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キューピッドは振り返らない!  作者: 山下香織
第一章 愛という名のもとに
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7・愛を運ぶもの

「なんかさぁ、夜だったら恥ずかしくないかなーって、思ったけどさぁ」


 エリスはアパートの自室でダンボール箱を片付けながら、アテナに語りかける。

 夜間、電柱の陰に全裸で隠れて、女子高生二人を天使の矢に掛けたのは数日前の事だ。


「普通に恥ずかしかった……てか変質者になった気分」

「いやいやエリスちゃん、ちゃんとパンツ履ける子になってから言おうよ。今でも充分変質者だよー」

「え!?」


 エリスはいまだに下着を発見出来ていなかった。ダンボール箱も最初から比べたら減ってはいたが、それでもまだ部屋の三分の一はダンボール箱が占めている。


「スカートめくれなければ見えないから、それはよくない?」

「いやいやエリスちゃん、スカートはめくれるものだと思わないと。今だってお尻見えてるしー」

「え!?」


 パンツを探そうと、ダンボール箱に顔を突っ込んでいるエリスの尻は丸見えだった。


「あ!」

「どうしたの? エリスちゃん」

「よく考えたら、あたしパンツなんて買ってなかったわ!」

「えー、それじゃあ探してもあるわけないよねー?」

「えへへ」

「もー、今から買いに行こうか? エリスちゃん」

「うん、付き合ってくれる?」


 駅ビルのショッピングモールへ向かう事に決めたが、アテナがラブコン(LSCC)を出すようにエリスに求めた。


「どうするの? アテナ」


 なにやら弄っている。


「はい。これでちょっとの反応くらいじゃ鳴らなくなったよー、感度下げたからー」


 人が密集している場所へ行く事への対処だった。街には大なり小なり愛も溢れている事だろう。


「そんな事も出来るのね。すごいねー、アテナは」

「いやいやエリスちゃん、持ち主が知っててよー。取説読もうよー」


 使っているうちに慣れるだろうと、エリスはアテナの言葉も右から左だ。

 

 


 外に出れば、相変わらず大家の桐生一子が竹箒を手に、アパートの前を掃いていた。

 足元には特にゴミが落ちているでもなく、いったい何を掃いているのか謎だ。

 

「おやエリスちゃんとアテナちゃん。おでかけ?」

「うん、パンツ買いに」


 桐生一子のサングラスがキラリと光る。


「エリスちゃん、アンタこないだより受難の相が深くなってるわよ」

「えー、そうなの?」

「しかもやっぱり駅の方角ね。先日強盗事件もあったばかりだし、そっちに行っちゃ駄目よ?」

「うん、わかったー。気を付けるねー」


 そして二人は駅前に向かう。

 アテナもエリス同様、駅に向かう事になんの躊躇いもない。

 生命としての格の違いがそうさせるのだろうか。人間の言葉に耳を貸すという事は、この二人には無いのかも知れない。

 

 いつかの強盗事件の銀行の前まで歩いて来た二人は、気付きもせずに通り過ぎたが、その銀行は事件のあった日から今日までずっと、閉店状態だ。

 強盗全員が原因不明の死を遂げたこの事件はいまだに解決を見ず、現場から消えた関係者と思われる二人組の()()の行方を追っている。銀行は開店の目途も立っていない。

 この事はもちろん、現界専門家(スペシャリスト)たちによる記憶操作が働いている。


「なんだか、いつにもまして賑やかね。アテナ」


 見れば駅前の街路樹すべてに、イルミネーション用に飾り付けが施されており、ショップから流れる音楽もなにやら楽しげで、軽快なテンポのものが聞こえてくる。

 至る所でデコレーションされた街の風景の色は、赤と白と緑だけで覆われたように変貌し、道行く人もどこか浮かれている様子だ。


「えっと、今日がクリスマスイブで、明日がクリスマス……って書いてあるよー、エリスちゃん」


 アテナがいつの間にか取り出した、現界専門家(スペシャリスト)によるアドバイス帳を見ている。


「クリスマス?」

「うん、神の子の誕生を祝うお祭りらしいよ? どこの神だろうねー」

「あたしらの他に神の子が現界に居るの?」

「私たちと違って人間らしいよー? 人間として生まれた神の子? みたいな?」

「どうせゼウスあたりがまた浮気したんでしょ? どんだけ子供作るのよね」

「いやいやエリスちゃん、人のパパ悪く言うのやめてー。いやその通りなんだけどー」

 

 その時、エリスのコンパクト(ラブコン)がブブブと震えた。マナーモードだ。


「なあに? ママ」

「エリス、とってもとっても緊急事態ですわ」


 開いたコンパクトに映る、母アフロディーテの柔らかな表情と声が、まるで切迫した様子に思わせない。


「どうしたの?」

「よく聞いてちょうだい、エリス。現界専門家(スペシャリスト)たちの情報によると、とっても巨大な『愛』がそちらに移動しているようなのです」

「巨大な愛? そっちってどっち?」

「どうやらそれはエリスを目指しているようですわ。つまり神の子が……あ、たった今入った情報によりますと……」


 コンパクトの画面にチラリと映る、A四サイズ程の用紙を差し出す手。アフロディーテはそれを受け取り、ニュース番組の女性アナウンサーよろしく最新情報を伝える。

 

「移動中の『愛』の分析結果が出たようです。どうやら神界を救うだけのパワーがそのひとつに籠められているようですわ。とってもとっても、おっきぃ……のですわ」

「えー、それひとつで神界救えちゃうの? しかもあたしに向かってるの?」

「そうですわエリス。この『愛』は神の子を求めて目指しているのです。是非このチャンスをものにしてくださいね」

「わかったわママ。なんとかしてみるねー」


 女神アフロディーテは最後に、移動中の『愛』の残りの情報をエリスに伝える。


「到着予想時刻は二十四日の深夜零時よ。分類(カテゴリー)不明(アンノウン)、個体名は『サンタクロース』よ」


  

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