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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
警報です。依然として強い勢力を保つ『運命の恋』の影響で、ところにより激しい涙雨が予想されます。傘の用意をお忘れなく。
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「ひどい顔だな」


リュックサックを下ろして隣に座る俺を見て、幼馴染のサブローが顔をしかめる。


「悪かったな。生まれつきだよ」


「いや、いつにも増して」


憐れみの目で見るな。お前の完璧に整った顔に比べたら、世の八割の男の顔は落書きだ。


傷ましげに俺を見つめる流し目が、半径五メートル以内に座っている女学生を軒並み不整脈にさせている。

知り合って十六年以上になるが、改めて思う。こいつの色気は凶器だ。


四時限目は自由選択のスペイン語。

遅刻に厳しい岩本教授の講義ということもあり、開始十五分前なのに、教室の席は半分近くが埋まっている。


テキストやノートを机に置き、ジーンズの前ポケットに入れていたスマホも取り出す。


暗い画面に映るのは、二十分前に『運命の恋』に破れたばかりの男の顔。

液晶画面全体に走る薄い亀裂が、さらに悲壮感を増幅させる。


……割れた。見事に割れた。スマホも、俺の心も。


「……失恋した」


「知ってる。今年で何人目だよ」


三人目だよ。でも二時間足らずで二人の女の子に振られるのは初めてだ。


そして、早苗や他の女の子達には大変申し訳ないことに、《彼女》に振られたショックは、今までの失恋の痛みとは比べ物にならなかった。


机に突っ伏してうなだれる俺の背中に、サブローはいつものように辛辣な言葉を投げつける。


「さっさと立ち直れよ、鬱陶しい。どうせ今回も本気じゃなかっただろ?」


保育園から腐れ縁のサブローは、俺の恋愛遍歴を全て把握している。

飽きもせずに同じことを繰り返す俺に、呆れているようだ。


確かに、今まではそうだった。心の大半を《彼女》に持って行かれながら、寂しさと虚しさを埋めるためだけに、好きだと言ってくれる女の子達と付き合ってきた。

でも違う。今回は、他でもない《彼女》に、始まる前から拒絶されたんだ。


「俺の胸で泣け、くらい言えよ」


「いいけど、高いよ俺?」


有料かよ。サブローがTシャツの首元に指を引っかけて鎖骨をのぞかせると、教室中の女子の視線が釘付けになる。

何人かは、すでに財布を手にして立ち上がりかけている。


やめろ、お前がやると冗談にならない。相変わらず罪作りな男だ。


佐々木希嵯武郎きさぶろう

字面だけ見ると武士のような強面を想像するが、実際はハリウッド俳優顔負けの美形。

テレビや雑誌、スクリーンの中でも、俺は未だかつて、こいつ以上の男前を見たことが無い。


ただし見た目には無頓着で、寝癖だらけの髪に無精髭、着古したTシャツにジーンズ。砂糖に群がる蟻のように寄ってくる女達には、すべからく冷淡。


サブローを見ていると、多くの女子が口にする理想の恋人像『清潔感があって優しい人』が、いかにあてにならないかがわかる。


そういえば俺は、サブローに確認したいことがある。


「……なんで早苗に振られたこと知ってるんだよ」


薄々答えはわかっていた。

サブローは面倒くさそうに、机の上の自分のスマホを操作した。


表示されたのは、早苗とのトーク画面。

『颯太と別れちゃった……』のメッセージの下には、涙目のウサギのスタンプ。

続いて、『今日の夜、空いてる? 相談に乗って欲しいの』


振られたのは俺だ。

今更、しかも何の関係もないサブローに、なんの相談があるというのだろう。


女が女に相談する時は、味方が欲しいとき。女が男に相談するときは、相手を落とすとき。

歳の離れた姉の格言を思い出す。


『好きな人ができた』の相手はこいつか。


「『ごめんね颯太と兄弟になるのは無理』って送っとくか」


「やめろオブラートにくるめ」


いくら元彼女でも、早苗が傷くところを想像すると気が滅入めいる。


こんなことは初めてじゃない。むしろ、俺の恋の終わり方のテンプレ。


高校から現在まで、女の子と付き合うきっかけは、全て向こうからの告白。

身長が平均より高いというだけで、他に取り柄が無い俺がスペック以上にもてるのは、この幼馴染のおかげだ。


勿論、平凡な容姿の俺がサブローの隣に立つと、地味すぎて引き立て役にすらならない。

それでも世の中には、『じゃない方』を支持する女子が一定数存在するのだ。


ピンクじゃなくて水色のランドセル、アイドルグループのセンターじゃなくて左端、人気絶頂のお笑い芸人のボケじゃなくツッコミの方。


そんな物好きな女子たちは、『私は颯太君の方が…』とはにかみながら、俺に熱い視線を向けてくれる。


だがその気持ちも、俺の彼女になり、『彼氏の友達』であるサブローのフェロモンを間近で浴びるにつれて変わってしまうらしい。


もしかしたら、初めからそれが目的だった女の子もいるかもしれない。

難攻不落のイケメンに近づくための踏み台が俺。高校の時の初めての彼女もそうだった。


なにしろサブローは、女に関して異常にガードが固い。

美女にも不美人にも平等に冷たい。


サブローにとって、恋愛対象となるべき『女』は世界にたった一人しかいないからだ。


気だるげに椅子にもたれて欠伸を繰り返す様子に、遠巻きにスマホをかまえて隠し撮りを企む女子さえいる。


「随分眠そうだな」


「深夜に呼び出されて朝まで飲んでたからな」


誰とだよ、と聞かなくても、俺はその相手を知っている。


「いい加減、振り回されるのやめたら? 不倫なんか割に合わないだろ」


「不倫じゃないよ。――『まだ』な」


強気な口調とは裏腹に、サブローは切なげな吐息を洩らした。


十年来の片思いに身を焦がすサブローと、十年以上ひとりの女を待ち続けながら一途になれなかった俺。

見た目も性格も恋愛観も正反対だ。



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