第一話:再始動
1話の文字数が8千字前後と長くなっていますがもし良ければ楽しんで下さい。
夕日に染まるエメラルドの街に一人佇む彼を見た。
幻想的。芸術家が心血を注いで作り上げた像と見間違えたとしても誰が責められよう。
それは威厳を纏いながらも、どこか寂しそうに空を見上げていた。
豪奢な刺繍を白絹に施したローブが朱色に染まり、沈む行く恒星が放つその日最後の斜光に、眠った影が長く地面に横たわる。
ああ、ついに声を掛けてしまった。
「こんな所で人に会えるなんて吃驚ですね?」
驚いたと言ったのは嘘ではない。何故ならここは廃惑星だがら。
この星の名はエターナルグリーン。嘗て人で賑い、今では訪れる人も疎らなさみしい星。
僕は様々な星の隆盛を研究をしている。
そして今、一人の横顔に釘づけにされていた。陶器の様に白く中性的な横顔が、夕日で照らされ熟れた果実が日に透かされた様な強烈なグラデーションを織りなす。
何と言う失態だ!
見ず知らずの人に二度も話しかけてしまうなんて、今日の自分はどうかして仕舞ったのだろうか?
「綺麗ですよね..えっと、夕焼けとか...」
突然彼が振り向いたのでドキッとした。
その澄んだ瞳にでは無い。澄んだ奥底に宿る何か強い力に身体が貫かれた錯覚を覚えたのだ。
「よそ者は邪魔。消えて。」
言葉の暴力が僕の魂をフックする。
これが自称天才の僕とレッドさんとの出会いだった。
◆ ■ ◆
東谷茜は高校2年生である。
アルティメット・アルテマ、通称A/Aのヘビープレイヤーとして鍛え上げたキャラクターを持つが、ある事情により今はそれを封印している。
代わりに現在茜が操るのは作って間もない男性型キャラクター。その名も『レッド999999』である。
この名前を決めた時に茜は「レッド」という短い名前から初めてからレッド9、そしてレッド99、999 ...と順番に「すでにそのキャラクターは存在します」と言われ続け6つ目の9でキャクター作成に成功した。
(まあ、同じような事を考える人も多いわよね。世界中からレッド~レッド999999まで一堂に会したら楽しいスクリーンショットが撮れるけど...それにしても出生地をランダムで選んだのにまさか、始まりがここだだなんて...)
古巣を探索しながら感傷に耽るレッド999999(以下レッド)がその様な事を考えて居ると不意に誰かが話しかけて来た。
(面倒...)
茜は聞こえない振りをした。通常ならこれで空気を読んで、どっかに行ってくれるだろう。
しかし男は尚も話しかけて来る。
つい勝気な性格が声に出てしまった。
「よそ者は邪魔。消えて。」
茜はスタート地点が古巣の惑星だった事が本当に偶然なのか、それともキーパー達の罠なのか判断しあぐねてピリピリしていた。
しかし残念な事に、今はそれを判断する手段ない。苛立ちは募り、見ず知らずのよそ者に構ってあげる優しさを産む余地などなかった。
だが男はしつこかった。
「よそ者って事はここの星の人だったんですか?僕はシベリアンハスキーっていいます。A/Aに於けるプラネットの隆盛に関して調べているんですが、良かったら色々教えて貰えませんか?」
変わった男である。そんな物を調べて、一体どうすると言うのだろう?
協力する気などさらさら無かったが、ふと自分の使命を思い出した茜は交換条件を出した。
「えーと、シベリアンハスキーさん?」
「シベリアって呼んでください。犬でもいいです。ワン!」
「じゃあシベリア、教えてあげる。人に物を頼むときは対価が必要よ。特にこの世界ではね。」
すると、シベリアは屈託のない笑顔で、困った様に頭を掻いた。
「僕にできる事なら良いんですが正直な話、金なら有りませんよ?」
その率直な物言いに、少し心を許したのかレッドは笑って手を差し出した。
「大丈夫、私の名はレッド。今から合言葉を教えるからとある廃墟にある隠し金庫から袋を取ってきて欲しいの。」
それは茜達が苦労して集めたレア装備の数々だっだ。
本来絶対に他人になど触らせく無かったが、今回のスタート地点の件が偶然なのか罠なのか見極めれない以上、自分から取りに行く危険は冒せなかった。仕方なく目の前の間抜けそうな男を使う事にしたのだ。
「なんだ其れくらいならお安い御用です。で合言葉って『開けゴマ』ですか?」
「合言葉は...」
と言いかけて茜は少し言葉を詰まらせた。
今思えば急いでいたとはいえ、なぜあんな合言葉にしてしまったのだろう?恥ずかしくて口に出来た物ではないか。
それでも茜はレッドの口を通じで早口で小声ではあったが合言葉を伝える。
「イラキイダ?何ですかそれ?まって、反対から読むとダイキライ。ダイキライの反対だからもしかして ポキュッ」
正拳に塞がれて、最後まで台詞を言い終える事は出来なかった。
そしてそれはこれからも叶わない。
「それ以上言ったら...殺すわよ?」
勿論シベリアは先ほどからのレッドの口調がお姉言葉である事には気が付いて居た。
しかしそれをどうこう尋ねてこれ以上レッドを不機嫌にさせる程彼は愚かでは無かった。
◆ ■ ◆
折角シベリアが取って来た装備を、レッドはアイテム名をざっと確認しただけで袋から取り出して装備する事も無かった。
「助かったわ。じゃっ」
そういってスタスタと立ち去ろうとするレッドの袖にシベリアがしがみ付く。
「ちょっと待ってください。今度は僕のお願いを聞いてもらう番ですよ。」
お願い?ああ、星の隆盛がどうのこうの?
「そうだったかしら?でも貴方の為を思って言って言うけど、拘わらない方が身の為よ。」
謎めいた言葉で煙に巻こうとするとレッドをシベリアは離さなかった。
「とにかく、この星に関して知っている事を全部教えてください!」
レッドは呆れた様な仕草で、しがみ付く犬男を引き剥がそうとするが以外に力が強い。
「無理よ。時間が掛かりすぎるわ。私今から行くところが有るの。」
嘘である。行くべき場所の手がかりは未だ無かった。
「何処まで行くんですか?」
「しょっ菖蒲よ。」
そう言ってから茜はしまったと思った。
何故よりによって一番近づいてはいけない場所が口から滑り出たのだろう?
実はその答えに思い当たる節が無かった訳では無いのだが、茜はその答えに心の中で被りを振った。
(なによ、まるで私が寂しがっている見たいじゃ無い)
「菖蒲?!今乗りに乗っている惑星ですね?その内行こうと思っていたんです。この星の事は移動中に聞けば良いし、さっそく一緒に行きましょう!」
そう言ってシベリアは力強くレッドを引きずって歩き出した。
◆ ■ ◆
ひと昔前の惑星エターナルには、大きな転送石が埋め込まれたターミナルが有り、惑星菖蒲までひとっ飛びだったのが、廃れてからその設備は停止し、移動手段はローカル惑星を回るシャトルに乗る事しかなかった。
「…本当についてくる気?」
ローカルシャトルの座席は飛行機のエコノミーよりも狭い。ぎゅうぎゅう詰めの座席でレッドは隣に潜り込もうとするシベリアの事をやや迷惑そうに睨んだ。
「ええ、勿論。それで、あの事件迄のエターナルの繁栄は良く分かりました。事件の後の事ってご存知ですか?」
「さあね、あの後暫く忙しかったから知らないわ。」
「そうですね。期末ですものねえ。忙しい時期と被っていましたよね。」
その期末という言葉が学生の期末試験の事なのか企業の期末処理なのか茜には判断がつかなかったが、茜がそれを尋ねる事は無かった。頭の中では、どうやってこのしつこい犬を追い払おうか?その考えばかりが巡っていた。
(どうしよう?このまま付きまとわれて本当に菖蒲に行く嵌めになったら...)
正直を言うと、偽りとはいえ嘗て自分が心血を注いだキャラクターの夫、すなわち惑星菖蒲を統括する若き太守「バン」をもう一度見たいという気持ちはゼロではなかった。
特にこの見ず知らずのキャラ一緒なら、万が一でもバンに気づかれる事も無いだろう。
しかし一方で会いたくないと感じる自分も居たのだ。
決断の速い茜には珍しく、結論を出せぬままに悶々と時間が経過し、結局二人はローカルシャトルの終着駅にある星の転送石から、実に3回も乗り継いだ先にある目的地、惑星『菖蒲』の地を踏んだのであった。
◆ ■ ◆
「聞いてなーい!」
どこかユーモラスな顔をしたトーテムポール型の道しるべに、ベッタリしがみ付いたレッドの腰を笑いながらシベリアの両手が引っ張った。
標識から引き剥がされ、軽々と抱えられたレッドはそのままシベリアと共に、と有る道場に足を踏み入れる。
そこには一目お目当ての姿を見ようと詰め掛けたファンで賑わっていた。
「ほら、あれが『白銀のケニー』さんですよ?ケニーさーん。サインください!」
ケニーは嫌な顔一つせずにファンの人だかりに応じてサインをしている。
(ふんっ。相変わらずの紳士振りね。で...あの子は何処かしら?)
レッドがキョロキョロと辺りを見渡すと丁度道場に入って来た奇抜な少女に目が留まった。
(居た!ハートバカ。)
ハートバカ。そう呼ばれた少女はストローの先からハートのオブジェが2個飛び出した奇抜なティアラを頭に装備し、つま先の先っぽまですべてハート模様若しくはヨコシマ模様でデコレーションされた物凄い恰好で歩いている。
「あっラブ&ケニーのラブさんだっ!ラブさーん、サ・・・ブベッ」
突然尻を蹴られたシベリアは前のめりに転倒し、勢いよく道場に口づけする様に倒れる。
そして彼が起き上がった時には、駆け去ろうとするレッドの姿が門の角を曲がろうとしていた。
◆ ■ ◆
「レッドさん、待ってくださいー!」
(ちっしつこい。ログオフして巻こうかしら?)
「レッドさん、ちょっと待って下さい。最初に俺、星の隆盛を調べているって言いましたよね?実は星どころか星域毎発展させる事が可能な鍵の噂を聞いたんです。ここ菖蒲はその鍵を手に入れた幸運な星だったんですよ。」
そんな事は茜が一番よく知って居る。それどころかその鍵を領主から盗んだ事になっているのが当の茜である。
だが茜が思うに、鍵の効力に関して言えば些か疑問が残った。
実は、意外な事に鍵が無くなった後の菖蒲は衰退する処か以前に増して活況であった。以前には無かった高層建築がならぶ大通りにはお洒落なカフェが数多くオープンテラスを立ち並ぶ。
「知らないの?鍵は盗まれたのよ。」
「そう、それがエターナル事件。でも菖蒲は衰退しなかった。それで一つの仮説を立てたんです。実は菖蒲の太守は鍵を二つ持っていた。盗まれた鍵は一つでまだ残っているから繁栄をつづけられている。」
実は鍵を二つ持っていた?
バンが?
アカネの母親であるツカサに向かって、持ち主である事を自ら打ち明け、しかも鍵の本体はずいぶんも前に紛らわしい方法を使い自分に与えていた...あの男がもう一つの鍵をこそこそと隠し持つ?
「在りえない。じゃっ」
「ちょっ、ちょっと待って。証拠があるんです!」
スタスタと歩き出したレッドの足がピタリと止まった。
レッドはクルリと振り返るとシベリアの首筋を掴んだ。
「じゃあ今すぐ見せて見なさいよっ!」
確かに母親のツカサから、鍵が数種類ある事を聞かされている。
しかし、ツカサによるとそれらの鍵は全てキーパー達が持っているらしい。
現在仮にも同盟を組んでいるアフリカというキーパーは鍵を持たなかったが、鍵を入手すべく茜の父親である東谷輝彦と共謀し、鍵を電子データの海に隠した。結果輝彦は失踪し、夫の消息を追うツカサはこうやって茜を遣わしている。
(バンから貰った鍵はアフリカってキーパーに貸したみたいだけど、以前パパの消息は不明のまま。まったく、ママったら騙されているんじゃ無いかしら?他の鍵の情報を探せって言われたって漠然としすぎているし...)
そんな折り茜に近づいてきたのがシベリアである。
しかもいかにも自分が別の鍵に関する情報を持っているかの様な思わせぶりな態度を取る。
(どう考えても偶然じゃ無いわ。という訳で、此奴はあっち側の人間で確定っと。まあ、そうと分かれば逆に利用してやるだけだけど。)
首を絞められたシベリアだが、彼はレッドの拳を軽々と解くと握手の様に握り返しニッコリと笑う。それはそうだ、昨日今日作ったばかりのキャラとは年季が違う、従って腕力が違い過ぎるのだ。
「ちゃんと見せますよ。但し、然るべき人に同席して貰ってね。」
そして予め決めていたかのように迷いも無く歩き出したシベリアの後をキャラクター名「レッド(999999)」こと茜は間抜けた様子でついて行く羽目になった。
「えっと...ここ政府事務所よね?つまり太守がいる建物...」
困った様に訪ねるレッドにシベリアは笑って、しかも快活にこう言った。
「よくご存じですね?そうです!実は移動の最中に太守さんにメールで面談を申し込んでおいたんですよ。」
「あっあら、そうなの?じゃあ私は外で待っているから..ってキャアどこ触ってんのよっ!」
大の男性キャラクターをお姫様だっこした状態で、守衛がいる正面ゲートを突破しようとしたシベリアの神経はさぞ太いに違いなかったが、通過を許可してしまう太守側にも随分神経の太い輩がいる様で...。
「ネイサン...さん..」
彼が自分の身の回りの世話をしてくれていた頃の記憶がフラッシュバックして、つい呼び捨ててしまったが、直ぐに茜は今の自分の姿を思い出し語尾を取り繕った。
「はて...何処かでお会いしましたでしょうか?私記憶力には自信が有るのですが...」
人間の様に考え込むネイサンは信じられない事にAIシステムである。
(ネイサンは嘘を付けない。私の事がばれていないという事が分かったという事は、有る種収穫有りだけど...。)
悶々とする茜を他所に、AI執事は二人を応接室へ案内する。
勿論、そこへ至るまでの長い廊下の途中で数発のパンチがシベリアの顔面を襲い、遂に彼は大事そうに抱えていた人物を解き放つ必要性に迫られた。
ガチャリ
太守やネイサンの他にはケニーやラブなど余程親しい人間以外には反応しないオートロックが開いた。勿論ネイサンが来客を告げたからである。
「やあ始めまし、てシベリアさんだったね?お待ちしていました、どうぞ中へお入りください。」
変声機能が本来の声をすこし低く変えていたが、それは聞きなれたバンの声に間違いなかった。若しかすると数年後に成人した頃にはこんな声に成っているのかもしれない...と茜は思いつつもシベリアの背中に隠れる様に恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れた。
それを見咎めたバンがシベリアにこっそり尋ねる。
「お友達は人見知りな様だね?」
するとシベリアは突然立て板に水が流れる勢いで喋り出した。どうやら彼は太守の頃を偉く尊敬してるようである。
「そうなんですよ。中々シャイな人なんです。所で今日は貴重なお時間を頂き有難うございました。誰でも申し込めば抽選で対話できるなんてそうそう実現できる政策じゃないです。太守の事は凄く尊敬しています。」
シベリアが太守をそう誉めると何だか茜は誇らしかった。無意識の内に元夫の事を惚れ惚れと見てしまう。
(ちょっと待って、何で私が誇らしく感じなきゃいけない訳?)
アイツと私の関係は偽装。
でもあいつは私の事を好きだって言ったから、私が一方的に惚れられている関係とも言える。
そうよ、だから大事な鍵を惜しげも無く私にくれたのよ...
「要件は確かキーパーツの事でしたね?どうぞお座りください。」
太守に勧められたシベリアとレッドが柔らかいソファーに腰を下ろすとソファーがぐっと沈み尻が隠れた。
(これじゃあイザという時に抜刀がワンテンポ遅れるわ。襲われた時の用心かしら?あいつ中々考えているじゃない。)
レッド扮する茜はそう思ったがそれはこの部屋がレッドゾーン設定(対人攻撃可、物理破壊可能)である事を知っている茜と、この部屋の設定を施した領主自らでしか思い浮かばぬ事であった。
事実、執事に武器を取り上げられることなく入室出来たシベリアはここがグリーン(対人攻撃不可)だと信じ込んでいた。こうなると普通は、剣を抜こうという発想自体が出てこないのだ。
「バン太守、これを見て下さい。」
そう言ってシベリアが取り出したのはとても小さな輝く石。それは世に流通しているどの様な宝石とも異なっていた。自らが七色の光を発しその光がまるで天体の雲の様に絶えず蠢いていた。
「失礼、ちょっと手に取って鑑定させて貰っても?」
シベリアはその光る石を丁寧に差し出されたバンの手のひらに置いた。
若き太守は暫くそれを見つめていたがやがて肩の力を抜くと残念そうに言った。
「うーん、俺の鑑定レベルでは判断できないですね。妻が居れば良かったのですが...」
とたんにレッドの表情が強張った。A/Aではカメラに自撮りされた表情がキャラクターに反映されるためこれは茜本人に発生した動揺を意味している。しかし会話に夢中な二人はそれに気が付かなかった。
「妻?新聞で読みましたが失踪された方ですよね?意外です。噂では貴方の大切な物と一緒に突然居なくなられたというのにその言いぶりではまるで...」
レッドは両手を膝の上で組むとぎゅっと握りしめた。
(早く違う話題になれ、早く違う話題になれ!)
呪文は全く通じず、それどころか何をとち狂ったのか領主バンは立ち上がると、この初対面であるシベリアという男に対して如何に自分が逃げた妻を愛し続けているのかに関して滔々と演説を始めるでは無いか。
「実はそうなんです。勿論今でも愛しています。毎日寝る前に妻の写真を抱いて寝ていますし、勿論待ち受け画面は妻の写真で更には歯ブラシにも妻の名前を書いています。」
(!)
嘘よっ!貴方と一緒に写真何て1枚も取っていないわっ!
そう叫び出したかったが茜は懸命に堪えた。
茜は鍵を持つかもしれないという男子と接触する為にこの男子が通う学校へ潜入した。そのため鍵の簒奪後の事を考慮し、当然の事ながら写真や動画のレンズをひたすら避けていたからである。
だから間違っても彼が写真を抱いて寝る事など在りえなかった。
(抱いて...ねる?)
私の...写真を?
レッドの頬が高揚する。
人前で何言っとるんじゃこの変態!
そう言えばこいつは時々おかしな事を叫び出す奴だった。
むかむかと怒りが込み上げて来て、真っ黒な積乱雲は心の中で恥ずかしさという闇と抱き合うと、ぐるぐる螺旋模様を描き上昇する。
そこへバンの更なる口撃が畳みかけてきた。
「何たって妻ですからね?逃げられたって言っても俺、離婚届とか出して無いし、朝起きたら携帯の待ち受けにチューしますからね?」
聞きもしない事をばらべらとシベリアに吹き込む太守の姿を見るレッドは先ほど迄とはうって変わって、ゴキブリを口に咥えたドブネズミを見るかの如くに白眼である。
しかし彼女に取って一番想定外だったのはシベリアだった。
「そうなんですか?なんだか急に興味が湧いて来ました。教えてください。なぜそんなに好きなんですか?たかがVRですよね?」
ゴクリ。思わずレッドの喉が鳴った。
そして斜め下から太守を覗き込む様にチラ見する。
「シベリア君。愛とは二人の人間が一緒にバカになる事らしいのだよ?」
うがあああ!馬鹿はお前だけで十分だよ。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。身をよじりながら恥辱に打ちのめされ、レッドは顔をプルプル震わせた。
「バカになる...すると如何なるんでしょうか?」
(シ・ベ・リ・ア!本題に戻れよ!)
とうとう我慢できなくなりレッドは肘でシベリアの脇腹を小突いた。
するとシベリアはハッと何かに気が付いてくれた様だ。
「出来るだけ具体的にお願いします。彼も参考にしたいみたいです。」
「うえ~ん!」
遅ればせながらお茶を運んで来た執事のネイサンが、半べそをかいて執務室を飛び出したレッドとぶつかったると、物理破壊可能と設定された空間は無情にも自由落下で床に当たったティーカップを粉々に粉砕した。
それはNPCにも拘わらずやけに人間臭いネイサンが、とても大切にしてお気に入りのティーカップだった。
「あっネイサン!ごめんっ!」
茜は辛うじてそう言い残すと嵐の様に去って行った。
◆ ■ ◆
「はぁぁ~。何やってるんだろ?態々危険を冒してまで菖蒲に来たのにキーパーツの話も聞かずに出て来ちゃった。」
雑踏の片隅で座るレッドは俯きながら弱音を吐いた。
「そもそもあいつが悪いのよ。写真なんか持って無いくせに嘘ばっかり...でも...本当に嘘なのかしら?」
茜はバンとの記憶を探った。
バンの言う事は時々突拍子も無かったが、結果的に後で理由が納得できる事が多かった気がする。
それに関しては彼はもっと事前に説明をするべきなのだが、何故か態と誤解されるような事を言う節もあった。
だが、態とからかっている訳では無さそうだと彼女は感じていた。そしてそれを「彼はすこし会話が不器用であるが、嘘つきでは無い。」と結論づけていた。
...つまり、本当に写真を隠し持っていて朝夕チューチューしているかも...?
(ぶっ殺す!)
茜は自転車の鍵をひっつかむと駅に向かって走り出した。
読んで頂き大変ありがとうございます。