13・エイリアン魔界学園・D(3)
「外のワーウルフはどうした?」
書斎と思われる部屋で、革張り一人掛けのチェスターフィールドチェアに腰かけた黒マントの男は、全裸のエリスに尋ねた。
「狼男の事? 皆天に召されたわ。ガイコツとかでっかい蝙蝠とかいろいろ含めて全部よ」
城に潜むアンデッド・モンスターに対してエリスの《天使の弓》は相性が良すぎた。
その属性からかアンデッドたちはエリスの矢を受けると、たちまち光の塵となって消えていったのだ。
エロスモードで弓を使い続けていたため、エリスは今も全裸だ。難なく辿りついたこの部屋は――悪魔公と呼ばれる男の部屋だった。
「ここまで『愛』はひとつも回収できなかったわ……あなたはどうなのかしら」
エリスは掌にラブコンを出現させ、男に向ける。
「反応ないじゃない。アテナ、どういう事?」
「学校の音楽室まで反応が届くくらいだから、すごく大きな結晶だと思ったけど、どこに隠れちゃったんだろねー」
アテナも分からないという様子で首をかしげている。
「ていうかさあ、そろそろ面白いもの見せて欲しいのよね。アンタが簡単にモンスター倒しちゃうから、超~つまんないんですけど」
クローズは不満げにふくれっ面をしている。
「おい貴様ら、私の前で何を好き勝手な事を言っておるのだ。――私を誰だと思っておる? この世界に三千年君臨するヴラド公と言えば私の事――」
「悪魔公でしょ?」
言いながら放つエリスの矢は男――ヴラド公の胸に突き刺さり、一瞬だけ光り輝くと塵となって消えた――そのヴラド公の身体ごとだ。
断末魔もなにもない。すべて刹那のうちに終わった。
「あちゃー、ラスボスも一発で終わり? アンタもうちょっと盛り上げなさいよ!」
「うるさいわね! ずっと裸で居させられてるあたしの身にもなりなさいよ! チェンジ! モード・キャンセル!」
エリスは元のワンピース姿に戻り、両手を腰にあて、頬をふくらませている。
「どこを探せばいいんだろうねー、エリスちゃん」
そう言うアテナの胸から小さな手が生えていた。
同時にピーッ! とラブコンが極大の反応を示す。
「え?」
「なんじゃお前、なぜ心臓がないのじゃ?」
アテナの後ろにゴスロリ風の金髪の少女が密着していた。どうやらその手がアテナの胸を貫通させているようだ。
少女はアテナの体から手を引き抜くが、少量の血も付いていない。
「どこから湧いて出たのー?」
胸を貫通されていたアテナが、痛みも何も感じていないかのように訊いた。
実際、神界の者は現界で何をされても、ダメージを受ける事はないのだ。
「妾を虫のように言うな小娘。妾を誰とこころえ……」
「チェンジ! モード・エロス!」
「こいつがラスボスか!?」
「妾の話を聞かんか小娘ども! 妾は二千年の時を……うきゃう!」
エリスの電光石火の矢が、少女の胸を貫いた。
「あついあついあついのじゃ!」
金髪ゴスロリ風の少女は、矢の消えた胸の部分をパタパタと手で叩きながら、走り回っていた。
十歳程に見える少女のその姿は、どこかコミカルだ。
「むー、『愛』が奪えないよアテナ! ラブコンが極大反応してるのに!」
「もしかして種類が違うのかなー、エリスちゃん。この子に訊いてみようよ」
走り回るのを止めて立ち止まるも、まだ胸をパタパタさせているゴスロリチックな少女に目線を合わせるべく、アテナはしゃがんだ。
「ねえあなた、あなたの中にとても大きなパワーがあるようだけど、それってなんなのか教えてくれないかなー」
「な、何を言っておるのじゃ……小娘が。パワーだと? ふん、妾そのものがパワーじゃ、チカラじゃ。そしてこのカラダは二千年もの時を掛けて吸い続けてきた血で出来ておるのじゃ。あえて言うのであれば血じゃ。血が妾であり、妾が血であるのじゃ」
「なに言ってるのかわかんないわね、アテナどいて。もっかい試してみるわ」
エリスが再び弓を構えると、ゴスロリ少女は長い金髪を振り乱して慌てた。
「ま、待て! 待つのじゃ! さっきのは痛かった、熱かった! 妾に痛みをもたらす者よ、許せ! 許してたも! うぎゃう!」
たとえ少女が懇願しようとも、容赦のないエリスの矢は再び胸を貫く。
「あついあついあついのじゃ!」
再び走り回り、先程の再現をする少女。やはり『愛』の結晶は奪えないようだ。
「アンタら容赦ないな……子供いじめんなよ、てか先に手を出したのはそいつか」
「だったらあなたがその『愛』よこしなさいよ。それがあれば神界は救われるのよ」
「やなこった。アタシは神界が滅ぶのを楽しみにしてんだ。奪えるものなら奪ってみな」
見ればゴスロリ少女は、床に女の子座りしてヨヨヨと泣いていた。
「悪かったわよ……いじめるつもりじゃなかったんだけど……もうしないから」
「ホントに? くすん」
ウルウルさせる少女の瞳の色は、赤だ。
「うんうん。もうしないわ」
ゴスロリ少女はすっくと立ち上がる。腰まである金髪は大きくウェーブし、黒を基調としたゴシック&ロリータファッションのスカートは裾が綺麗に広がり、レースがふんだんにあしらわれている。それを両手でパタパタと叩くとそのまま腰に手をあてた。
「小娘よ、不死の妾に痛みを与えた技に免じて、妾の前で名乗る事を許そう」
「はあ? まずは自分から名乗るんじゃねーの? ガキ!」
なぜかクローズがキレて、少女の頭を拳でグリグリしている。
「あう……わ、妾は二千年の時を生きる吸血姫……カーミラじゃ」
「二千年しか生きてないの? やっぱり子供ね」
そういうエリスはいったい、何年の時を生きてきたというのだろうか。
「貴様らが殺したヴラド公はこの城の主じゃ。そしてこの世界の主でもあった。ヴラド公が滅んだ事でこの世界は消えるじゃろう。そして妾は今でこそ吸血姫じゃがこの世界のものではないのじゃ。実は妾は……」
「結局無駄足だったのね。帰ろうかアテナ」
「そうだねー、エリスちゃん。たぶんこの子の中の『血』が『愛』と間違えられて誤反応したんじゃないかなー」
「どんだけ濃い~血が詰まってんのかしらね、この子」
興味を無くした三人は踵を返して、部屋を出ようとしていた。
「ちょっと待つのじゃ! 気にならないのかえ? 今いい所じゃったろう? 話の途中じゃったろう?」
「そんなに話したいの? 聞いてもいいけど手短にしてね」
面倒くさそうな顔のクローズの許しを得て、吸血姫カーミラは二千年もの間、誰にも言った事のない話を口にする。
「実は妾は違う星から来たのじゃ! この星で言う所の異星人なのじゃ! どうじゃ、驚いたろう?」
「はい撤収」
「ちょっと待つのじゃ! おかしいのじゃ! その反応は、ちょっとおかしいのじゃ!」
「アンタ何が言いたいのよ? たかが違う星から来たってだけでしょ? だからどうしたってのよ。こちとら神界出身よ!?」
呆れ顔のクローズが言い放つ。
「神界……じゃと?」
その時、エリスのラブコンがぶぶぶと震えた。センサーは既に切ってある。通信機能だ。
コンパクトを開くと、鏡の部分に女神アフロディーテが映しだされた。
「なあに? ママ」
「エリス、そこにセンサーの反応があった対象はまだ居ますか?」
カーミラをチラリと見るエリス。
「いるわよママ、どうしたの?」
「その者は保険とします。ラブコンに反応があったのなら可能性はあるのですわ。とってもとっても低いのですけど」
「そうなの? じゃあ連れて戻ればいいのね?」
「はい、お願いねエリス。とってもとっても愛してるわ」
「あたしも愛してるよっ、ママ」
吸血姫カーミラは『外宇宙生命体』だった。ヴラド公が天使の矢で滅んでもカーミラがそうならなかったのはここに原因があったのだ。
「じゃあ大人しくついて来てね、カーミラ」
「ふ……ふえ?」
エリスの手によってエイリアンが一匹、捕獲された。
訳も分からずに手を引かれる、カーミラの顔は泣きそうだ。
「ふええ!?」




