⑦
直感で、まゆらはこの町のどこかにいるような気がした。
もどかしい気持ちでワゴンを店の裏に停めていると、ビールケースをかついだ陽二さんに出くわした。
「颯太、合コンまだかよ」
口を開けばそればっかりだ。
生憎今日は、冗談に付き合っている暇はない。
「合コンが無理なら、坂の上のお城のお嬢様でもいいぜ。お前と同じ学校なんだろ?
さっき三浦の本屋の前でみかけたけど、やっぱり母親そっくりの美人、」
「三浦書店? 中に入って行った!?」
「いや、そこまでは……」
俺の勢いに気圧される陽二さんを置いて、店の手伝いを放棄して走り出す。
陽二さん、ナイスアシスト。
ご希望通り、今度まゆらを紹介する。
ただし、そのときは勿論『俺の恋人』として。
子供の頃から少年漫画誌を定期購読している三浦書店。息を切らして駆け込んでも、まゆらの姿は見つからなかった。
「おばさん、女の子を見なかった!?
小さくて、髪がこのくらいで、美人だけどツンとして気が強そうな……!」
「文庫本を一冊買って、ついさっき出て行ったけど」
子供の頃から慣れしたんだ小手毬商店街。運命のアシストがなかったとしても、俺には強力な味方がいる。
「赤いダッフルコートのお姉ちゃんならそっちに行ったよ!」
「あの別嬪さんなら、さっき『スプリング』で、リップクリームを買って行ったよ」
塚本の奥さん、骨董屋の川久保さん、ドラッグストアの春野さん。
魔法でもなんでもない、子供の頃から可愛がってくれた、大勢のサポーターの証言。
夕暮れに染まる商店街。まゆらの足取りを追いながら、俺の息が上がって来た頃──
「颯ちゃん、お願い、拾って!!」
静さんの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、まゆらと何度も歩いた坂道から、いくつもの夕日が、俺に向かって転がり落ちてくる。
次々に落ちてくるオレンジ色のネーブルをキャッチして、顔を上げる。
坂道の中ほどに、『八百商』の紙袋を抱えた静さんと、俺と同じようにネーブルを手にしたまゆらが立っていた。
これ以上ない、最高のタイミングでの運命のいたずら。
ベタ過ぎる出会いのシチュエーションが、きっと俺達の『運命の恋』のクライマックス。
「静さん頼む、その子、逃げないように捕まえて!」
すかさず逃げようとするまゆらに、静さんが俊敏な動きで跳びかかる。
まゆらはなすすべもなく、静さんの小さな体におさえこまえれた。
ようやく俺は『運命の恋人』を捕まえた。正確に言うと、俺ではなく静さんが。
「抵抗しても無駄だよ。静さん、五十年前は女子レスリングで国体に出たこともあるんだから」
まゆらの手からこぼれたネーブルを拾い上げ、笑いながら言う。
まゆらは観念したように「なんなの、この町は……」と呟いて、涙目で俺を睨んだ。