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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
宣誓です。『運命の恋人と恋に落ちないための実証実験』改め『運命の恋人と恋に落ちてからの永遠の証明』を始めます。末永く見守っていただけましたら幸いです。
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∞ ∞ ∞ ∞


披露宴会場に向かうと、招待客の姿はなく、すでにスタッフがテーブルクロスを片づけを始めていた。

テーブル装花は招待客にミニブーケにして渡すことになっていたが、いくつかは配り切れずに残っていて、片隅にまとめられていた。

宴の終わり、という雰囲気がただよっており、急に寂しさが胸を襲う。


最後の花を店のワゴンに積んでトランクを閉めると、いつのまにか後ろに母が立っていた。

留袖を脱いで、朝家を出た時と同じグレーのパンツスーツに着替えている。


「悪かったな、全部任せて」


「スタッフさんが手伝ってくれたから、大丈夫だよ。残りは商店街の奥様方に配っておく」


受け取った他の荷物を後部座席に積んでいると、母が呆れたように呟いた。


「まさかお前、今日から家族が減ると思ってるんじゃないだろうな」


減る、というか。苗字が変わろうと、姉が姉のままなことに変わりない。それでも、今日からあの家からひとり消えることは事実だし、何かが欠け落ちたような喪失感があることは事実だ。


「いや、今日から本当に三人になるんだって思ったら、やっぱりさ」


うろたえながらドアを閉めると、間髪を入れずに母に頭をはたかれた。そのまま、ヘッドロックをかけるように首の後ろに腕を回される。


「減るんじゃなくて増えるんだよ、今日から」


母の目線の先には、仁さんにそっくりのお父さんと、小柄でふくよかなお母さんがいた。

そしてその横には相変わらず泣き続ける父。あろうことか二人に肩をさすられ、慰められている。


そうだ、今日から姉には新しい父と母ができて、うちの両親には新しい息子ができた。俺には、義理の兄が。


寂しさとは別の感情に胸を熱くしながら、これからダブル両親で飲みに行く、という四人を見送る。


姉貴と仁さんはすでに二次会のレストランに向かったようだ。



トランクを閉めてひと息つくと、門をくぐってすぐのところに飾られているクリスマス・ツリーに、白い風船が引っ掛かっているのが見えた。

披露宴が終わったあとに飛ばしたもののひとつだろう。

枝に絡んだ細い糸をほどいていると、指先から糸がすり抜ける。

そのまま空に飛んで行こうとする風船を、タイミングよく伸びてきた白い指がつかまえた。


赤いダッフルコート着た『運命の恋人』が、目の前でほほえんでいた。


「お疲れ様」


その言葉で張り詰めていた緊張がほどけ、ああ俺は朝から結構頑張っていたんだな、ということを改めて自覚する。


「待っててくれたの?」


「ちょうど、前から行きたいと思ってたカフェがこの近くにあったから」


どこ? と追及すると、困ったように目を逸らしてから、全国チェーンのコーヒーショップの名前を言う。


俺の恋人は、相変わらず素直じゃない。そんなところがたまらなく可愛い。


「さっき、カフェを出た時に佐々木君に会ったの。『今度スーツのお礼をさせて』って。律儀なのね」


「あいつの奢りで出かけるときは、俺も同伴でね」


「相変わらず過保護ね。佐々木君なら紳士だから平気よ」


過保護とかじゃなく、ただの嫉妬だ。


「なんでまゆらはそんなにあいつのことを信用してるの?」


「聞かない方がいいと思うわ。きっと、信じられないと思う。……喧嘩になりたくないし」


「そんなこと言われたら、余計に気になるよ! まさかまゆら、将来的にあいつと、俺には言えないような関係に」


まゆらは、あらぬ疑いをかけられて心外だ、というように、眉間に皺を寄せて俺を睨んでいる。


でも俺の不安もわかってほしい。

初めて予知能力の話を聞いたとき、確かまゆらはこう言っていた。


『私が予知できる範囲は、私の半径数メートル以内のことなの』と。


それはおそらく、物理的な意味だけではなく、心理的に、まゆらと深く関わる人間の未来なら予知できる、ということなのだろう。


その証拠に今日も、そばにいなくても俺のピンチを察して駆けつけてくれた。逆に、かかわりの薄い人間の未来についてはお手上げのようだ。



そう考えると、『運命の恋人である俺の幼馴染』というだけの男の未来を、まゆらが予知できているのは不自然だ。


つまりサブローは、今後まゆらの未来に大きく関わる人物だいうことで、それはひょっとすると――


「もう、いい加減にして! 未来の義理の息子と、そんなおかしなことになるわけがないでしょう!」


俺の疑惑を打ち消すためにまゆらが放った言葉は、別の意味であまりにも衝撃過ぎて、頭が真っ白になる。


まゆらは、しまった、という顔で、気まずそうに唇を噛んでいる。


息子? 義理の息子?


「――えぇと、ぎぎぎ義理、義理っていうことは、つまり」


むしろ俺の精神がギリギリである。

よくわからない汗をかきながら声を上擦らせる俺の前で、まゆらは腹をくくったのか、至極冷静に呟く。


「つまり、私達の未来の娘の夫ね」


いつか病院のロビーで聞いた、幸福に輝く俺達の未来。

長女は大恋愛の末に親の反対を押し切って高校在学中に結婚し、専業主婦になり八人の子供に恵まれる。

つまり、サブローの《運命の恋人》は――


「いやいやいや! ないないない!!」


「言うと思った」


「なんでそんなに冷静なの!? え? 俺が卒業して二年後に結婚してその後に女の子が生まれるわけだから、二十七歳差!? 女子高生と結婚って、犯罪だろ!?」



「法は犯していないし、本人たちが愛し合ってるなら、仕方がないと思うの。それに強引に迫ったのはうちの子のほうだもの。佐々木君に文句は言えないわ」


「強引に迫っ……? 俺はそんなふしだらな娘に育てたつもりはない!!」


「そうね。まだ生まれてもいないしね」


まだキスすらしていない恋人と、我が子の教育方針と進路の問題でもめるという、あり得ない状況。


そうか……あの日、まゆらが呟いていた意味深な言葉。

『普段はどんなに仲が良くても、娘の結婚相手となると話は別みたいね』

今なら全て腑に落ちる。

でも、だから納得できるかというと、それは全く別の話だ。


確かにサブローには幸せになって欲しい。でもあいつが『お嬢さんを僕にください』と頭を下げてきたら、殴らずにいられる自信はない。




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