④
∞ ∞ ∞ ∞
「LA!? まじで!? 何で!?」
サブローの突拍子もない発言に、つい素っ頓狂な声を出してしまった。
ちなみに今は、披露宴が終わったばかりの親族控室。
姉貴と仁さん、うちの両親は、会場の出口でゲストのお見送りの真っ最中。
披露宴の間中ずっと、ゲストのお姉さま方の視線はサブローに釘付けだった。あのままあの場に留まっていれば、かつて天神橋通りのショットバーで繰り広げられたキャット・ファイトのゴングが再び鳴り兼ねなかった。
披露宴が終わりにさしかかり、最後の余興の演出で会場の照明が落ちた瞬間、俺は暗闇に乗じてサブローを外に連れ出したのだ。
サブローは俺のスーツを脱ぎ、ジーンズとライダーズジャケットに着替えている。
俺はというと、まゆらのお父さんのスーツのジャケットを脱ぎ、スラックスから片足だけを出した間抜けな状態だ。
「一カ月以上も音信不通で放浪してると思ったら、今度はLAって……
ワールドワイド過ぎるだろ!
それに学校は!? 後期試験、ほとんど全滅だろ?」
「辞める。つーかもう辞めた」
呆然として言葉も出ない俺を見て、サブローは眉を八の字にして笑った。
「北海道の網走辺りをうろついてたとき、どっかで見たような外国人のおっさんに声かけられたんだよな。
ハリウッドで映画撮ってる監督らしくて、
向こうで新作のオーディションやるから受けに来いって」
「いやいやいや! 明らかに怪しすぎるだろっ」
「まぁ多少はな。最初はしつこくて鬱陶しいと思ったけど、話してみると案外面白いおっさんでさ。あ、写真あったわ」
サブローが差し出すスマホには、不気味な色のソフトクリームを片手にビッグスマイルを決める無精髭の中年男が写っていた。
「マリモソフトクリームって…えげつな……
──いや、じゃなくて!!
え何コレ本物!? お前、この人が誰か知らねーの!?」
「知らん」
「昔、姉貴と三人で映画観に行っただろ! 黒スーツの男が相棒とタッグを組んで宇宙人の侵略から地球を守るやつ! その監督だよ!」
「知らねー。観てなかったし」
確かに。映画館でお前が観てたのは、スクリーンじゃなくて姉貴の横顔だったよな。
缶コーヒーからのハーレーダビットソンを上回る衝撃に、俺の手からスラックスが落ちた。
サブローはスマホをジーンズのポケットに突っ込むと、いつものように煙草に火を点けた。
相変わらず、ムカつくくらいに絵になる男だ。
着替えもままならないくらい動揺していたはずなのに、その姿を見て妙に納得した。
幼馴染の俺は慣れているが、こいつの殺人的なフェロモンをまともに浴びるのは、地球上の全メス(ときにオス)にとって、危険以外のなにものでもない。
スクリーン越しに拝むくらいがちょうどいいのかもしれない。
「オーディションって……お前、演技とかできるの?」
「さあ? でもポテンシャルあるかもな。
美咲の前では十七年間、無害な弟の仮面被ってきたわけだし。
ぶっちゃけ役者とか全然興味ねーけど、このタイミングでおっさんに会ったのも、なんかの縁かなって思ってさ。
ほらあれだ、『あてもない自分探し』ってやつ? ありがちだけどな」
「1ミリも共感できねー……。
『あてもない』って、滅茶苦茶『あて』あるじゃん!
監督の推薦って、超強力なコネだろ?」
「わかんねーけど、とりあえず受けて来るわ。
一番欲しいものは絶対に手に入らないってわかったし、無理矢理にでも他に生き甲斐見つけなきゃ、やってらんねーよ」
そう呟きながら、サブローは煙草を灰皿に落とした。
もう泣くまいと思ったのに涙腺がゆるみかけて、履き替えたスラックスのボタンを閉めるふりをして俯いた。
「颯太はやっと見つかったみたいだな」
「……まあな」
「照れるなよ気色悪い」
「実は今日もこれからデートなんだよな」
「空気読めコラ」
サブローはいつものように俺の横腹を蹴ると、シャツを掴んで強引に俺の顔を上向けた。
「泣くなよ」
「泣いてねーし」
「最後にもう一回、お別れのチューでもしとくか」
「遠慮しとく」
「忘れられない夜だったよな」
ふざけた調子で言いながら、サブローは俺の頭をはたいた。
じゃあな、と笑って片手を上げ、控室を出て行く。
いつも学校帰りに、曲がり角で別れる時と同じように。
サブローの背中がドアの向こうに消えても、部屋にはあいつの煙草の匂いが残っていた。
もしも、誰にでも《運命の恋人》がいるのなら
サブローが一刻も早く、その相手にめぐり会えますように。
そんなことを祈りながら、サブローが脱いだばかりのジャケットを羽織った。