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目覚めし者

 斬殺、撲殺、殴殺、刺殺、毒殺、圧殺、射殺。出血死、轢死、焼死、窒息死、水死、感電死、凍死。そして爆死。

 沢山のオレが死んでいく。死んでいくのを黙って見てきた。本当ならオレも死ぬはずだった。

 

 だからだろう。オレは何度だって考える。生まれた時から答えが出ている問いに、別の答えを当てはめるために――




 ――揺れている。


 そのことに気付いて目を覚ます。


「地震か」 


 揺れているのはオレの体ではなく地面だった。なかなか大きい地震だ。

 地震が止まるのを待ってから体を起こして立ち上がる。

 体が重い。意識も少しぼんやりしている。

 何故か裸だったので木の棒に立て掛けてあった服を身に着ける。

 そして着替えている途中で思い出した。


 何があったのか、どうしてオレが眠っていたかも全てだ。

 分からないのはこの場所だけか。



「目覚めたか、センリ」


「……丁度今な」


 オレの名を呼ぶ声。

 気配も音も全く感じなかった。だが、それを知覚した瞬間に強烈な存在感を醸し出す。


「あの【終の執行者】さんが、わざわざオレが目覚める時を待っててくれたのか?」


「まさか」


 【終の執行者】カイム・ライナイトはオレの横を素通りし、カプセル型の装置に手の平を向けた。

 その手の平から生まれた黒い球は装置を丸ごと飲み込み、本人の手元へと戻っていく。後に残った物は何もなく、装置は綺麗さっぱり消えていた。


「何だ、今の力は?」


「…………」


 沈黙。答えは返ってこない。


「……世界は新しく創り変わったのか?」


「ああ。協力に感謝する」


「別に協力した覚えはないけどな」


 たまたま利害が一致しただけだ。

 

「それじゃあな」


「……」


 こんな洞窟の中に居ても分かることは何もない。

 風の流れを辿って歩き、さっさと洞窟を抜ける。

 

「へぇ……」


 沢山の木々があった。大地に力強く根を張り、葉っぱの一枚一枚が緑で彩られて生命の息吹が感じ取れる。血と硝煙と肉の焼け焦げた臭いは全くない、肺を痛めない澄んだ空気。木々の奥から聞こえる鳥の鳴き声に他の小さな生き物の気配。ガサガサと草花を揺らして兎が顔を出す。


「そうか」

 

 これが、森か。

 眼前に広がるこの光景こそが、あの世界にはなかった自然と呼ばれるものなのか。

 柄にもなく胸を昂揚させて、オレは森の中を歩きだす。

 木々を避けながら真っ直ぐと進める所まで進んでいく。

 その途中で虫や鳥、動物の姿を何度も目にした。知識としては知っていたが、初めて見る生物たちには大変興味が惹かれる。

 そのうちペットを飼ってみるのもいいかもしれないな。


 一時間ほど歩いていたら広い草原に出た。

 森の中では殆ど届かなかった日の光が全身に降り注ぐ。数えるほどしか見たことのない太陽は暖かで眩しい光を届けてくれる。前方から吹き抜ける涼やかな風が肌を撫でた。爽快だ。空気が美味しいとは、きっとこういうことを言うのだろう。


 オレはまた少し歩いて、整備された街道を見つける。そして丁度いいタイミングで馬車がオレの前を通り過ぎた。

 

「ほっ」


 前に座る馬車の運転手と小太りな男には内緒で、オレは後ろから馬車に乗り込んだ。馬車が運ぶ大きな荷物。その荷物に覆い被さる布を少しずらし鉄格子を掴む。大した速度ではないが、これで万が一も振り落とされることはなくなった。


「――」


 鉄格子の内側にいる彼らと目が合う。

 数は七人。全員が薄汚れた麻の服を着ており、そして子供だ。皆、表情に明るさといった感情はない。

 何だったかな。彼らを指す言葉は確か……。


「奴隷か」


 何人かの子供がオレの言葉に大きく反応するが、泣きそうな顔で唇を噛むだけだった。


 それから三十分ほど馬車に揺られ、馬車は城壁の前に辿り着く。すると武器を手にした人間は数人、馬車に向かって近付いて来た。 相手は門兵で荷物の確認、検閲といったところだろう。

 見つかっても大して問題になる相手ではないが、隠れたほうが面倒は少なそうだ。

 オレは門兵の死角を突いて荷物の裏に張り付く。

 奴隷が喋ったらバレるが、それならそれでいいかと考えながら数分だけ荷物の裏でやり過ごした。


「はっ、すげぇな」


 城壁を超えると、そこには多くの人間が生きていた。倒壊している建物などは一つもなく、死体だってどこにも見当たらない。異臭も鼻につかない。

 オレの知る街とは全く違う。

 これが、オレが生まれる前にあった、正常な街の光景か。


 さて、これからどうするか。

 奴隷の一人と再び目が合う。オレの今の感情とは正反対に、彼らは街に入ってから緊張に身を固くしている。


 ふむ。


 奴隷のような奴は大勢いたし、オレも似たようなものだったが、本物の奴隷を見るのも今日が初めてだ。だから興味が生まれるのはごく自然なこと。


 時間が有限にある。奴隷がどんなものか。奴隷が売られている場所に行ってみることに決めた。

 

 馬車が建物の裏手に回り減速していくのを確認してから馬車を降りる。そしてその前にある建物へと入った。


 当たりだ。 

 店の中にある沢山の檻。一つの檻に二、三人の奴隷が閉じ込められていた。檻の中の奴隷達の首には首輪が嵌められており、足には鎖が付けられている。


 オレの他にも数人の客が居た。オレも彼らに倣い、近くにある檻から順に商品(・・)を眺める。どいつもこいつも馬車にいた奴隷たちと同じ恰好。奴隷服を着ており、暗澹たる表情を浮かべている。面白味のない見慣れた顔だ。


「奴隷ね」


 見るのは初めてだが、知識としてはちゃんと知っている。

 自由、権利、名誉を奪われ、道具として扱われる人間のことだ。


「お客様、どういったモノ(・・)をお探しでしょうか?」


 無精髭を生やした男がオレに近づいてくる。

 別に奴隷が欲しいわけで此処に来たわけじゃない。後で欲しくなるかもしれないが、今はいらない。

 なので用はないと言おうとしたが、せっかくなので別の言葉を口にする。


「なあ、奴隷ってどうやったら生まれるんだ?」


「それは売られたからでしょう? お金に困窮して子供や女を売る。どこにでもある話です。そしてそれをまた買う人間がいるから商売が成り立つからですよ」


「それだけか?」


「ええ、基本的にはそうですね」


 店の男はへつらうような顔で笑う。


 なんだ、ここにいる商品(・・)は生まれつき奴隷というわけじゃないのか。


「奴隷はどんなことに使われてるんだ?」


「そりゃ、お客様の欲望を受け止める為でしょう。働かせたり愛玩具として扱ったり、悲鳴を聞くのが好きだっていうお客様もいましたね」


「……」


 その言葉に新しい発見はなかった。オレの知る知識通りだ。


「機会があればまた来させてもらうさ」


「ええ、お待ちしております」


 オレは行きとは違う別の通路で、商品を見ながら出口に向かって歩く。



 そして、オレは檻の中にいる一人の少女と目が合った。

 刹那、脳裏に映し出される彼女の姿。

 出会いと、その最期の光景がフラッシュバックされる。

 

「はっ……」


 まるで生き写しのように、奴隷の少女は彼女によく似ていた。

 顔の輪郭、紫水晶のように透き通った瞳や少し垂れた目も、鼻の形だってそっくりだ。

 違うのは少女の持つ髪の色がが桃色だということと、彼女よりも若く幼く体が育っていないことぐらいである。


「…………」


 外見は恐ろしく似ているが、しかし中身は全くの別物だ。

 力も何も感じないただの生娘。檻の中に閉じ込められた憐れな少女。弱者だ。

 

「おい。あれが欲しいんだけど」


 店の男はオレが指す少女を見る。


「あれは金貨十枚です」


「あっ? 金貨?」


「高いとお思いかもしれませんが、適正価格ですよ、お客さん」


「いや、そうじゃなくて」


 オレは過去に一度だって金を持ったことがない。あの世界に金なんて必要なかった。金なんてクソほどに何の役にも立たない代物だったからだ。


「もしかしてお客さんお金が」


 オレの態度から何かを察したのか、店の男は露骨に眉をひそめる。

 その顔が癪に障った。


「めんどくさいな」


 閉ざされた扉を蹴り破る。 

 力を使うまでもない。脆い扉だ。


「なぁっ!!?」


「っ!?」


 店の男が仰天し、彼女に似た少女も唖然としている。


「行くぞ」


「え、あの……でもっ」


 声はそこまで似ていなかった。年相応の覇気のない気の抜けた声だ。


「行くぞ。それとも此処に居たいか?」


「っ、いえ」


「ふざけるな! 捕らえろ!!」


 店の男が怒鳴り声を上げ、オレの背後に武器を持った二人の男が立つ。固唾を呑んだような顔でオレに武器を突きつけてきた。


「な、何をしている!? さっさと捕まえろ! いや、殺しても構わない!」


「殺す?」


 コイツ等がオレを?

 センスのない冗談だ。


「速く立てよ」

 

 少女の足に付けられた鎖を足で踏み潰す。これなら自由に動けるだろう


「は、はい」


 少女が戸惑いながらも立ち上がり、小さな歩幅で一歩だけオレに近付く。少女はオレに向け手を伸ばすもすぐに引っ込め、武器を突き付ける男たちを真っ直ぐに見つめ返えした。

 足元は震えているが、まあ悪くない目だと思った。


「道を塞ぐな。退けよ」


「っ!!?」


「お、おい!?」


 男達は素直に、よろめくように後退していく。


「うぐっ!?」


 出口に向かって歩いていると、後ろにいた少女が呻き声を上げた。

 見ると、首に嵌められた鉄の首輪を苦しそうに掴んでいる。


 なんだ。やっぱり飾りじゃなかったのか。

 見たところ首輪の効果は嵌められた者の首を絞めるだけのようだ。爆発とかされれば面倒だったが、『奴等』が生み出した隷属の首輪に比べれば玩具に等しい。


 オレは剣を手に取り、淡く光っていた少女の首輪を斬り落とす。

 首輪から解放された少女は苦しそうに咳き込みながら床の上にへたり込んだ。首を絞められる程度で情けないと思いながらも少し待ってやる。


 その間にオレは少女の後ろに目を向けると、店の男は手にしわくちゃな紙を持ったまま固まっていた。あの様子じゃもう何もないだろう。

 商品を頂く礼として、まあ今回は見逃してやってもいいか。


「ッ゛」


 不意に、剣を握る右手の平からビリビリとした強烈な刺激が広がった。

 めっちゃ痛ぇ……!

 こんな物を切る為に使われたことが不満なのか、剣先の刃がキラリと煌めく。


「立て。行くぞ」


「は、はい……」


 剣を仕まい、少女がついて来ているのを確認して店を出た。

 

 さて、次はどこに行こうか。

 やりたいこと、やってみたいこと。

 いざ考えてみると全然思い浮かばないものだ。

 殺し合いは得意だが、それは別にやりたいことじゃないしな。


「あ、あの、あれで良かったんですか?」


 少女が控えめに、前を歩くオレの袖を引いた。


「何が?」


「お金を払わずに、わたしを連れ出したりして。……その、わたし自身があなたにこうしてついて来てますし、今更ですけど……」


「さあ、良いんじゃないか?」


 金を払おうが払うまいが、こうして少女と店の外に出ている。その結果で良いと思うがな。


「……ん」


 街の風景を眺めてながら歩いていると、すれ違う人達から、その都度視線を向けられる。目立っている。その理由は何なのか。

 オレから一歩後ろの位置で、少女は肩身を狭そうに頬を仄かに染めていた。


 ああ、奴隷服だとそりゃ目立つか。

 面倒だがしょうがない。


 服屋を見つけ出して店に入ると、女性の店員が近付いて来る。

 女性の服に関してオレが役に立てることは何一つない。少女の服は同じ女性の店員に丸投げし、オレは店の壁に寄りかかって少し待つ。

 ほどなくして、白のブラウスと長めのスカートを履いた少女が戻ってきた。悪くはないが素朴で面白味のない格好だ。


「……行くか」


「え?」 

 

 オレが店を出ようとすると、女性の店員は慌てて声を上げた。


「お客様、お会計がまだです!」


「…………」


 また金か。金が必要なのか。


「はぁ」


 まあいいか。

 この場にオレを止められる者は誰もない。

 つまり何の問題もない。恨むなら弱い自分を恨めよ。 


「すみません、今すぐ服を戻します!」


 すると何かを察したのか、少女は慌てて頭を下げ出す。そして顔を伏せながら折り畳まれた奴隷服を手に、試着室へと引っ込んでいく。


 新しい服を着るはオレじゃなく少女だ。

 彼女がそれでいいならオレから特に言うことはない。困るのはオレではないし、好きにすれば良いさ。


「ご、ご迷惑をおかけしました!」


 奴隷服を再び着用した少女は頭を深く下げてから、逃げるようにオレを置いて店を出る。

 オレも外に出ると、少女は顔を赤くして待っていた。


「も、もしかして、お金持ってないんですか……?」


「持ってねぇよ」


「……」


 少女はぐっと息を飲み込み、一度目を閉じてから口を開く。


「どこかに座りませんか?」


 断る理由はなかったので、ベンチを見つけ少女と共に腰を下ろす。


「今更ですけど、わたしの名前はシェリエル・ロトライムです」


「センリだ」


「はい、よろしくお願いします、センリさん」


「ああ」


 ? 何をよろしくするのか。


「あの、怒らないで聞いて欲しいんですけど、センリさんは旧世界人なんですか?」


 旧世界人。

 初めて聞く言葉だったが、意味はすぐに理解できた。 


「ああ、そうだ」


 お前等から見たら、オレはそういう存在になる。


「それが?」


「い、いえ。ならどうしてセンリさんはわたしを助けてくれたんですか?」


 助けたつもりは全くないが、シェリエルをあそこから連れ出そうと思った理由はただ一つ。


「知ってる奴に似ていたからだろ」


「それだけ、ですか?」


「ああ」


 それだけだ。

 深い理由なんて全くない。


「つーか金がないと不便だな」


 衣食住。これからも生活するにはきっと金が必要になってくる。思えばあの世界も、オレが生まれる前まではお金で物資のやり取りをしていたのだ。


「どっかで楽に、一気に大金を稼ぐ方法とかないのか?」


「そ、そうですね」


 シェリエルは考える素振りを見せる。


「この街ならお金を稼ぐ方法はいくらでもあると思いますけど。働ける場所も多そうですし」


「働くねぇ……」


 例えば先ほどの服屋の店員のように、客に接待とかか?

 ……全然想像できそうにないな。オレに向いているとも思えない。


「何か敵と戦って金を稼ぐ方法はないのか?」


「あり、ますよ」


 シェリエルは話す。

 この世界で一番危険で、死亡率の高い仕事の話を。


「まあ、金が稼げるならそれでいいさ」


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