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第二話:乾きと飢え

本日2話目の投稿になります。18:00に3話目を投降しⅡ部は終了となります。

 「ピンポーン」


 バンが母親と住むアパートは、以前茜が潜入捜査用にツカサが借りたアパートから500mの場所にあったが、しかし今やアパートを引き払った茜が現在住む町から数えると、電車で3駅程離れた隣町である。

 これは念のために娘をバンの元を引き上げさせたツカサが、万が一バンの協力が必要になった場合を考えて選んだ場所であった。


 日曜日のお昼前、駅や電車は行楽へ向かう家族づれで賑わっていた。


 最寄り駅で降りた茜は駅のレンタサイクルを借りると猛スピードで彼のアパートへ急行する。


 そして息切れしながら呼び鈴を押してからハタと気が付いた。


 あっ?お母さんが出てきたらどうしよう...


 そして慌てて自分の服装を見降ろした。


 ツカサの頼みで朝一番でスーパーに行って来たから見られない格好では無かったが、白いブラウスに鶯色をしたキュロットスカートとは、とても余所行きという程でもない。


 「は~い」


 遠くで女性の声がした。


 あ~、あんまりお洒落に興味が無い子って思われちゃうかなあ...


 ガチャ


 茜はドアが開けられるのを少し残念な気分で見つめていた。しかし出て来たのは母親では無かった。


 「「げっ」」

 

 ドアの前後で美少女達が、全く美しく無い奇声で輪唱した。


 「ラブタ!何でアンタが?!」


 「ブタって何よ、茜こそっ!それよりアンタは盗んだ鍵返しなさいよっ。」


 痛いところを突かれた茜だったが、そこは機転を利かせて直ぐに切り返す。


 「あれはバンが私にく・れ・た・の!何たって私、熱ーく告白されちゃったんだから。あら?言って無かったかしら?」


 「なんですってー?!あんた貢がせたっていうの?そんな事はこのラブ様が許しません!ケニーだってきっと反対よ。」


 プンスカ起こったラブは右手に持ったお玉を振り回した。


 「何であんた等の許可がいるのよ?ちょっと!本人を出しなさいよ。」


 負けじと茜も玄関先でラブを指さしポーズを決めた。しかし次の瞬間、今度はラブが勝ち誇った様子で高笑いをする。


 「おーほっほっほ!お生憎様、あいつには私が作るお昼ご飯の買い物に行って貰ってます。おほほほほ、もう私ったら内縁の妻と呼ばれてもおかしく無いんじゃ無いかしら?」


 「愛ちゃんどうかしたの?」


 「「おばさんっ!」」


 玄関先の騒ぎを聞きつけたバンの母親が、心配になって顔を覗かせると、流石にばつの悪くなった茜は早口で暇と告げると自転車に飛び乗った。


 「まっまた来ます!」

 

 帰りの電車の中、茜は今日の自分の行動にどっぷり嫌悪感を感じていた。


 何やってんだろう?バカみたい...


 そしてアパートに戻ると、なんとか気持ちを切り替えてA/Aにログインした。勿論、封印中のキャラクター「アカネ」としてではなく「レッド」としてである。


 キーパーツの情報を集めなきゃ。


 茜個人としては失踪した父親に会いたい気持ちは薄かったのだが、悲しむ母を放ってはおけなかった。失踪以来、普段気丈な母が時々夜中に一人で頭を抱えている事を知っていたからである。


 もしパパを見つけたら、その時はじっくりお仕置きしてやるんだから...


 そんなレッドがA/Aにログインすると其処はログアウトした場所、即ち菖蒲の大通りであった。


 「あっ!探したよ?」


 驚いた事に、どうやったのか直ぐに此方を見つけたシベリアが声を掛けて来た。ログアウトの時間に一緒に居た訳では無い、この大通りの中で不可能に思える事である。


 こいつ...やっぱり怪しいわ。


 茜が入手した鍵を世界中のキーパー達が狙っているとツカサは言う。


 キーパーとはA/Aの世界では絶対的な力を持つ調停者達である。もしかすると要注意人物の居場所を勝手に調べる裏技を持っていても不思議では無かった。


 「あのあと直ぐに領主さんに急用が入って、夕方にもう一度続きを話しあう約束をしたんだ。レッドさんも話を聞きたがっていただろう?本当に凄く探したんだよ?」


 なぜこの男は会ったばかりの人間にそこまで固執するのか?


 「今話してくれてもいいのよ?キーパーツの事。バンとは貴方一人で合った方が良いわ。」


 するとシベリアは突然慌て出した。


 「ちょっと、いくら本人が居なくても領主さんを呼び捨てはダメだって。それにキーパーツの話は領主さんが居ないと進まないんだ。だから如何しても聞きたければ同席するしかないけど、どうする?」


 どうやら如何しても同席させたい様である。


 茜は取り合えず敵の手に乗る事にした。


 そして2回目の会談が行われた。


 ◆ ■ ◆


 ...でなんでコイツが居る訳?


 レッドは目の前で不規則に揺れるハート型の模様を睨み付けた。


 一方のシベリアンハスキーは興奮した様に握手を求めて手を差し出す。


 「マスターラブ。またお会い出来ましたね。」


 ラブパイレーツという良く分からない、星団を探してもただ一人という特殊職にあるラブは普段から全身がハート模様が付いた装備で闊歩する。装備とは言っても横縞模様にハートプリントをあしらった横縞Tシャツや同じくハートプリント満載のショートパンツはどう見ても戦闘可能な装備には見えないが。


 「貴方は今朝道場に来てくれた人。」


 ラブが握手を握り返す横でバンが補足した。


 「大事な話なのでラブとケニーも声を掛けたんだがケニーは所用があるらしくてね。早速だがキーパーツの話の続きをお願いして良いかな?」


 (...ふう~ん。ラブの居る所では私の写真にチューする話はしないんだ?...それはそれで、ちょっとムカつくんだけど...)


  だが、突如口を開いたレッドの言葉にその場に居た3人は全員がドキッとする事になる。


 「太守さん、前回聞き逃した彼女さんの話の続きからでも良いですか?」


 「かっ彼女だ何て~恥ずかしい~。」

 

 (ラブタ!何で貴方が恥ずかしがるのよっ!)


 レッドは居殺すような目つきで、なよなよとハートのオブジェ達を揺らす小柄なラブパーレーツを睨みつけた。


 「ちょっと...ここでは...」


 バンも焦った様子でタジタジである。


 (何よ。ラブの前では言えないんだ。)


 「彼女さんの待ち受けに毎晩キスして寝るんですよね?」


 正確にそう言ったかは定かでは無かったがその様な趣旨だったと思い出しながら茜は言葉を続けた。


 するとラブが溶け出しそうなほどフニャフニャと揺れながら聞き捨てならぬ事を言う。


 「ちょっとバンったら~。見せて見せて、ちょっと携帯見せて。変な写真だったら今撮り直すから」


 ...まだ一緒に居るのか...この二股男め...


 しかしこの責めはバンが可哀そうである。何せ茜は何も言わずバンの前から失踪した身なのだから。


 「ちょっラブ止めろって!」


 「いいじゃん、いいじゃん。どんなラブちゃんを愛でてるのか見せてみなって。」


 太守とギルドマスターの動きが止まった。


 どうやら二人で携帯の取り合いをしている様である。


 そして茜が痺れを切らした数秒後、奇怪な声を上げてマスター・ラブの姿が突如掻き消えた。


 ログオフしたのである。


 そして動きの戻った太守バンは深いため息をつくと申し訳なさそうに切りだした。


 「はぁ~。ちょっとトラブルが発生しました。誠に申し訳ないのですが、またまた日を改めさせて下さい。日程は改めて連絡させて頂きますので、帰りに執事のネイサンとA/Aの通信用アドレスを交換して貰えますか?」


 そして太守バンの姿も掻き消えた。


 ◆ ■ ◆


 「むかつく~」


 肉じゃがの甘い汁がお玉を伝ってバンの頬に流れた


 「汚れるから止めろよ。」


 「ひたすらむかつく~」


 「...」


 楽しいはずの夕食もご機嫌斜めなラブのせいで空気が淀んでいる。


 「愛ちゃん、またバンが何かやらかしたの?」


 バンの母が心配そうに息子の幼馴染かつ嫁候補であると事の可愛らしい顔を覗き込んだ。因みにラブの本名は真浄寺しんじょうじあい、良いところのお嬢様である。


 因みに彼女は巷ではラブがケニーの彼女という事になっている事を母は知らない。しかし足しげく通う幼馴染のとは自然と心が通じ合っていた。


 「おばさん聞いて下さいよ。バンったら携帯の中に私以外の女子の写真を入れて居たんですよ?」


 「たった一枚じゃ...おぉっ」


 反論はお玉で跳ね返され、バンは舌先でつるつるしているが全く美味しくない、金属の味を嘗め回す羽目になった。


 「あら~、バンも隅に置けないわね?でも悪いことしたんだったら誠意を見せないとねぇ~」


 「そうよ!セーイを見せなさい。」


 渋々次の日の帰り道に新しく出来た外資系のバーガーショップを奢る約束をさせられてしまう。


 「金欠なんだよなぁ」


 そうボヤくバンにラブは解決策を提示しる。即ち菖蒲の太守であるバンに給与を払うと言うのだ。


 なぜそんな事が可能かと言うと、実は太守であるバンはA/Aのマスターバージョンをプレイしていて、惑星の収入に応じて毎月仮想通貨がクレジットに蓄積されていた。とはいってもそもそもマスターバージョンの所有権はラブの名義となっていて、それも本来は愛の父親の物を愛が強引にもらい受けていた。そのような訳で、愛は自分名義にディポジットされた仮想通貨で太守の給料を払うと申し出たのである。


 事実、菖蒲の星は賑わっていた。


 一時は鍵の盗難で人気が離れるかと思われたが、以前から推し進めていた都市のテーマパーク化がターミナル駅の整備に伴い軌道に乗り始め、優秀なデザイナーの手による街並みは、待ち合わせや狩り後の打ち上げ場所として人気を博した。


 勿論、仮想の街で人が集まろうとそうそうお金など降って湧かない。


 原資は数多くあるようである。そして、その内の一つは広告であった。


 街には現実の店舗そっくりな物が数多く設置され、看板メニューが再現されていた。


 勿論スポンサーとなる巨大清涼飲料水メーカーの有名製品等もこの世界に再現されている。


 それどころか、プレイヤーはA/A内でドリンクを注文するのと同じやり方で自宅に同じ製品を注文する事が出来た。そしてそれは仮想通貨ではなく何とゲーム内通貨ですら取引されて居たのだった。


 『等価交換とボーダーレス』


 先ごろメジャーアップデートを実施したA/Aが世界に発信したキーワードである。


 等価交換とは以前からA/Aの世界で用いられていた自動コンバートシステムを更に進化させた物であり、システム設定の異なる惑星Aから惑星Bへ移動に際し、装備や所持金の自動変換だけにとどまらず、職種や能力迄コンバートされると言った仕様はそのままに、ついにゲーム内通貨までもが現実世界とボーダーレスに交換される事となったのだ。但しここでいう等価というのは1:1という意味ではない、同じ価値だとシステムが判断した比率でという意味である。


 「そうそう、ゲーム内通貨でも確か買い物できるようになったんじゃなかったけ?携帯を翳すだけでいいんでしょ?」


 「おいおい、レートは下がっているとは言えジュース1本が10万ゴールドだぞ?だれがゴールドでほいほい買い物できるって言うんだ?」


 ラブは其れでもその内にゲーム内通貨の価値が上がり通販で買い物が全て賄えれば便利だろうにと思った。しかしこれは裕福な家の子女である彼女ならではの発想だろう。バンに言わせれば必ず個別配達費用が乗っかって来るから通販は勿体ないのだそうだ。


 そしてその頃、2回目の会談が延期になって一人になった茜は部屋で悶々としていた。


 ◆ ■ ◆


 それは風邪の症状にすこしだけ似ていた。


 何となく気だるく、だがイライラする。


 渇きを感じるくせに、何を飲んでも美味しく感じない。


 砂漠にいるかのように息苦しい。


 まるで、心の中にざらざらしたナメクジを飼っているかのように、不快感が這いまわっていた。


 腹が立つのは、この不快感の対処方法を感づいていた事である。


 イライラした気分で茜は携帯を手に取った。



 ♪♪♪♪♪


 「よう、どうした?珍しいな、茜から掛けてくるなんて?」


 電話の向こうからは聞きなれた優しい声が聞こえたその瞬間、一瞬で温かい大波が心を洗い去ったかのように、渇きも、息苦しさもかき消され、まるでお預けされていた食後のショートケーキを一口パクっと口に運んだかのような満たされた気持ちになる。


 「あっアンタが寂しがっているだろうと思って、掛けて上げたのよ。感謝しなさいよね。」


 つっけんどんな言い方は昔からである。


 「ああ、有難う。声が聞けて嬉しいよ。そうだ、録音して使いたいから、早く起きなさい♡って言って貰えない?」


 だが、元気を取り戻した茜はこれしきの揺さぶりでは動じなかった。


 (こいつ...またこんな事を言って、私が恥ずかしがるのを面白がっているのに違いないわ...)


 「良いわよ、家宝にしなさい。『バン、早く起きなさい。遅刻するわよ♡』」


 声優宜しく愛らしいキャラクターボイスで台詞を言った茜は、電話の向こうでバンが驚く姿を想像して含み笑いをした。


 お互い冗談を言い合い、気が付くと1時間があっという間に過ぎていた。


 「そろそろ夕食だから切るわね。寂しくなって如何しても我慢できい時だけ、電話をかけて来ても許してあげる。じゃあね。」


 そう言って電話を切った茜は上機嫌だった。


 だが、その気分は1日と持たなかった。


 □ ◇


 翌日、再びシベリアと落ち合ったレッドは、太守の執務室にハートマークを発見すると途端に不機嫌になる。


 今日は前回居なかった白銀の剣士も同席していた。


 「ちょっと、ラブちゃんがご機嫌斜めだけど許してあげてね?」


 今や星団に名を轟かせる強剣士は柔らかい物腰でレッド達にそう断った。


 レッドは身バレしない様に一言もしゃべらない。


 自然と会話の中心はシベリアとなり、彼はキーパーツに関する仮説を熱心に話し始めたのだった。


 彼の話ではキーパーツは完成品の他にバラバラにされた物が存在すると言う。


 そして、バラバラのキーパーツを見分ける方法は鑑定が不可能であるという事らしい。


 「もし太守さんがその様な物を持って居たら試しに鑑定させて貰いたかったのと、研究の目的で鑑定不可能なアイテムを買い取って集めて見たいのですが、鑑定が不可能だけど実は唯のゴミって言うのも世の中には出回っていまして、とても一人では集めきれません。ですから、もし好ければスポンサーになって頂けないかお願いして見ようと思いまして。」


 そう申し出たシベリアに、バンは快く協力を申し出た。


 「そんな博打みたいな物を集めて、お金がいくら有っても足らないじゃ無いの?」


 ラブだけがそう言って反対したが、結局ケニーが反対をしなかったのでシベリアは支援を受ける事に成り、菖蒲の首都に買い取り専門店をオープンさせる事になった。


 その店の名は「オーパーツ」。説明の出来ない不思議な物体を指し示す単語であった。


 ◇ □


 会談の終わった茜はシベリアに連れられて店舗整備に出かけるが、実は例の飢に苛まれていた。


 夕食中、ツカサとの会話も上の空で、ボンヤリとする茜は皿を洗い終わると突如ツカサには1時間程で戻ると言い残し、服を着替えて家を飛び出した。


 数十分後、バンはアパートの前で茜に呼び出されて棒立ちに立って居た。


 「よう、こんな遅くに女子が独り歩きなんて危ないんじゃないのか?」


 飄々と話し始めたバンに下を向いたままの茜が近寄ると、そのまま少しくたびれたシャツに顔を埋める。


 「ちょっ、如何した?何があった?!」


 想定外の事態に慌てふためく高校2年生男子の鼻を、茜は聞き手で容赦なくグッと掴むと、

シャツ越しにバンの胸を噛んだ。


 「いでででで...」


 訳が分からず身を捩るバンを茜の左手が抱きかかえたまま離れようとしない。そしてシャツに沁みついた匂いを嗅ぎながら茜は徐々に思考がすっきりとして行くのを感じていた。


 「...てやる。」


 茜がポツリと呟いた。


 「えっ?何?なんつったの?」


 バンは珍しくてんぱっていた。


 「殺してやるって言ったのよ!」


 「何で!?」


 突然の殺人宣言にオタオタするバンに対して、茜は早口で捲し立てた。


 「浮気したら殺してやる、他の女を見たら殺さないけど目を潰してやる、他の女の事を口にした火には二度と口に出来ない様に海の底に沈めてやる。私の事好きだってもう一度言いなさい!私だけが好きって言うのよ!」


 剣幕におされバンは恐る恐る以前に口にしたセリフを反芻した。


 「お前の事...好き...だと思う」


 途端に鉄拳が彼の鼻っ柱に叩き込まれたバンは言い方を修正する事を余儀なくされる。


 「お前の事が好きだ!茜。大好きだ!」


 恍惚の表情を浮かべた茜は徐にバンのTシャツを持ち上げた。


 なされるがままにシャツを剥ぎ取られた彼氏に向かって茜は尚も獲得した獲物の匂いを嗅ぎながら、本気とも嘘とも取れる曖昧な言葉を吐いて立ち去っていった。


 「バン、貴方の事が好き。貴方が病気になったら私の心臓を上げても良いわ。」


 その夜、バンは同級生の沢渡宅へ電話を掛けた。


 お目当ては、同級生の男子では無くその姉である。


 「先輩...俺、彼女が出来ました...」


 沢渡は答えなかった。なぜならばラブと仲の良い彼女はラブがバンとそうなる事を応援していて、ラブから何も報告を受けて居ない以上、バンの付き合う事のなった相手が自分の望む相手ではないと察したからである。


 「なんか...心臓を上げても良いって言われて...すっげー嬉しかったんですけど、逆に俺が人に自分の心臓を上げれる程人を大事に思えた事何て無くって、申し訳なくって...こんな俺で大丈夫かなって不安に成って...」


 ぽつりぽつりと語るその話を聞いて見ると、如何やら温厚なラブと違って、お相手は相当の激情家の様である。


 「聞いた感じ、その娘はバン君には合わないと思うけど、そんな事言ってもバン君の気持ちもあるだろうし、今はノーコメントね。」


 沢渡は辛うじてそれだけをバンに伝えた。


 翌日からバンは放課後真っすぐに家に帰らず電車に乗り込む様になった。ラブからの給料で懐は潤沢な事も功を奏した。


 隣町で降りたバンはファミレスで茜と落ち合うと、長椅子に身を寄せ合い止めどもない話をする。


 バンは茜の髪を撫でるのが好きだった。


 茜も髪を撫でられると、猫の様に目を細めて気持ち良さそうに笑った。


 やがて日が暮れると二人は店を出て別れる。


 あの日茜に奪われたシャツは、赤いシュシュで丸めらた状態で、未だ枕と一緒にアカネの部屋のベットの上で転がっていた。


 ◇ □


 沢渡がラブからの電話で、バンが茜と付き合いだしたらしいと聞いたのはそれから程なくの事だった。


 放課後寄り付かなくなったラブをバンの母親は寂しがったが、バンは代わりに茜を家に呼ぶことはしなかった。


 帰りの遅くなった息子に文句を言う母親は、それでもあまり遅く成らない様にと軽く注意する程度で、息子を家に縛り付ける事もしなかった。


 そんなある日、ラブと疎遠になった太守の元に、白銀の剣士がムキムキマッチョな女性を従えて訪ねて来た。


 「よう、”ピー”チクリン。ロボットの彼氏はどうした?」


 ケニーの妹である凛子はジロリと太守を睨みつけると、嫌味を返す。


 「彼は貴方と違って執筆に忙しいの。所で、鑑定出来ないアイテムを買い取ってくれるそうね?これ、幾らで売れるの?」


 彼女が取り出したのは薄汚れた岩石の様である。光ってもいないし、輝いても居ない。とても価値のある物だとは思えなかった。


 バンは買い取りは「オーパーツ」という店でやっていると説明するが、凛子は店で買値が付かなかったらまた戻ってくるから買い取ってくれと言い残して出て行った。


 「そうそう、最近私によく似た彼女が出来たんですって?ロリコンなの?」


 去り際に凛子はそう尋ねたが、バンが口角を上げて自分の素晴らしい彼女自慢を始める前にさっさと出て行ったので、ケニーは一人でバンが茜を持ち上げるという究極的に詰まらない話を聞く羽目になった。


 ただでさえ面白くないケニーは、遂にバンが世間体的にはケニーの彼女であるラブを誘って4人でグループデートなど如何かと言いだした段になって、無言で席を立った。


 「如何したんだよ、ケニー?」


 ケニーは心の中の落胆を隠せなかった。以前のバンはもっと察しがよくて、言わなくてもラブやケニーの気持ちを分かってくれていた気がする。


 「それで本当に愛ちゃんが喜ぶと思っているのなら、軽蔑するよ?」


 白銀の剣士はそう断言すると去って行った。


 太守は一人で肩を落とすと、執務室の椅子に座り天井を見上げた。


 ◇ □


 転校先でいつも茜は人気者であった。


 特にその美貌から男子には絶大な人気を誇った。


 当然、手紙を貰ったり、告白される事もざらだったのだが、今まで男子を好きになったことが無かった彼女は、手紙はゴミ箱へ、告白はお友達で居ましょう?という決まり台詞と共に忘却の彼方へ捨て去って来た。


 そんな彼女だが、バンと付き合い始めて直ぐの頃、一人の男子から手紙を貰った。


 普段なら空けない手紙を茜は捨てなかった。誰かを思う気持ちに共感できる物が芽生えた所為かもしれない。


 彼も又転校生で、そこには友達に成って欲しいと書いて有った。


 放課後の正門で茜を待つその男子は、極東きょくとう英淳えいじゅんという変わった名前だが、そこそこの背丈とルックスを持ったすこし大人っぽい好青年であった。



 「あの、手紙読んでくれた?」


 小犬の様な目で茜の後ろ姿を追う英淳に茜は学校では珍しくつっけんどんな言い方で答えた。


 「読んだわ。友達になるのは良いけど、私今急いでるの。彼氏が待ってるから行かないと行けないの。」


 英淳はそのブラウンの瞳に悲しみを浮かべたが、努めて明るい声で食いついた。


 「そうなんだ?茜さんみたいな人と一緒に居れるなんて、彼氏さんは世界一の幸せ者だね。」


 くるり。


 突然茜が振り向いた。


 一瞬彼女の機嫌をそこねたのでは?とビクッとした英淳であったが、どうやらそれは杞憂であった。


 なぜならば、茜は学校では見せた事の無いうっとりとした表情と口調で語り始めたからである。


 「そうなの、彼ったら世界一の幸せ者なのよ。それでもって私の事が大好きで、私だけをすーと見てるの。」


 実は、表面おもてづらの良い茜であったが、それは潜入先でトラブルを起こさない様に取り繕った物で、その所為かリアルな話を出来る友人がA/Aにも現実世界にも居なかった。


 唯一、大抵の事は話をする母親のツカサにも、今の所バンの事は伏せてあったので、誰かにぶちまけたくてしょうが無かったのである。


 面食らった英淳だが、少しでも会話を続けようと必死で頭を振り絞った。


 別に行き成り彼氏・彼女の仲になりたい訳では無く、とにかく茜の傍に居たかったのだ。


 「その、彼氏の何処に惹かれたの?」


 答えやすそうな質問と自分の興味の折衷案を提示した所、以外の事に茜は言葉を詰まらせた。


 「あら、そう言えば何処かしら?一緒に居ると安心できるのよね、だから今まで良く考えた事がなかったわ。匂いも好き。シャツを1枚私の枕元においているの、良く寝られるから。」


 流石にそれは如何かと英淳は思ったが、否定的な会話は慎んだ。


 「凄いね。如何したらそんなに安心させて上げれるのか是非教えて欲しいくらいだよ。こう、背が高くてガッチリしている系の人?それとも格闘技か何かやっていて頼りになるとか?」


 しかし茜は二度首を横に振った。


 「全然!イケメンでもないし、背もそんなに高く無いわ。でも私の待ち受け画面に朝晩キスして”茜愛してる”って言っているのよ。あと、会ったら10回は”茜愛してる”っていうルールにしたの」


 絶句しそうになりながら英淳は耐えた。


 「そうなんだ...僕の知り合いで、いやA/Aっていうゲームの中の知り合いなんだけど、同じように彼女の写真を待ち受けにして朝夕キスしている人が居たのを思い出したよ。あれ?如何したの...」


 快調に喋っていた茜が突如口を噤んで睨みつけてしまったので、英淳は自分が何処で虎の尾を踏んだのかが分からず、オロオロした。


 そんな英淳に茜は、彼氏が待っているからと言って別れを告げると足ばやに去って行った。


 遠ざかって行く制服の後ろ姿に英淳は声を掛ける事も出来なかった。



 ◇ □


 ここはA/Aの中、惑星菖蒲の首都にある「オーパーツ」買い取り専門店。


 店長のシベリアンハスキーは盛大な溜息をつくと、がっつり肩を落とした。


 「店長、如何したんですか?」


 可愛らしい女性の声で気遣うのは、鑑定Lvマックスという特技を持つ「ナターシャ」さん。シベリアンハスキーが星域中を駆けずり回りハントしてきた優秀な店員である。


 「どうせ女にでも振られたんでしょう」


 彫刻の様な深い彫りに凛々しい眉毛をした男が、どこか中性的な言葉づかいで最初はナターシャも戸惑ったのだが、今は慣れてしまった。この男の名前は「レッド」という。


 「レッドさん、分かるんですか?物凄く素敵な人なんですけど、彼氏が居てもうラブラブなんですよ。友達でいいから彼女と話がしたかったんですけど、どういう訳か機嫌を損ねてしまいまして。」


 「彼氏がいる娘と友達になりたいとか、却って不純な感じがする」


 今日のレッドは何時になく多弁だ。


 ナターシャもその事に驚いたが、黙って会話に参加した。時々しか顔を出さないが、店が出店する前から店長と行動を共にしているこの謎の男の事を知るいいチャンスだったからだ。


 「レッドさんは、異性間の友情とか存在否定派なんですか?」


 「同性間でも疑いを持って居るかしら?」


 どうやら、相当に曲がった性格の様である。


 「そんな事無いですよね?店長。私は聞いただけですけど、男同士って友情に熱いんでしょう?」


 ナターシャの言葉をシベリアが肯定すると、すぐさまレッドが捻り返して来た。


 「あら、じゃあ親友同士が同じ人を好きに成ったらそういう場合ってどうなの?譲り合う訳?例えば貴方が熱を上げている素敵な美少女の彼氏が貴方の友人だったりしたら、それでもその彼女と変な気持ち抜きで友達になれるの?」


 そんな話をしていると、珍しい人物が店先に現れた。惑星の太守である。


 「やあ、シベリアさん。順調ですか?」


 レッドの眉毛がピクリと動いた事にナターシャが気づいた。


 「太守さん。お陰様で店の噂を聞いて遠くから売りに来てくれる人が後を絶ちません。でも、突然如何したんですか?珍しいですよね、こんな早い時間に...」


 すると太守バンは目じりを下げながら小声でシベリアに惚気だした。


 「実はファミレスに居るんだけど、彼女がトイレに行ったから気に成っていた事を聞きに来たんだ。先日マッチョな女が石ころを売りに来たと思うんだけど、如何だった?」


 凛子の事である。


 「ああ、珍しい物でしたので確か10万ゴールドで買い取りました。光らないアイテムで鑑定不能って余りないんですよね?大抵は鑑定能力不足なだけで、ナターシャさんが見れば難しい名前の石でしたって事になるので。」


 そこにレッドが口を挟んだ。


 「太守さん、彼女さんの戻りが遅くて心配に成りません?廊下でナンパされて困っているかも知れませんよ?」


 するとバンはそれを真に受けたのか、大あわてで挨拶をするとログアウトしていった。


 それを見届けたレッドは今までの能面が嘘の様に恍惚の表情を浮かべると、静かにログオフして消えた。しかしナターシャはその異様な表情をしっかりと目撃していた。


 「店長...」


 「ん?」


 「レッドさん居なくなっちゃいました。」


 「ああ、不思議な人だから気にしないで。」


 その頃、ファミレスのトイレに繋がる通路でバンの出待ちを受けた茜は満面の笑みで抱き着くと頬を摺り寄せていた。


読んで頂き大変有難うございます。

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