②
∞ ∞ ∞ ∞
披露宴は、教会に隣接する会場で行われた。
俺の隣に座っている父は、ずっと鼻をすすっていた。
俺はというと、お偉いさんの有難いスピーチも、陽二さんをはじめとする商店街のちょい悪オヤジチームが熱唱する『赤いスイートピー』も、全然頭に入って来なかった。
スピーチの原稿は用意していたものの、心のどこかで、サブローが現れる予感がしていた。だが、そろそろタイムリミットだ。
このあとは仁さんの高校時代の親友のスピーチのあと、姉と仁さんのお色直し、その後が俺の出番。
緊張のなかカンペを読み直そうとスーツの内ポケットを探ったとき、タイミングよくスマホが震えた。
LINEを開くと、まゆらからだった。
『今から少し出られる?』
まゆらには、今日が結婚式だと伝えてある。
よっぽどのことがない限り、こんなメッセージを送って来るはずがない。
スクリーンには姉と仁さんの子供の頃の映像が流れ始め、父さんが人目もはばからず号泣している。その隙に会場を出て、ロビーを抜けて会場の外に出た。
耳を澄ますと聞こえてくる、ブーツのヒールの音。
今日も最高に可愛い俺の《運命の恋人》が、息を切らして走って来る。
部屋着のようなスウェット素材のロングワンピースに、いつもの赤いダッフルコートを羽織っている。
まゆらにしては珍しくラフなスタイルだった。
「ごめんなさい、披露宴の最中に」
そう言いながら、俺に大きめの紙袋を手渡す。
「どうしたの、これ」
「パパのスーツを借りて来たの」
どういうこと、と問いかける俺の声は、突然現れた馬鹿デカいバイクのエンジン音に妨げられた。
ハーレーダビッドソンのFLTRXS ロードグライドスペシャル。それにまたがるのは、黒いレザーのライダーズジャケットと細身のジーンズ、ミドル丈のごついブーツを履いた男。
ヘルメットを外す前から、俺にはそいつの正体がわかっていた。
少しやつれた笑顔を見た瞬間、もう鼻の奥が熱くなっていた。
「遅いんだよ、馬鹿」
「その方が盛り上がるだろ?」
口ぶりは余裕ありげだったが、無理をしていることは明らかだった。
久しぶりに見るサブローは、高校球児のように髪を短く刈り上げていた。
野暮ったくなるどころか、生まれながらの凄まじい美貌が強調され、とんでもないことになっている。
あの寝癖だらけの髪型は、逆の意味での『髪型補正』だったのだと、改めて思い知った。
「傷心旅行の途中で北海道の山奥の寺に行ったんだよ。でも煩悩取り去ろうと思って弟子入りしたら、三日目くらいに坊主に襲われかけて脱走した」
相変わらず波乱万丈だな!
「そのハーレーは?」
「高速バスでこっちに戻る途中、サービスエリアで飲みかけの缶コーヒーと交換した」
「わらしべ長者かよ……ハイリターン過ぎるだろ!」
「しらねーよ。どうしても交換しろってうるせーから」
日常茶飯事ですか、そうですか。いろいろと規格外過ぎて頭が追い付かない。
混乱する俺をよそに、サブローは俺のネクタイを乱暴に掴んだ。
そのまま体ごと引き寄せられ、恐ろしいほどに整った顔との距離、わずか三センチ。
その至近距離で、サブローはいつもの低音ボイスで囁いた。
「――脱げよ」
何を?
完全に真っ白になっている俺にはお構いなしに、サブローはネクタイを引き抜くと、迷いのない手つきで俺のジャケットやシャツを脱がしていく。
「いやいやいや!
いくらなんでもそりゃないだろ!!」
必死の抵抗もむなしく、ホテルの玄関の前でパンいちになるまで剥かれる俺。
まゆらは、胸の前で紙袋を抱えたまま、怯えたように顔を強張らせていた。
サブローはライダーズジャケットを脱いで裸の俺に放ると、躊躇なく服を脱ぎ捨てて俺のスーツに着替えた。
世界遺産級のイケメンのストリップショー。
からの溜息が出そうなほどスタイリッシュなスーツ姿に、抗議の言葉すら忘れて見惚れてしまう。
「颯太、早く着て……みんなが見てる」
駆け寄って来たまゆらに囁かれ、我に返ると、騒ぎに気付いたスタッフが数人、遠巻きにこっちを見ていた。
勿論、半裸の村人Aではなく、正装して手櫛で髪を整えている王子の方を。