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訪問

 ◆  ◆  ◆


 とても優秀な兄だった。

 次期当主として父も母も誰もが期待していた。

 ボクから見ても凄い、自慢できる兄だった。

 パーティに参加しても、耳にするのは兄さんの話ばかり。ドレスを着た華やかな少女たちも兄さんをもてはやす。

 

 誰も、ボクのことなんて見ていない。

 

 ちゃんと努力した。

 努力して努力して努力したんだ! やりたいことを我慢して、兄さんに負けないように努力してきた! 兄さんのような才能はなかったけれど、兄さんにも負けない立派な人間を目指したんだ!

 でも何も変わらなかった。

 父さんも母さんも、口を開けば兄さんばかりを褒め称える。誰もボクのことなど褒めてはくれない!


 だから、派手に暴れてやった。家にある物を投げ、壊し、人を傷つけた。――人を、殺してやった。

 だからボクは捕まった。牢屋行きだ。家に泥を塗ってやった。ざまーみろ、バーカ!!


 ――全てを、なかったことにされた。


 金と権力の力は優秀だ。

 ボクの悪行はなかったことになり、牢屋行きもキャンセルだ。

 どうしてこんなことしたんだって?

 うるさい、黙れ! そんな目でボクを見るな。見るんじゃねえ!

 クソクソクソッ!! 

 死ね、全員死んでしまえ!!


 父が死んだ。病気だったらしい。ざっこ。

 順当に兄さんが当主になったようだが、どうでもいい。ボクには関係ない。


 

 ――兄さんが死んだ。

 

 呪獣に殺されたらしい。別に珍しくもない、よくある死因だ。

 優秀なクセに呆気なく死んだ。だっさ。ざまーみろ。


 ――兄さんが死んで、ボクが当主になるそうだ。

 

 笑いが止まらなかった。

 今更、ボクが当主になれるわけないだろ? 誰も期待してなかっただろ? 予想すらしていなかったはずだ。

 笑いすぎて、兄いさんの墓を何度も蹴りつけてやった。

 ふざけんなよ何勝手に死んでんだよ、クソ死ね!!

 どうにでもなれってんだよ、クソ、クソ、クソが!!



 ある日、ボクの前に少女が現れた。

 白い髪を持つ美しい少女。少女はヘカーテと名乗った。

 彼女は兄さんの婚約者だったそうだ。でも兄さんはもういない。

 お可哀そうに、ご愁傷様と嗤ってやった。

 すると少女は「いいえ」と言って微笑み返してきた。

 なぜか、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。気味が悪い、嫌な感覚だ。早くどこかに消えろ。消えてくれ……。

 

 ――どういう訳か、彼女はボクの屋敷にしばらく暮らすそうだ。

 

 最悪だと感じた。彼女を見ていると、とても落ち着かない気分になる。


 まるでボクが、ボクじゃなくなるような――




  ボクは 愛 を知った



 ◆  ◆  ◆


 兵士の一人に伝言を頼み、そこから走って数十分。

 手がかりである紋章を手に、僕はセドゥロム家のお屋敷の前に立つ。


 兵士の話によると、良くも悪くもセドゥロム家は普通の男爵家らしい。特に目立った功績もなく、屋敷が兵士の家の近くにあった為に紋章がどこの物かを思い出せたそうだ。

 そんな普通の貴族ではあるが、セドゥロム家の次期当主。その長男である彼の話だけは何度か耳にしたことがあるという。社交的で優秀な人物であったそうだが、つい三ヵ月前に亡くなっているそうだ。

 なので今は、次男のオリヤード・セドゥロムがセドゥロム家を継いでいるらしい。

 彼について聞けた話は殆どない。あの場にいた兵士達も人づてに話を聞いただけで顔すら知らないようだ。

 

「ど、どういったご用件でしょうか?」


 扉の前に、侍女の一人がおどおどとした様子で僕の前に立つ。


「シムオネット家の使いの者です。現当主であるオリヤード様を呼んできてもらってもいいですか?」


「は、え、え……?」


「速く」


「は、はい!」


 ちょっと強めに言葉を吐くと、侍女が慌てた様子で屋敷の中に向かって行く。


 【雷姫】リィゼ・シムオネット。

 リィゼの存在を知らぬ者はトスカルラ王国の中には居ないらしい。かなりの有名人のようで、シムオネット家の名前を出せば貴族相手にもアポなしで会えるようだ。


「ボボ、ボクに、な、何の用だよ」

 

 少し待って、生地は良いのによれた服を着た少年が、先ほどの侍女以上に挙動不審な態度で僕の前に立つ。

 目のクマにこけた頬。全体的に顔色が悪く、貴族としては不衛生に映る外見。猫背で視線が周囲を彷徨い、目線の位置が定まらない。全然目が合わないんだけど。


「これが殺人現場に落ちてたんだけど、犯人はアンタ?」


 バルバラさんが握っていたセドゥロム家の紋章。

 それをオリヤードに見せながら、わざと詳細を省いて直球で尋ねてみる。


「――!? ちちち違うっ! ボボ、ボク、ボクは知らないっ! ボクじゃない、ボクは関係ない!!」


「…………」


 うーん、これはワザとやっているのかな?

 そんな動転したあからさまな態度で誤魔化せると思っているのだろうか?


「こほん。――嘘をつくな! お前が犯人なんだろ! 吐け、女性の血を大量に奪って何が目的だ! 好きな子にでもプレゼントでもするのか!?」


「アアアアア、黙れ黙れぇえ!! お前には関係ない! ボ、ボクじゃないって言ってるだろうがぁああ!!」


 詰問するように強めの言葉を言うと、オリヤードは頭を乱暴にかきむしり、そして叫びながら僕の前から逃げて行った。


「びっくりした」


 もう黒でいいよね? 黒じゃなくても事件の関係者であることは間違いない。全くの無関係だったら、誤解を招くほどに情緒不安すぎる相手が悪い。


「お邪魔しまーす」


 だから仕方ないよね……という訳で僕はオリヤードの後を追う。


「当たりか」


 建物の中に入った途端、血の臭いが鼻についた。


「沢山殺してるんだな」


 ちょっとやそっとじゃ拭えない、建物に染みついた強烈な臭い。少しだけ旧世界を思い出させる。


「どっかに地下室とかあります?」


「ひぃ!?」


 近くに居た侍女が怯えた表情で僕から逃げていく。

 はぁ、オリヤードはどこに行ったのか、姿は見当たらない。

 取り敢えず一階から順に部屋を巡ると、鍵のかかった扉を見つけ出す。扉越しから血の臭いが特に強い。


 鍵がないため扉を蹴破ると、地下へと続く階段があった。

 もちろん引き返すという選択肢はない。


「オリヤードくーん。いるなら返事してー」


「……な、なんですか貴方は……」


 酷くかすれた声が地下室の隅から聞こえてくる。

 そこには三十代後半の女性が膝を抱え蹲っていた。 

 女性が着ている派手なドレスはボロボロに汚れ血が付着している。満足な食事と睡眠をとれていないのか、青白い顔で酷く憔悴しており、頬には殴られた痣が残っていた。


「……もしかしてオリヤード君のお母さん?」


 目と鼻の形が、先ほど見た彼と少し似ている気がする。


「ッッッ!!?」


 勘だけど当たった。母親のようだ。


「大丈夫、じゃないですよね?」


「あ……ぅ」


 僕が一歩近付くと、オリヤードの母親は条件反射のように素早く立ち上がた。その顔は恐怖によって歪んでおり、歯をガチガチ鳴らしながら体が震わせている。


「えっと、安心してください。僕はあなたに危害を加えるつもりはありません」


 僕は両手を上げ無害だと示す。

 血の臭いからオリヤードの母親が人を殺しているのはまず間違いないが、それを望んでやっていないのは一目で分かる。

 

「……きゅ、せか、じん……」


「え?」


「あ゛あ゛、ああああああああ!!!」 


 突然、オリヤードの母親は叫んだ。体の底から絞り出したような金切り声を上げながら、僕に向かって突っ込んでくる。

 思わず身構えそうになったが、オリヤードの母親の目的が僕の後ろにある出口の階段だと気付く。ほんの一瞬だけ逡巡し、僕はすれ違いざまに彼女の腕を掴んだ。


「あヅっ!!?」


「っと」


 やばい力が入り過ぎた。

 慌てて力を緩めるとビリビリと音が鳴る。袖の辺りの布が破け、バランスを崩しながらも僕の手から逃れたオリヤードの母親は階段へと駆けて行った。


「…………」


 追おうと思えば勿論追えたが、僕は手の中に残された布を手放す。今追っても怯えさせるだけだ。この屋敷に働く侍女も居ることだし何とかしてくれるだろう。


 オリヤードの母親が蹲っていた場所には沢山の衣類が、まるで布団のように敷き詰められてあった。服のサイズも柄もバラバラだが、全て女性物という点だけは共通している。その中に、他に比べて新品のように綺麗なメイド服も置かれてあった。



「ん、これは」


 服と服の隙間に隠れていた一冊の本を拾い上げる。


 日記だ。

 汚れや血が付着し、文字も所々潰れているが何とか読める。


 今は仕舞っておこう。


 地下室にある唯一扉の付いた部屋。

 その部屋の中にはナタ、ノコギリ、斧、ナイフといった凶器が乱雑に置かれてあった。どれもろくな手入れをされておらず錆びついて臭う。一体何十人の人間がこの部屋で殺されたのか。凝縮された血の臭いが部屋全体にこべりついていた。


「……見つけましたよ、コニミルさん」

 

 彼女もまた、犠牲者の一人。

 裸のまま鎖に吊るされた状態で、コニミルさんは息を引き取っていた。

 彼女の両足の健は深く乱暴に切りつけられており、傷口から流れる血は今も足元に置かれたバケツの中へと落ちている。

 

「今下ろしますね」


 雑な作業だ。

 バルバラさんをやった相手とは違う。心臓部にある刺し傷は、せめてもの慈悲のつもりなのか。


「そこを動くな!!」


 街にいた兵士達よりも装備のいい男が二人、扉を乱暴に開いて部屋に押しかけてきた。むせかえるような血の臭いに顔をしかめるも、コニミルさん死体を抱える僕を強く睨みつけてくる。


「あー、兵士さん? 見ての通りです。オリヤードって貴族が犯人ですよ。捕まえてください」


「黙れ、貴様を現行犯で捕らえる!」


 そう見える?


「……僕はシムオネット家の、リィゼの婚約者です。犯人じゃありません」


「バレバレな嘘をつくな! 【雷姫】の婚約者相手はお前のようなガキじゃない! ローカイノス家の当主【烈火】のはずだ!」


「あれま」


 これはタイミングが悪かった。

 二人の兵士は僕を容疑者の一人だと決め込んでいる。雰囲気から今は誤解は解けそうにない。とはいえ、捕まる気は毛頭ないし。

 僕はコニミルさんの遺体を床にそっと寝かせ、二人の兵士と向き合う。


「こんな狭い部屋じゃ満足に武器を振るえないでしょう? 話ならシムオネット家でしますから、大人しく僕と、コニミルさん帰してくれませんか?」


「ふざけるな!」


「ですよね」


 兵士の一人が僕に剣を振りかざすが、それを軽く避けて剣を叩き落す。


「き、貴様!!」


 ほいっ。

 もう一人の兵士の持つ剣も叩き落としておく。


「これ以上やるなら命の保証はしません。もう一度言いますけど、話ならシムオネット家でちゃんとしますから、後で来てください。逃げも隠れもしませんから」


 通りますよと、二人の兵士の間を歩く。

 この状況でコニミルさんの遺体を持ち帰るわけにもいかない。コニミルさんの遺体は彼らに任せよう。この場に残すのは忍びないが、どうか代わりに丁重に扱ってあげて欲しい。

 足音に、カチャリと背後から乾いた鉄の音が鳴る。


「馬鹿だなぁ」


 カウンターを合わせ、剣を向けてくる兵士の顔面に向けて拳を放つ。

 忠告はしたよね? 骨折ぐらいは覚悟しておいてね。



【殺しちゃダメだ】



「ッ、……これはダメなのか」


 まただ。

 また声が聞こえ、放った拳を反射的に引っ込んだ。

 別に殺す気はなかったのだが、また力加減を誤ったのは認めよう。

 

「はああああ!!」


 もう片方の兵士が鋭い突きを放つ。回避。

 再びカウンターを、先ほどよりも強い力を込めて放ってみる。


【殺しちゃダメだ】


「むぅ」


 やはりダメか。

 結果的ではあるが、どうやら僕は人を殺せないらしい。

 

 【殺しちゃダメだ】という謎の幻聴。

 なぜなのか。原因は全くの不明だが、その幻聴が聞こえた途端に攻撃が自分の意思に反して止まってしまう。それだけならまだ良かったが、幻聴を聞くだけで胸の奥底がもやもやと苦く疼く。気分も沈み、出来ることならあまり聞きたくない幻聴だ。

 

「だからといってなぁ」


 試しに相手の膝を蹴りつけてみる。

 今度はとても手加減したし、場所が場所なので攻撃できた。

 そのまま攻撃を相手の膝に三回。二人の兵士は膝を抱えて地面に倒れる。

 どうやら人を攻撃すること自体は問題なく出来るようだ。


「あぎぎぎ……!!」


「ちょっと借りるね」


 兵士の一人が落とした剣を拾い上げる。

 攻撃は出来ても殺すことが出来ない。この具体的な線引きはどこまでなのか。

 例えば致命傷。一撃で死ななくとも、治療もせずに放っておくと死ぬような攻撃は出来るのだろうか。


「…………いや、別に刺す必要はないのか?」


 振り下ろした剣が相手に刺さるほんの数ミリの所で、自分の意思によってそれを止める。幻聴は聞こえなかったし、致命傷を狙うのは恐らく大丈夫なのだろう。無暗に人を傷つける趣味はないし、今はそういうことにする。


「わわ、悪かった! 俺達が悪かったから、殺さないでくれ! ゆるっ、許してくれっ、いや、ください!」 


 二人の兵士は血の気の引いた恐怖に歪んだ顔を僕に向けてくる。 


「別に許すも何もないんだけどな」


 確かに犯人扱いされてイラっとはしたが、彼らは僕が怪しいと思ったから職務を行っただけだ。それを責める理由はないし、怒りをぶつけてたところで意味もない。

 逆に僕の方が身勝手な実験の為に彼らに危害を与えたのだ。客観的に見て僕の方が悪いかもしれない。


「さっきも言いましたが、話ならシムオネット家でしますから。この場所では見逃してください」


「お、俺たちをこ、殺さないのか?」

 

「殺す気なんて全くないですよ」


 新しい世界は平和じゃないのか。

 すぐに殺す殺されるって逆に怖いよ。


「きゃ、旧世界人じゃないんだな……。良かった……」


 そう言って彼らは上体を起こし、心から安堵したように息を吐く。


「…………ええ、そうですね」 


 ソフィアから旧世界人が人々から恐れられている話はちゃんと聞いている。彼女の話を疑っていたわけでもはないが、彼らの様子を見て本当にそうなんだと改めて認識せざるおえない。

 ハァ……と溜息一つ。


 僕はコニミルさんの遺体を再び抱き上げ扉を開ける。

 オリヤードの母親がいた部屋に戻り、床に敷かれていたメイド服た拾い上げて、それをコニミルさんの体に被せる。そして地下室の階段を上がると、二人の兵士とオリヤードの母親がいた。体力的に限界だったようで、意識を失っていたオリヤードの母親は兵士達に介抱されている。


「だ、誰だお前は!? 地下に行った仲間達はどうした!?」


「あー、部屋にいます。手を貸して欲しいとかで、あなた達を呼んでいますよ」

 

 言葉の途中で二人の兵士が剣を構え僕に向けてきた。

 コニミルさんの遺体を抱き上げている時点で怪しさ満点なのは自覚しているが、先ほどと同じような問答を繰り広げるつもりはない。強引に逃げよう。

 うん、話ならシムオネット家でしますからね。



爆ぜろよ世界(エクス・ム・ドゥス)


 

 音が消え、光が途絶えた。

 気付いた時には体が爆炎に包まれており、筆舌に尽くしがたい衝撃が降りかかる。僕は咄嗟に痛覚をオフにし、痛みによる失神を防ぐ。

 爆炎は目の前にいた二人の兵士、オリヤードの母親を慈悲もなく飲み込んだ。その瞬間を横目に見ながら、僕は今出来る限りの防御を行い耐え忍ぶ。


「く――っ」


 天井が崩れ頭上から建物の瓦礫が落ちてくる。それを振り払おうとしたが、両手が塞がっている状態では厳しい。二発目(・・・)を想定しながら、僕は片足を無理やり振り上げて瓦礫の下敷きとなった。


「……っ」


 建物の崩壊が止まったのを確認して、積み重なった瓦礫の山を吹き飛ばす。

 ……一発だけか。


「ごふっ、ぶはっ!?」


 コニミルさんを殺した相手はともかく、バルバラさんを殺した相手が只者じゃないことは分かっていた。罠を警戒して動くは当然のことだ。

 直前で力を察知したおかげで何とか命は繋いだが、それでも全身が凄く痛い。ちゃんと動けるようになるまで少し時間が必要だ。 

 他にも、新品だった服は所々が焦げ、血が滲んでいた。

 まだ半日も経っていないのに最悪である。 

 

「…………ごめんなさい」


 コニミルさんの遺体も今の一撃により新たな傷と火傷が生まれている。コニミルさんの遺体を両手で抱えて守りはしたが、完全に守り切る余裕はなかった。そのことに申し訳なさを覚えながらコニミルさんの遺体を地面に寝かせる。


「まともにくらっていたらやばかった……」


 屋敷もろとも。建物は全壊していて原形を留めてもない。

 屋敷の中に居た殆どの人達は今の一撃で恐らく……。

 せめて地下室に居るあの二人の兵士は無事だと良いけど。



「何をしているの?」


 背後から少女の声。振り返らずとも誰だか分かった。

 彼女へと、兵士に頼んでおいた伝言はちゃんと届いたようだ。


「見ての通り瓦礫の除去だよ。地下室にまだ人が居るはずなんだ」


 瓦礫の山を蹴り飛ばしながら答えると、背後からバチバチと耳障りな音が鳴る。


「そんなことより、これはどういう状況なの」


 そんなことって……。


「バルバラとコニミルの二人を見たわ」


「なら大体の想像通りだと思う」


 後ろを振り返りリィゼを見ると、彼女の瞳は怒りで染まっていた。

 僕は橋で見つけたバルバラさんの遺体と状況。この屋敷で起こった出来事を簡潔に話す。


「……そう」


「あ、うん」


 理不尽に奪われた二人の侍女の命。それに対し、リィゼは眉間に皺を寄せたまま淡泊に頷いた。

 怒っているのは明らかなのに、逆にこれはこれでちょっと不気味だ。僕としても言葉を掛けづらい。

 リィゼは屋敷の倒壊によって集まって来ている兵士達に向かって歩いていく。


「ら、【雷姫】様!? これは一体!?」

 

「オリヤード・セドゥロム。ここ最近の女性失踪事件の犯人よ。何としても見つけ出して捕まえなさい」


 あれから、オリヤードの姿は見ていない。流石に屋敷の倒壊に巻き込まれて死んだというのはないだろう。


「え、あ、は、はい!」


 リィゼは兵士達に一方的に言うだけ言って、僕の所に戻ってくる。


「あんな説明で協力して貰えるの?」


「するわ」


「するのか」


 【雷姫】という肩書のは軍人相手にも簡単に命令を下せるらしい。

 一体どれほどの権力を持っているのだろうか。


「人手が多いのは助かることだけど、でも無理に捕まえようとしないほうが良いよ。危険だ」


 倒壊して跡形もない屋敷。

 タイミングや状況からして、これをやった相手がオリヤードと繋がっているのは明白だ。並みの兵士が束になっても敵う相手ではない。


「素人じゃあるまいし、彼らだってそれぐらいの判断はつくでしょう」


「まあそうだけど、君はこれからどうするの?」


「一度家に戻るわ。……あなたも来なさい」


 まだそう遠くには離れていないはずだ。バルバラさんとコニミルさんを殺された怒りから、今すぐオリヤードの捜索を始めるかと思ったが、リィゼは馬車を呼ぶ。


「どうかした?」


 どこか焦燥に駆られたような顔を浮かべている。


「なんでもないわよ」


 素っ気なく言葉を投げ返してくるが、少し沈黙を挟んでからゆっくりとリィゼは口を開いた。

 

「……胸騒ぎがする。それだけよ」


 屋敷に戻るとリィゼは大股歩きで庭にいる侍女の一人に近付いていく。


「お帰りなさいませ、お嬢様。どうかなさいましたか?」


「メイ。ソフィアはちゃんと戻っているかしら?」


「? お嬢様と一緒じゃないのですか?」


 事情を知らない侍女は、ごく自然に首を傾げて困惑を示した。

 

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