乗らなくていいですから」
こうして妻の余計な気遣いのせいで、奇妙な同居生活が始まる事になった。
だがお盆が終われば蓮梨はあの世に帰るはず。
そうしたら長根さんに家と仕事を見つけて、それで終わりだ。
……終わるよな?
読了ありがとうございます。
前作の切なげなテイストはどこへやら。
吹っ切れてます。特に蓮梨が。
ちなみに相関関係はこんな感じ。
陽善……蓮梨以外を嫁にする気はない
蓮梨……陽善と歌多をくっつけたい
歌多……どうせ死ぬなら誰かの役に立ちたい
つまり歌多がどちらに着くかで戦局は大きく変わります。
関ヶ原の小早川の如し。
死別と再婚という重いテーマですが、楽しく紡げるよう頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。