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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
警報です。依然として強い勢力を保つ『運命の恋』の影響で、ところにより激しい涙雨が予想されます。傘の用意をお忘れなく。
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「橘 颯太さん! 橘 颯太さぁん! 欠席ですか!?」


――しかし現実には、そうも言っていられない。隣に座る住谷さんにも促され、慌ててレポートを掴んで教壇に向かう。

途中何度も振り向いたけど、彼女は不機嫌そうにうつむいて目も合わせてくれなかった。


その後、田中、仲山、浜田、と次々と学生の名前が呼ばれていく。


宝生ほうしょう まゆらさん」


「――はい」


透き通るような凛とした声に、何人もの男が振り返る。

そのぶしつけな視線をものともせず、彼女は真っ直ぐに前だけを見て教壇に向かう。


宝生 まゆら。


俺は、ようやく彼女の名前を知った。

事務の女性にレポートを渡す彼女の後姿を見ながら、住谷さんが驚いたように呟いた。


「宝生さん、この講義取ってたんだ。知らなかった」


「知り合いなの?」


「うん、同じ小学校だったもん。クラスは違うけど」


彼女はレポートを手渡した後、元の場所には戻らずに、一番前の空いている席に座った。俺達の場所からは、艶やかな黒髪と白いうなじしか見えない。


「同じ大学だって知らなかったなぁ。うん、でも、あんまり変わってないかも。『マヤ子』ちゃん」


怪訝な顔をする俺に、住谷さんはいたずらっぽく笑った。


「橘君、小学校のときはやってた、テレビの『オカルト7』って知らない?」


インチキ心霊写真や嘘くさい霊能者、信憑性の低いUMA関連の目撃情報なんかを、コントを交えて面白おかしく紹介する番組だ。

毎週月曜の放送で、翌日学校はその話題で持ち切りだったことを覚えている。


「あの番組で『マヤ文明の終末論』を知ったの。2012年の12月に人類が滅亡する、っていう予言。あれを観たときは、興奮して眠れなかったなぁ。結局外れたけどね!」


その予言は俺も聞いたことがある。でも、それが彼女と何の関係が?

怪訝な顔をする俺に、住谷さんは屈託のなく話し続ける。


「小学校の頃は有名人だったんだよ。宝生さんには超能力があって、予言ができるって。だからみんな、『マヤ文明のマヤ子』って呼んでたの」


「……ちょっと意味がわからないな」


住谷さんは嬉々として語り出した。

いつもは生返事の俺が、ちゃんと興味を持って耳を傾けていることで、いつもの倍は早口になっていた。


住谷さんの話をまとめると、一番最初は給食のプリンだったらしい。

給食にフルーツ以外のデザートがつく日は、みんな密かにテンションが上がる。

俺も経験があるからわかる。そんな空気に水を差したのが彼女だった。


普段はおとなしい彼女が、『食べちゃだめ!!』と怒鳴ったらしい。

もちろん、彼女の意見を聞き入れる生徒は少数だった。

結果、担任を含め、クラスの半数が食中毒で病院に運ばれる羽目になった。


それ以外にも、運動会のリレーの練習に参加せず、『本番は中止になるから無駄よ』と言って雨天中止を予言したり、密かに付き合っている教師同士の結婚や、産休に入る時期までもを、的確に言い当てたらしい。


「そんなことが重なったからかな。なんとなくみんな、マヤ子ちゃんのことを怖がるようになったみたい。特に先生とか、大人が一番怯えてたよね。何か弱味でも握られてるみたいに、あからさまに贔屓ひいきしたりして」


……だから、マヤ子? なんだそれ。ふざけてる。


「でもね、原因は予言だじゃないと思う。女子って、集団行動が基本でしょ? でも宝生さんは、一匹狼っていうのかな。誰かと仲良くしたり、笑ったりしてるところ、見たことないもん。人に合わせて自分を曲げるのが嫌なのかもね。

いつもそんな感じだから、女子の間ではあんまり評判良くなかったみたい。『うちらのこと、見下してる気がする』って。

まぁ、あたしも昔は、女子の中では浮いてたけどね」


気持ちはわかる。俺も同じ側の人間だ。彼女や住谷さん側ではなく、むしろその逆。

『和を以て貴しとなす』。それが俺のモットーだ。


彼女のように『人に合わせるくらいなら独りがいい』という顔で和を乱す人間は、苦手だ。

正直に言えば、何でそんなにとんがってるの? と小馬鹿にするような気持ちさえある。

誰も本音の付き合いなんか望んでいない。お互い不快にならないように、その場だけ空気を読んで適当に合わせればいい。


親睦会のカラオケだって、歌いたくないなら適当にタンバリンでも叩いていればいいし、体育祭の悪趣味なクラスTシャツだって、一日だけ我慢して着ればいい。


意固地に自分のポリシーを曲げない人間に出会うと、適当に調子を合わせて笑いながら、『そのこだわり、そんなに重要?』と心の中で小馬鹿にしていた。


でもなぜだろう。どうやら俺は腹を立てているらしい。

彼女を『マヤ子』と呼んで異端者扱いをしたクラスメイトと、彼女を助けなかった教師達に。


一番前の席で、真っ直ぐに背筋を伸ばして座る彼女の後姿は、とても綺麗だった。

ラズベリー色のニットと、艶のある黒いボブヘアーの間の白いうなじが、この世界で一番清潔で無垢なものに見えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] Q,何でこだわりを貫くんですか? A,こだわり持って生きたほうが楽しいじゃん?何でもかんでも合わせてたら疲れちゃうしね。マイペースが一番! 結局のところ人間ってのは自己満足に生きるのが一番…
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