14・未知との遭遇
「ようしみんな! 転校生だぞ! 入って来なさい!」
担任の仏田が教室の入り口の扉に向かって呼びかけると、小柄な制服姿の少女がしずしずと入ってくる。
両手で鞄を前に持ち、俯き加減で前に少し垂れるウェーブのかかった長い金髪が、優雅に揺れていた。
教壇の前に立ち、顔を上げるとその美貌が露わになり、薄く赤い唇が開いた。
「九結カーミラじゃ。なんじゃ若いのがたくさん居るの。遠慮なく妾に処女の血を差し出すがよい」
(あーまたなんか痛いのが来た)
(どう見ても小学生なんだが)
(真正ロリきたーーーっ!)
(もうロリコンでいいや)
(㌔㍉コン)
(ハアハア)
途端に騒然となる教室だが、三人だけは冷ややかな視線を向けていた。
「学校の生徒にする必要あったの?」
後ろの席のエリスに振り向き、カーミラを指差すクローズ。
「すべてママにまかせたから……まあいいんじゃないかしら。学校なら食事にも困らないでしょ」
「だからって見た目十歳を高校生にするか? 普通」
仏田はクローズの隣に視線を向けると、カーミラに指示をする。
「じゃあ九結は三田の隣に座りなさい」
クローズの隣の席が空いていた。――相変わらずエリスを取り巻く環境は良いように操作されているが、元からこの席に居た生徒はいったいどこへ消えたというのか。
「お前その制服……無理ないか?」
クローズの、隣の席に来たカーミラを見た感想がそれだ。
どう見ても小学生が、高校の制服を着ているように見える。――コスプレ状態だ。
「来てやったのじゃ。感謝するがよい。――ところで妾の朝食はまだかえ? 適当に選んでもいいのかの」
吸血姫が朝食をご所望された時、教室の扉が勢いよく開かれた。
「こらあ! お前ら! 俺を見捨てただろう!?」
亀頭大がエリスたちを睨んでいた。生きていたらしい。
つかつかとエリスの前に来る彼の格好は、制服に着替えていた。
「誰?」
エリスのその言葉に、愕然とするキトーは言い詰まる。
「お、おま、おま……」
「朝から卑猥な単語口にするなよ? キトー。いや、お前の名前が既に卑猥だった! きゃはは!」
――クローズの絡みに顔をひきつらせるキトー。
「いやいやキトーさん。心配しましたよー」
と、無表情のアテナ。
「お前も棒読みやめろ! 俺がどれだけ苦労して暗黒空間から抜けてきたかわからねえだろ!」
「てか生きてた事にびっくりだわ。アンタたいしたもんだよ、うん」
「俺だってなー、伊達に『|世界トレジャー・ハンター協会《I T H A》』の世界ランクキング上位の常連やってねえんだよ!」
キトーが握りこぶしを作り力説した所で、カーミラが跳躍する。
「もうこいつでいいのじゃ。かぷ」
「アッ――」
カーミラがキトーの背後からその首筋に牙を立て、朝食にありついた。
「ママに言われてると思うけど、眷属にしちゃダメよ?」
くぴくぴと喉を鳴らし、口の端から血を滴らせるカーミラの瞳の赤は、光を増して輝く。
「おーい、お前ら。また先生困らす気かあ? 先生泣いちゃうぞー。いや、流血はまずいんじゃないかな?」
キトーにおんぶする形でしがみ付き、首筋をちゅうちゅうさせていたカーミラだが、その抱き付いている身体が干からび始めた。
「んぱっ」
牙を抜き背中から飛び降りると、あはれ朝食の残飯と化したキトーは、顔面から床に倒れ込んだ。
「死んだんじゃないの?」
「大丈夫じゃ。この道二千年の妾に抜かりはないのじゃ」
干し柿のようになったキトーはピクリともしない。
「おーい誰か保健室連れてけー。先生は何も見てないぞー、見てないからなー」
終始無視される仏田は、もうエリスたちに係りたくないようだ。
だがキトーは立ち上がった。――徐々に元の体を取り戻してゆく。
「おお……妾の分泌液を中和しおったのじゃ。こやつ、ニンゲンのくせにやりおる」
ほぼ元通りになった体のキトーは、カーミラを睨んだ。
「てめー、俺が吸血対策を何もしてねえはずがねえだろ。『|世界トレジャー・ハンター協会《I T H A》』の世界ランクキング上位の常連の俺をなめるなよ」
「キトー、アンタさっきから上位上位って、いったいランキング何位なのさ」
クローズの問いに、キトーは誇らしげに答える。
「俺のランクは――聞いて驚け―― 一万二千三百五十七位だ!」
「「「……」」」
――皆、突っ込んでいいのか迷っていた。
「それって凄いの?」
「あたりまえだ! なんてったって会員は五億人居るからな」
「「「……」」」
世界人口のおよそ、十六分の一がトレジャー・ハンター会員らしい。
自分の知らないうちに、会員にされている者も居そうな数値だ。
それはもはや『宝探しごっこ』をしている子供たちも入っているに違いない。
「俺の凄さが分かって黙ってしまったか。――そうだ、お前たちが『悪魔公』を滅ぼしたおかげであの魔界は閉じたぞ。あの世界は同じ地球のどこかではあるんだが、『悪魔公』の支配により『魔界化』してしまっていた。この世界の何処にあったかは特定されていないが、今頃その地域は元通りになっていることだろう」
『|世界トレジャー・ハンター協会《I T H A》』の世界ランクキング上位の彼はその手の情報に詳しかった。
その時突然、教室が大きく揺れた。
「なんだ!?」
「地震だ!」
騒然とする教室の中で、ほぼ窓際に固まっているエリスたちは外を見ていた。
そこには――
雲を割って現れた最初のそれを先頭に、次から次へと姿を見せる丸い塊たち。
やがて空を埋め尽くしたその大群は動きを止め、停滞する。
陽の光を反射させる表面は金属のようだ。
――未確認飛行物体。
「妾を迎えに来たか……なるほど、あの世界から出たせいじゃな」
吸血姫カーミラが、ひとり呟いた。