11・エイリアン魔界学園・D(1)
「これでよしっと」
エリスは今、自分の通う高校の赤外線レーザー装置をラブコンで解除した所だ。
時は深夜二時。無人となるこの時間は機械警備へと切り替わり、センサーに引っかかるとたちまち警備会社と警察へ通報される。
「音楽室だっけ?」
「うん。そうだよー、エリスちゃん」
二人は昼間、音楽室の付近で『愛』をラブコンで感知していたが、その正体を掴めていなかった。
そこには誰も居なかったのだ。何故センサーに反応があったのか分かぬまま、音楽室に何かあるだろうとアタリだけ付けて一度帰宅し、誰も居ない深夜にあらためて調べに来ていた。
真っ暗な廊下を、明かりも無しに進む二人の足取りは確かだ。
「そういえばアテナ、あたしなんかゼウスに殺された気がするのは気のせいかな?」
「いやいやエリスちゃん。いったいなんの話をしているのかな?」
「なんとなくなんだけど、そんな気がして仕方ないのよ」
「いやいやエリスちゃん。たぶん夢でも見たんじゃないかな? うん、きっとそうだと思うよー」
「そうなのかなあ・・・・・・ま、いっか」
アテナがほっと胸を撫で下ろしたのを、エリスは気付かない。
「ここね」
音楽室の扉を開くと、窓からの月明かりが朧に室内を照らしている。
窓際にピアノが設置され、壁には五大作曲家たちの肖像画が見下ろしていた。
エリスはラブコンを手にすると腕を水平に伸ばす。
ゆっくりと移動すると、ある場所でぶぶぶとセンサーが反応した。
「ここねアテナ」
「でもこれってただの絵だよねー、エリスちゃん」
二人の前にはバッハの肖像画があった。人ではない物から何故反応があるのだろうか。
「チェンジ! モード・エロス!」
暗い室内で一際輝くエリスは、服を光に分解させて女神エロスの化身となる。
キューピッドの力を宿したその身体は、背中に申し訳程度の羽を生えさせ、いつも通り全裸だ。
月明かりのシャワーを浴びるエリスの美貌は、黙っていれば美しい。
無言でいきなり矢を放つエリス。
しかしバッハの眉間に突き刺さった矢は消え、何もおこらない。
「やっぱりただの絵よね」
「ちょっと待って、エリスちゃん」
アテナは椅子を引っ張り出してきて、壁の上方にある肖像画を手にした。
「穴が開いてるよー、エリスちゃん」
バッハの肖像画の裏には、人ひとりがギリギリ入れるだろうかという穴が開いていた。
エリスも椅子に乗って確かめる。
「結構奥まで続いてそうね」
「入ってみる?」
ラブコンも反応している。この奥に何かがあるのは確実だ。
「おっと、先客が居たとはびっくりだぜ……ってぶふおあ!」
突然音楽室の扉に現れた少年が、エリスの全裸を見て鼻血を勢いよく噴き出していた。
「誰?」
「ちょっと……まって……鼻血とまんねえ」
「うふふ。若いのね……」
この声は――クローズだ。
「クローズ! なんでここに居るのよ!」
エリスは少年を忘れてクローズを睨む。
クローズは鼻血の少年を押しのけて、音楽室へ入ってきた。
「深夜はアタシの活動時間よ? そんな時間にアンタが動き出したら追ってくるに決まってるじゃない」
夜のクローズは胸と腰だけを隠した黒のボンデージ姿だ。
「あ……よけいに鼻血が……」
サキュバスの刺激も追加されて鼻血の止まらない少年は床に座り込み、上を向いて鼻血の流出を抑えようとしている。
「ところで、その穴はなんなの? どこに繋がってるのかしら」
「その先は……魔界だよ」
クローズの問いに答えたのは少年だった。
ショルダーバッグからティッシュを取り出し、鼻に詰めた少年は立ち上がってエリスを見て――また床に座り込んでしまった。
「エリスちゃんが裸だと、話も出来ないんじゃないかなー」
「そ、そうね……チェンジ! モード・キャンセル!」
シュワワと元の姿に戻ったエリスは、これでいいだろうと少年を見る。
「出血多量で死ぬかと思った……」
新しいティッシュを鼻に詰めた少年は再び立ち上がる。
「で、あなたは誰?」
エリスをようやく直視できた少年は――
「俺は一年二組、亀頭 大……トレジャー・ハンターだ」
――クラスメイトだった。
「「「ふーん」」」
「じゃアテナ、この穴入ってみようか」
「うん、そうだねエリスちゃん」
「ならアタシも付いてくよん。面白そうじゃん」
「ちょっとちょっと、君たち。反応薄すぎじゃない? クラスメイトだったの? とかトレジャー・ハンターってなに? とか魔界ってなに? とかないの?」
「じゃあ『キガシラ』ってどういう字書くの? まさか『亀』の『頭』じゃないわよね? きゃはは!」
クローズのツッコミに顔を赤くした亀頭は叫ぶ。
「聞くとこそこかよ! そうだよ! 亀の頭だよ! でも『キガシラ』だからな! 間違えんなよ!」
「あは! アンタ下の名前なんだっけ、『大』? ぷっ……『キトウ・ダイ』って……ぷぷぷぷぷ!」
「笑うなあ!」
「あはは! 超~ウケる! まぢヤバい……きゃはは! ……いやあアタシは好きだよ? その名前。だからアンタは今から『キトー』だ。そう呼ぶわ」
クローズには大ウケだが、亀頭は涙目だ。
「エリスちゃん、お先にどうぞー」
「うん。行こうか」
エリスが椅子に乗り、肖像画の外された壁の穴に手を掛けてよじ登る。
上半身を穴に潜らせた所で、外に向けた尻がワンピースの裾から丸出しになった。――下着を着けない生尻だ。
「ぶふおお!」
亀頭が再び、鼻血を大量に流血させているのを尻目に、三人は穴へと潜ってゆくのだった。




