3・キューピッドは女子高生!・2
「しかし時間ギリギリに来るとは、いい根性してるな。すぐに教室に行くぞ!」
「はい。よろしくお願いいたします」
「おっす」
エリスたちは一年生である。
仏田に付いて行った先は、一年二組の教室だ。
「ここがお前たちの教室だ。入るぞ」
教室には既に生徒たちが揃っているようで、ざわざわと騒がしかったが、仏田が扉を開けると一瞬で静かになった。
「よーし転入生だお前ら。紹介するぞ」
この学校に、起立・礼・着席などの号令はない。仏田はそのまま教壇に立ち、扉で待機する二人を呼んだ。
「愛野エリスと芽手巣アテナだ。外国での生活が長かったようなので、そのつもりで接してやってくれ」
「芽手巣アテナです。よろしくお願いいたします」
「エリスだよ。よろー」
静かに御辞儀をするアテナと、元気よく手を振るエリス。
「おい、二人とも可愛いぞ」
「なにあの子金髪よー金髪」
「可愛すぎかよ」
「めっちゃタイプなんだが」
「俺、右側」
「ほそーい」
「くんかくんか」
教室中が一斉に騒がしくなった所で、仏田が一喝する。
「静かにしろー! 席に着いていいぞ二人とも。窓際の一番後ろの並びだ」
仏田の言葉に、生徒たちがその位置に視線を送る。
「あれ、ここ空いてたっけ?」
「いつの間にか席空いてね?」
「誰か座ってなかったか? ここ」
エリスたちが現界で生活する上で、至る所に現界専門家たちの手が入っていた。
精神感応型の記憶操作によって、エリスたちに都合のいいように、記憶をすり替えられてしまっていたのだ。
それはエリスたちが係るであろうすべての空間において張り巡らせてある。『一流荘』の大家も当然その範疇だ。
エリスが席に着こうとしたその時、ポケットのコンパクトミラーがプルプルと震えた。マナーモードだ。
「ママから連絡?」
エリスはコンパクトを取り出して開くと、そこには――
『ラブ・センサー 反応 大』
――の文字が表示されている。
「なんだろ……これ」
アテナが横からそれを覗く。
「エリスちゃん。近くに大きな結晶が取れる人が居るんだよーそれ」
「なんでアテナが分かるのよ」
「いやいやエリスちゃん。取説くらい読もうよ。私エリスちゃんのサポートだよー『ラブコン』(ラブ・センサー・コンパクト・コントローラー)の取説くらい読んでるよー」
エリスはそんなものを読んでもいないし、コンパクトに通信以外の機能がある事なども知らなかった。
「そうなの? で、どうすればいいのかしら、これ」
「もちろんモードチェンジして回収だよー、エリスちゃん」
「ちょっと待って。ここで変身しろっての? みんなの前で全裸になれと?」
エリスは躊躇った。
「大丈夫だよー、エリスちゃん。見た人の記憶は操作されて、忘れちゃうからぁ」
モードチェンジがどのようなものかも、よく理解しているアテナは、エリスの今の心中を察している。
「だからって今見られるのは変わらないわよね? 忘れるまで記憶されてるわよね? そういう目で見られるのよね?」
「すぐに終わらせれば、すぐに忘れるよー。頑張れぇエリスちゃん」
「ひ、他人事 だと思って……」
エリスは覚悟しきれないでいた。
あの時の羞恥は忘れられない。
――なのに何故ノーパンで居られるのか。エリスの羞恥の基準は誰にも測れないだろう。
「おーい、そこー。早く座れー」
仏田が注意してきた。
「もう、どうにでもなれ!」
エリスはコンパクトを持った腕を水平に伸ばして、教室をスキャンし始めた。取説は読まなくても本能で理解するタイプだ。
ある方向でブブブと大きく震えた。――「そこね!」 エリスはその先に居る男子生徒を睨む。
「標的、確認!」
変身する前から顔を赤くし、エリスはモードチェンジの掛け声を口にする。
「チェンジ! モード・エロス!」
シュワワと光が集まり、エリスの制服を分解してゆく。
背中には申し訳程度の一対の小さな白い羽が生え、エリスは愛の女神エロスの化身となり、キューピッドの能力を授かる。
相変わらず足元には履物が残るようだ。エリスはローファーだけの全裸になり、弓を出現させる。
「キューピッズ・ボウ!」
その時には既に、教室中の視線が集まっていた。
「おいおい! 裸になってるぞ!」
「転校生は変態だったーー!」
「女の裸はじめて見た」
「きゃああああああ!」
「胸ちっさ!」
「高校生なのにまだ生えてねーし」
「おまわりさーーーーん」
「ハァ……ハァ」
エリスは羞恥で顔を真っ赤にし、ターゲットに弓を向ける。
「アンタがリア充ね! 爆発しなさい!」
弓を全裸で向けられた男子生徒は目を大きく見開き、口元は引き攣っている。驚いていいのか喜んでいいのか、分からない顔をしていた。
番えた矢の先端は、鉛色に鈍く輝く。
エリスが躊躇いもせずに放つと、至近距離の男子生徒の胸にあっという間に突き刺さる。
瞬間、光となって矢は消え、生徒の胸からは、赤いハート型の結晶が浮き上がった。
エリスはその結晶が、推定Bカップの自分の胸に吸い込まれて行くのを感じながら、教室から廊下へと飛び出す。
「チェンジ! モード・キャンセル!」
シュワワと光が制服を形成してゆく。
まだ完全に服の再生が終わらないまま、全力疾走するエリス。
いくら記憶が操作されて、みんなが忘れると言われても、たった今この場の羞恥心は治まらない。
とてもじゃないが居たたまれなくて、教室を飛び出したのだ。
「もう! なんでこんな恥ずかしい目にあわなきゃならないのよぉぉ! 」
学校の廊下を駆け抜けるエリスの目には、涙が溜まっている。
せっかく制服を着たのだが、全力疾走のためスカートの裾は捲れ、ノーパンの生尻をチラチラと見せてしまっている事に気付かないエリス。
「エリスちゃ~~~ん」
背後からエリスを追いかける、アテナののんびりとした声が廊下に響いた。
エリスの足は止まらない。
今日もエリスは振り返る事なく、走るのだった。