表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
朗報です。完全に断ち切れたかに見えた『運命の赤い糸』ですが、現在かろうじて繋がっていることが確認されました。今後の展開をお見逃しなく。
49/58



悔しかった。

無理だとわかっているハードルに全力で挑んで、跳ね返されて傷ついたまゆらを――

きっと涙を隠して平気そうな顔を取り繕っていた、俺と出会う前のまゆらを思って、たまらない気持ちになった。


そのときのまゆらのそばにいたかった。

俺のパーカーで、小さな体を包んだあの夜のように。まゆらが傷ついたときは、いつも俺が一番近くにいたかった。


タイムスリップして過去に戻ることなんてできない。だけど──今ならそばにいられる。


運命なんて関係ない。

恋人じゃなくても、親友でも、肩書なんてなんでもいい。

将来だとか生き方だとか、プライドだとか、そんなものもどうだっていい。

俺はもう二度と、強がりなあの子を独りきりで泣かせたくない。


「颯太君、まゆらはね。あなたがくれる未来に満足できないわけじゃないの。

あらかじめ用意されている未来を、無抵抗に受け入れることが怖いのよ。

あの子はずっと、運命に抗って頑張り続けて来たから……頑張れなくなることが怖いんだと思う。頑張らなくてもいい、今のままで十分幸せって思ってしまうことが……そう思わせるあなたのことが、怖いんだと思う。

きっと、ただそれだけ。だから私は、あなたにまゆらのそばにいてほしいの」


すみれさんの言葉が、俺の背中を優しく押す。

冷めた紅茶を飲み干して玄関に向かった。


靴箱の上には、写真立てが飾られていた。

入ったときには緊張しすぎて見る余裕がなかった。


白い木のフレームの中に、ランドセルを背負ったまゆらが立っていた。

シンプルな紺色のワンピースを着て、緊張した面持ちで唇を引き結んでいた。


眉の上で切りそろえられたボブの髪も、恥ずかしさを無愛想で隠す表情も、今とほとんど変わらない。


「小学校の入学式ね。

まだあの子が、あの世界に憧れる前の写真よ。

この頃のあの子の夢、何だかわかる?」


言葉に詰まる俺を見て、すみれさんは言った。


「──『お花屋さん』よ」


目には見えない大粒のしずくが、胸の真ん中に落ちてくる。

その場所から、あたたかい何かが全身ににじんでいくのを感じた。


履き古したスニーカーに足を突っ込んで、踏んづけた踵を直すのさえもどかしかった。


「待って颯太君、忘れ物」


呼ばれて振り向いた瞬間、強烈なデコピンが俺を襲う。

額を押さえてうめく俺を見て、すみれさんは悪戯っぽく笑った。


「この前の舞台の帰り、まゆら、あなたと一緒にいたんでしょう?

夫には内緒で教えてくれたの。『颯太に送ってもらった』って。あの子、あなたの前で泣いたんじゃない? 目が真っ赤だった」


「誤解です。俺が泣かせたわけじゃなくて……」


「わかってるわ。だから、ただのやきもちよ。

母親の私が最後にあの子の泣き顔を見たのは、高校二年生のときの受験で、一次試験に合格したときの嬉し涙だけ。

あの子が辛いときに涙を流せるのは、あなたの前だけなの。

あなたはまゆらの特別なのよ」


すみれさんとまゆらはよく似ている。

綺麗な顔からは想像もつかないくらい、タフで一筋縄ではいかないところが。



今度は夫がいるときに、まゆらと四人で食事でもしましょう。

そう言って手を振るすみれさんに頭を下げて、駆け込むようにワゴンに乗った。



バッグミラーには、取り立てて特徴のない男の顔が、上半分だけ切り取られて映っていた。


こんな平凡でなんの取り柄もない俺を、あの子は世界でたったひとりの特別な男に変えてくれる。


そんな魔法を使える女の子は、やっぱり世界でたったひとり、君しかいない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ