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第三話:攻撃前夜

Ⅱは今回で完了となります。

 レッドが店に戻ってきたのは夜の10時を過ぎた頃だった。


 「お疲れ様、何か収穫は有った?」


 いつもの様に確認されたシベリアは、確認したての大発見を報告する。


 「オーパーツどうしの融合に成功しました。やはり、オーパーツは組み合わせて何かに成る物だったのです。」


 店で仕入れたオーパーツ達は、念のため全てくっつけて見ているのだが、色も形も千差万別のそれらの中で、本日入荷した物が初めて他のオーパーツと融合したのである。


 出来た物をナターシャが鑑定すると、それは設計図と表示された。


 「何の設計図?」


 期待を込めた目でレッドが尋ねたが、答えを聞いた途端興味を失った。


 「なんと飛空艇だったんですよ!あれ?レッドさん、何ですかその反応?飛空艇ですよ、ロマンじゃ無いですか?!」


 シベリアが熱弁を始める前にログアウトしたレッドこと茜は、取り合えずその事をツカサに報告した。もしかすると、鍵に結び付くアイテムがこれから出て来るかも知れないと言う事で、レッドの潜入は未だ続きそうであった。


 ◇ □


 翌日から太守バンはちょくちょく「オーパーツ」に顔を出す様になった。


 「いや、彼女がA/Aの街を見たいっていうから...」


 そう口ごもる太守に、シベリアはハタと思い出した様に訪ねた。


 「そういえば、太守さんの彼女さんって以前自慢されていた失踪中の奥さんとは別の人なんですか?」


 バンは返答に窮した。


 素直に同一人物だと白状できればスッキリするのだが、茜は鍵を盗んだかどでキーパー達のお尋ね者である。


 「い...いや...実は別人なんだ。もっ勿論何れも甲乙つけづらい。イタッ!ちょっと蹴らないで。今が一番です。もうダントツで!痛いっ!如何いえば良いんだよ!」


 傍から見るとひとりノリ突っ込みであるが、太守は真剣な表情で「痛い」と「最高です!」を繰り返すと落ちて行った。


 「何だか、大変そうなカップルですね...」


 ナターシャがそう呟いた。


 ◇ □

 

 「茜さん!今日も彼氏と待ち合わせですか?途中までで良いので一緒に帰りませんか?彼氏の事もっと教えてください。」


 こりない英淳は今日も放課後の正門で茜を待っていた。この所いつもである。


 「もう教えれる事なんて残ってないわよ?まだ知り合って数か月だし、付き合い始めたのはつい最近だから。」


 茜が呆れた様に言うと、英淳は言質を取ったかのように自信満々で切り返した。


 「じゃあ、何時から友達が好きな人に変わったのか教えて下さい。」


 (ほんっとに変な男。)


 しかし英淳が勝手に付いて来るので、ファミレスの手前まで来たら中を覗かずに帰る事と約束させて一緒に歩き始めた。


 (そう言えば、何時から好きになったんだっけ?)


 茜にはそれが思い出せなかった。衝動的に舞い降りてきた感情だったからなのだが、茜に取ってそんな事は大した問題ではなかったので、直ぐにその疑問も消え去った。


 「何時から好きになったか?だったけ、忘れたわ。気が付いたら好きになっていた感じじゃ無いの?」


 それを、英淳は違った方に解釈する。


 (気が付いたら好きになっていた...は有りっと。)


 そして他愛の無い質問が続き、何時ものファミレスに近づいた時、密林で虎の匂いを察知したクロヒョウの様な俊敏さで、茜の産毛が逆立った。


 突然走り出した茜を思わず追った英淳は、一人の学生が道端で見知らぬ女生徒と一生懸命散らかった荷物を拾っている姿を目にする。


 女生徒の自転車が脇に止めて有り、地面に転がった手提げかばんの口が大きく空いている。どうやら察する所、自転車の前かごに手提げかばんを入れた女生徒がぶつかるか等で鞄の中身をぶちまけた様子だった。


 荷物を拾い終わった女生徒は頭を下げながら去っていったが、英淳が驚いたのは振り向いた男子学生の顔面に茜の見事な右ストレートが突き刺さった事である。


 「何で他の女の事見てたのよ。刺すわよ?」


 痛そうに鼻柱を抑えるその学生は、しかし怒りもせず、宥める様に茜の髪の毛を優しく撫でた。


 「あんっ、何よ!もう~そんな事くらいで誤魔化されるとでも...」


 「茜が一番だから。悪かったから今日はパフェを奢るよ。」


 一番に対してなのか、パフェに対してなのか、英淳にはどちらで茜の機嫌が直ったのかは判別できなかったが、ころりと大人しい美少女に戻った茜は学生の腕を取ると嬉しそうにファミレスに入っていった。


 最後まで見ていた英淳は、ファミレスの呼び鈴がチリンリリンと鳴る音を聞きながら、首をひねっていた。


 「どっかで聞いた事があるんだよなあ...」


 ◇ □


 家に戻った英淳はさっそくA/Aの世界にログインした。


 最近始めたオーパーツの研究が面白くて熱中しているが、基本的に売りに来る客が居ない時間は暇なので、店員であり鑑定士でもある「ナターシャ」さんと駄弁っている。


 「実は、今日学校で気になる娘が彼氏と待ち合わせする現場に居合わせたんだけどね...」


 シベリアがそう切り出すと、ナターシャは率直に身を引きながら「店長、それは引きますね...」と言った。


 「いや、違う違う。こっそり後を付けたとかじゃなくて、ちゃんと断って待ち合わせ場所の手前までって約束で話しをしながら帰っていたら、偶々外で彼氏さんが他の女生徒とぶつかったみたいで、地面に散らかった鞄の中身を一緒に拾ってあげて居たんだよね。」


 「へえ~。彼氏、いい人っぽいですね。」


 「そしたら、その、実名は拙いから仮にAさんとすると、Aさんが彼氏に歩みよって行き成り顔面にパンチしたんだ。グーパンチだよ?信じられる?」


 「へえ~。空手部か何かですか?店長の好きな人って。」


 「違う違う。華奢で多分ラーメンのどんぶりとかも両手で持たないとこぼしちゃうくらい腕が細くて、腰も折れそうなくらい細くて、顔が又小顔で超可愛くて...」


 「ハイハイハイ。彼氏持ちの同級生を誉めるとかキモすぎてドン引きです。..でもそのAさんって娘、なんだか表裏が激しそうな印象ですね?もしその人がフリーだったとしても、付き合わない方が良さそうだと思いますけど。」


 ナターシャの正論にシベリアは口を閉ざしてしまったが、彼が言いたかったのは茜の奇行に関してではなかったのだ。


 (はあ~。俺もあんなに激しく愛されて見たい...)


 そんな理解しがたい妄想に取りつかれたシベリアの元に、今日も太守が”痛い!”,”最高です!”,”愛してます!”と痛~い独り言を呟きながらやって来た。


 「やあ、シベリアさん。今日も順調ですか?何か新しい発見はありましたか?」


 「お疲れ様です、太守さん。昨日発見した飛空艇の図面ですが、第23星系のボウフラって太守さんに高額で買い取って頂けることに成りました。儲かったお金の半分は太守さんにお返しして、残った資金で研究を続けようと思います。」


 「そうですか、えっ?言うの?今?えーと、融合品が出たら一応一番に連絡して頂けると助かるのですが、ええ、若しかするとこの星で買い取りたい物があるかも知れませんので...どんな?いえ、具体的にこうっていうのは未だ無いので、とにかく最初に連絡を頂けると助かります。」


 どことなくギコチない太守は今日もデート中なのであろう。


 「分かりました。新たな融合品が出たらいの一番に相談させて頂きます。所で..その、彼女さんの居ない所で二人っきりでお話しする事って出来ませんか?」


 「えっ?痛っ。あー、じゃない彼女が寂しがるのでちょっと...あっ?トイレ行って来る?うんうん、行っておいで。じゃあ、そっちの端っこの方で話しますか?」


 そこに振って湧いた様に普段殆ど店に顔を出さないレッドが現れた。


 「あれ?レッドさん、ちょっと太守さんとお話があるので...って付いて来るんですか?」


 レッドが当然の事の様に二人についてくるので、シベリアが動揺するとレッドは珍しく男言葉でぶっきら棒に言った。


 「何か聞かれて拙い事でも?」


 そういう訳ではないのですが、他愛の無い話ですよ?と前置きをしてシベリアはバンに話し始た。


 「あのー、実は太守さんの彼女さんと僕の好きな人がタイプ的に似てるみたいで、それで如何やって今の彼女さんを攻略したのか教えて頂けないかと思いまして...」


 バンは気の抜けた様に「はあ...」と答えるのが精いっぱいであった。


 「何か猛烈なアピールとかしたんですか?」


 「した...試しが無い...」


 「いつも殴られている見たいですけど、腹が立ったりしないですか?」


 レッドの右眉が少し上がった。


 「いや...痛いけど大怪我した事はないから。それよりも、シベリアさん。貴方こそ何でそんな狂暴そうな女子の事を好きになったんです?」


 レッドの左眉が少し上がったので表情のバランスが均衡した。


 「分かりません!何故か彼女の事が目に飛び込んで来るんです。学校では彼女完璧な淑女何ですけど何か秘密めいた物を感じて、手紙を出して話して見たら印象が全然違って...もう目が離せないというか、ああ、茜さん!何故貴方は茜さんなんだ!」


 興奮したシベリアが目を瞑って茜の名前を大声で連呼した。


 しかし彼が目を開けた時には太守は疎か、レッドの姿すらなく


 「二人とも呆れて落ちちゃいましたよ?店長今日はちょっとおかしいからお店は早じまいしましょうね?」


 とシャッターを下すナターシャの姿があった。


 ◇ □


 一方ファミレスでは、トイレから戻った茜に対してバンが居住まいを正していた。


 「茜、念のために聞くけど学校で誰かに言い寄られたりしてない?A/Aの知り合いにちょっと危なさそうな人が居て、まさかとは思うんだけど心配になってきた。」


 茜はかわい子ぶって小さく舌を出すと、頭を摺り寄せながらとぼける。


 「皆から好かれているからよく分かんなーい。なでなでしてくれたら何か思い出すかも?」


 先ほどパフェを平らげたばかりなので、これ以上食べ物で釣る訳にもいかず、バンは何時ものように茜の髪を優しく撫で始めた。


 「うーん、眠くなっちゃう。そう言えばさっき知らない子に鞄拾って上げた時にうっかり指が触ったとか無いよね?」


 「無いけど...どうして?」


 「触ってたら切り取ってあげたいけど、手が無いと撫でて貰えないからどうしようって悩んでただけ。」


 グーパンチはあっても、実際に刃物を持ち出された事はないので、冗談だろうといは思いつつもぞっとするバンであった。一方、とぼけながら茜も思考を回転させていた。


 先ほど迄の会話で十中八九、シベリア=極東で間違いなさそうである。問題は、それをバンに打ち明けた時、回り回って茜の所在がキーパー達にバレるかという事であった。いくらバンが今の彼女はA/Aのキャラクターであるアカネとは別人だと言い張っても、名前が同じなので疑われる可能性が高かった。


 一方、このままシベリアとバンが情報交換しないよう監視し続けるのも難しい。放課後は良いがそれ以外の時間帯がザルである。


 考えた結果、茜はバンに極東の事を話す事にした。勿論、レッドというキャラクターの事は伏せての事である。


 「なんかね~、クラスは違うんだけど良く話しかけてくる男の子がいてね。極東きょくとう君っていうんだけど、私の事好きみたい。勿論、彼氏がいるからって言ったんだけど、友達でいいからってしつこいのよね?その子がモスクワだかシベリアだがっていうキャラネームでA/Aやってるって言ってたかも?」


 半分は嘘である。英淳えいじゅんは茜にA/A内での自キャラ名を一言もしゃべっていない。


 一応語尾を疑問形にしたので、茜の中では嘘を付いて居る事になっていないのだが、それを聞いたバンは当然の様に鵜呑みにする。


 「どうする?俺から茜に近づくなと言おうか?」


 どうやら焼餅をやいているようである。


 初めて見せるバンの意外な一面に茜は状況を楽しんだ。


 「大丈夫、大丈夫。」


 だが、間の悪い事が続く。


 バンの母親が仕事中に足を捻って転倒したのである。その際に脇腹を殴打し、検査の結果肋骨に異常が見つかったのだが、そこはギブスなどで固定できる場所では無いため、しばらく自宅療養する事になった。


 さすがのバンも暫く茜に会う事を諦め、放課後は自宅に直行すると母親の世話をする生活を始めたのであるが、彼は茜に会えない事に非常に強いストレスを感じる様になっていた。


 まず異常に気が付いたのは、当然毎日の様に電話をしている茜である。


 茜に捨てられた夢を見たと言いだしたバンの事を、最初は可愛らしいことを言うと思ってあしらっていたが、茜が一番会いたいのを我慢しているにも関わらず、会えない寂しさを電話口で漏らす様になると、段々鬱陶しく感じる様にさえなって来た。


 不思議な事に、あれ程一方的に愛した茜も、自分が一方的に追いかけられる立場に成って見ると急に愛が覚めだしたのだ。


 直ぐに電話の時間も減り、ある日茜は何時もの様に放課後に校門で待つ英淳えいじゅんの誘いに乗って、二人きりで映画を見に出かけてしまった。


 基本的に対人スキルの低いバンと違い、或る種普通な英淳に茜は自分の将来の選択肢が一つではないという当然の事に今更気づいてしまう。


 そして最近少し重たく感じ始めていた少々風変わりな彼氏と久しぶりに再会したその時、バンが再び”自分が茜に捨てられる”という不安を口にした時から、彼女の中で何かが変化した。もう、心臓を上げたい程愛おしいとは二度と思えないだろう。そう茜は確信した。


 数日後、茜から一通の手紙が届いた。


 恐る恐るそれを開けると、バンの目には夢にまで見てうなされたあの5文字が飛び込んで来た。


 『別れましょう。』


 ◇ □


 真浄寺しんじょうじ あいは学校の帰り道にある喫茶店の前を自転車で通り過ぎた。


 そこで久しぶりに幼馴染の番屋ばんや だい、通称バンを見かけた。


 其処には愛の先輩で美術部の部長だった沢渡が長い黒髪をかき上げながら真剣な顔で話しをしている。確か沢渡は東京の大学に行ったはずだがこんな時期に帰省していたのか?テーブルには二人きりである。当然気にはなったが、愛は立ち止まらなかった。茜と付き合いだしたバンはもう嘗ての仲の良い幼馴染ではないのだ。


 ラブの自転車が通り過ぎた頃、テーブルで両手を堅く握りながら、バンは沢渡に全てをぶちまけて居た。


 「先輩、俺振られちゃいました。なんかそんな予感はしたんですけど...こないだまでフルカラーの世界にいたのに今は白黒しかない世界に落っこちたみたいで、一人でいると、このままずっと一人でいるなんて考えただけで怖いんです。」


 沢渡は可哀そうな捨て犬を見るような目で後輩を見つめていた。


 「私は、あの子とバン君は合わないと思うわ。恋人選びって洋服を選ぶのとは違って、結局自分と同じレベルの相手しか残らないと思うの。例外はレベルが高い方の人が常に与える事で喜びを感じる様な、いわば徳の高い人間だった場合かしら?」


 沢渡はバンの仕草から言葉が心にまで届いていないと判断したのか、ため息を一つ付くと話題を変えた。


 「うーんとね、昔飼っていた犬が死んで泣いて居たら偶々家に来ていた親戚の叔父さんが、その人大学で仏教を教えている学者さんなんだけど、こう言ったの。

 昔、お釈迦様の所に子供を病で無くして悲しみの余り気の触れてしまった女の人が来たんだって、その人が死んでしまった子供を抱えて”この子を生き返らせて下さい!”って頼む物だから、お釈迦さんは”いいでしょう、それではケシの実を貰って来てください。但し、家族の誰も死んだ事の無い家から貰ったケシの実でなければ効果がありません”って言ったらしいのね。それでその女の人は大喜びで家々を回ってケシの実を貰っただけど、何処の家に行っても家族の誰かを亡くした事があって、お釈迦さんのいうような条件でケシの実を貰う事ができなかったの。」


 バンは焦点の定まらない目で、それでも内容を理解したらしく寂しそうに呟いた。


 「その女の人は自分だけが苦しんでいるんじゃ無いって気が付いて救われたんですか?言われてみれば、確かに付き合った、別れたなんて星の数ほどの事で、世の中にはもっと深い悲しみも沢山あるんでしょうね。でもだからって、今の俺には茜と離れるなんて耐えきれません。太陽を知らない地底人が一度太陽の温かみを知ってしまったらもう其れ無しでは生きられないと思うのと一緒です。心には無くなった太陽と同じだけ大きな真っ暗な穴が開いていて、それと一緒にずっと生きて行くなんて到底出来そうに無いんです。」


 沢渡は困った様に微笑むと、バンの手を握った。


 「困った後輩ね。貴方はもっと強い人かと思っていたけど、今の貴方は子供みたいだわ。仕方がないから少しだけ慰めてあげる。手を握っていてあげるから泣いても良いわよ。」


 その日の夜の事、沢渡から電話を貰ったラブは戸惑いながらもA/Aにログインし、久方ぶりに太守の屋敷を訪ねた。


 そこで執事のネイサンの煎れた紅茶を飲みながら、始終無口にバンに対して一つの提案をした。


 「ねえ、明日買い物に付き合って欲しいんだけど...。」


 ◇ □


 翌日、学校から帰った愛は平日には珍しくおめかしすると自転車に跨り出かけていった。


 普段は忙しくて休日ですら家に居たためしの無い父親の真浄寺しんじょうじ鉄人てつひとが、偶然それを見咎めて母親である真美を叱責する。


 「おい、愛は何処へ行った?何、知らんだと?携帯の追跡機能があるだろう、何ィ~切っているだと、それじゃイザという時に役に立たんじゃ無いか、今すぐ電話してONにさせろ!」


 昔はこの高圧的な態度に我慢の限界を感じて何度も喧嘩したり、しばらく愛を連れて別居したりもしたのだが、慣れてしまったのか右から左に聞き流した愛の母親は、それでも愛に電話すると位置情報発信機能をONするように諭した。


 「う~ん、映画館に入るからどうせ電源切っちゃうんだけど~。」


 そう言いながら、しぶしぶ機能をONする事を約束した愛。


 「だそうですよ、貴方。ちょっと、上着何て持ち出して、まさかもう直ぐ17になる娘のデートに口出しする積もりですか?!」


 鉄人てつひとは異常な程に娘に愛着をしめす父親だった。


 それは、愛が幼き頃に別居中の真美を訪ねて来た父親にたいして「バンが私の彼氏なの」と子供次代特有の笑い話のような話を持ち掛けた所、突然5歳の番屋少年の胸倉を掴んで「俺が認める男にしか娘はやらん!お前みたいな子供は論外だ!」とすごい剣幕で起こった経緯からも察する事が出来る。


 真美の制止も聞かずに車に飛び乗った鉄人は、愛が居るであろう映画館目指してアクセルを踏み込んだ。そして携帯の位置情報受信機能をクリックすると何も点滅しない地図を睨みながら、映画館のロビーの長椅子にどっかと腰を落ち着かせた。


 2時間後、上映室が連なる通路から出て来た愛が携帯の電源をいれるとロビーで一人の男が立ち上がった。


 「なあ、ラブ。買い物に付き合うんじゃ無かったのか?」


 バンは籠に残ったポップコーンの残骸を口に放り込みながら訪ねた。その目には力が無く、覇気も感じられないが、昨日沢渡に泣きついていた時と比べると随分マシに見える。実は映画が始まる前にラブは沢渡から聞いたとバンと茜の破局を自分が知っている事を伝えたのだ。それを聞いたバンは、彼女が自分を慰めようと誘ってくれたことに気が付き心の中で感謝していた。


 「この後、映画のポスターを買うの。どうせなら見た奴を買いたいじゃない。だからよ。」


 その時、一人の男がバンの胸倉を掴んだ。


 力無く振り回されるバンはその壮年の男の顔に見覚えがあったが、直ぐには思い出せなかった。


 「パッ、パパ!」


 砂漠でペンギン行進を見た様な信じられない顔つきでラブが口を両手で覆うと、パパと呼ばれた狂人は、焦点定まらぬ屍の様な男子高校生に対して駄目だしをした。


 「貴様!なんて負け犬面なんだ。お前みたいなのが、大事な娘に何を与えてくれる?いいや、お前みたいなのは愛から奪うばかりで何も与える力も能力も持ってはいまい。立ち去れ!二度と愛の前に現れるな!」


 これに激怒したラブがバンの手を強引に引いて人込みに駆け込んだが、どうにもバンの様子がおかしい。


 ラブの父親が娘の事となると少し入れ込み過ぎておかしくなるというのは昔からで、バンも普段からその事を冗談にしてラブを揶揄うほどなのに、若しや父親の言葉を真に受けてしまったのか?


 掛かって来た携帯電話の電源を切って、二人で走って父親を撒いた後、おそるおそるバンの顔を覗き込んだラブに青い顔のバンは言った。


 「親父さんの言う通りだ...俺は何も持って居ないのに欲しがった。棚ぼたで拾った宝物を離そうとしなかった俺に運命が怒って仕返ししたんだ。茜...失望を味合わせてのは...俺、自分の事ばかり...」


 「何訳の分かんない事いってるのよ!?あの人があんなのは昔からじゃない、今更気にするの?それに茜が貴方を振ったのよ?今日のバンは何だか変だよ!」


 正体不明の恐怖に駆られたラブが声を荒げた。


 恐怖の正体は意外な方向を向く。


 「ラブ、俺暫くお前とは会えない。いや違う、茜とも合わない。何か人に与えれる物が見つかるまで、俺は人並みなんて欲しがるのを止める事にする。俺、やらなきゃ。」


 勝手に言い放って走り去る幼馴染にラブは、言いようの無い悲しみと深い怒りを感じていた。


 そして勿論その怒りの矛先は、元凶でもある父親にも向かうのであるが、それは又の機会とする。


 ◇ □


 翌日、ラブがログインするとA/Aの世界では騒ぎが起こっていた。


 太守がその権限をラブに移譲して暫く自分探しの旅に出るというのだ。


 白銀の剣士で、ギルド『ラブ&ケニー』の共同マスターでもあるケニーは執務室でブー垂れるラブの話し相手になっていた。


 「それで、バンが茜ちゃんにフラられて、慰める為に映画に行ったらラブちゃんの叔父さんに”何も持って居ない”って言われたから自分探しの旅へ?」


 流石のケニーも呆れ顔を隠せない。


 「まあ、そんなとこ。でも私がムカついているのはね、あいつ茜に酷い事されたのに恨んでないんだよ。自分が先に失望させたからとかブツブツ意味不明な事言ってたし。なんなのよ!茜の事は嫌いだけど、茜を引きづっているバンはもっと嫌い!顔も見たくないわ。」


 ケニーはまあまあとラブを宥めると、しばらく様子を見て見ようと優しく提案する。


 その頃、茜とデートを終えた英淳がアパートのドアを開けると自動的に内部照明が点灯した。


 メゾネット式の2Fに位置する安っぽい6畳のフロアリングにはメタリックな色をした珍しいシートが敷き詰められ、リビングにマットレスとミニテーブルの上に高そうなパソコンのセットがあるだけで、生活感がゼロである。


 更に窓は鎧戸が占めっぱなし、エアコンの室内機には銀色の網で出来たカバーがかけられていた。


 しかし如何やらカバーをかけたまま運転が開始された様で、エアコンから音が漏れ出す。


 すると、何処からともなくR&Bのミュージックが流れだし、パソコンを付けた英淳はヘッドセットを被るとそっとマイクをオンにした。


 (おっと、その前に盗聴器のチェック...)


 ヘッドセットを付けた英淳はパソコンの脇に於いて居ある小さなアンテナ付きのリモコンを翳すと部屋の隅から隅までを検査する。そして問題の無い事を確認すると、通話を始めた。


 (スクランブルコードは”8751”)


 メールを開いて表示されたコードを画面に打ち込むと、砂嵐だったウインドウに怪しげな円卓が映し出された。


 『首尾はどうだ?』


 マシンボイスが映像の先で発せられたエフェクトの掛かった異国言葉を無機質な日本語に変換すると英淳はロシア語で答えた。


 「上々ですよ。鍵を盗んだ少女は今や手中に収めました。いやあしかし、ジャポンのハイスクールは緩くて疲れますね。しかし潜入の甲斐ありました。鍵を無くした太守と少女がリアルにも繋がりがる事が分かりましたしね。」


 すると、画像がゆらゆらと揺らめき、声のアクセントに靡くように旗めいた。


 どうやらエフェクトは音声だけでは無かったらしい。


 『ふっ、見た目が若くて得でもしたか?しかしガキを手に入れてどうなる?盗まれた鍵はどうなっんだ?』


 問い詰められたシベリアは、不敵にも口角を上げる。


 それは普段学校で見せていた高校生の笑顔では無く、何十年も経験を積んだ海千山千の男が作るような笑い顔だった。


 『なにぶん貴方がたロートルと違って私は実際に若い物でして。』


 確かに彼は若見えた。17-8でも通りそうな程である。


 しかし、組織内でも切れ者で名の通っている彼の実年齢は20となって居る。あくまでも所属する組織に登録された数字上の話ではあるが...


 『舞台はセットされました。明日から「オーパーツ」に鍵の欠片を運び込ます。鍵の欠片を狙う彼女は上手く忍び込んでいる心算の様ですが既に丸裸も同然です。彼女が鍵の欠片を盗みだしたら芋ずる式に、今度こそバックに隠れているアフリカ諸共一網打尽にしてくれるさましょう。さあ、裏切り者には復讐を!』


 『『『『『おう!裏切り者には復讐を!』』』』

読んで頂き大変有難うございました。

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