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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
朗報です。完全に断ち切れたかに見えた『運命の赤い糸』ですが、現在かろうじて繋がっていることが確認されました。今後の展開をお見逃しなく。
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俺は生き方を変えられない。

今更宇宙飛行士にはなれないし、オリンピックだって目指さない。俺は俺の両親と同じように、半径五十センチ以内にいる人を幸せにする自分でありたい。


安定した収入が得られて、ブラック企業ではなく、家族と過ごす時間を優先できる職場。

欲を言えば、そんな中で関わった誰かを、ほんの少しでも幸せにできたらいい。

実家の花屋は、もともと母の代で閉める予定だし、結婚相手は店を継いでくれる人がいいなんて思ったこともない。


でも『花屋にならない』女の子とは結婚できても、『花屋になんかなりたくない』女の子とは結婚できない。




「頑固なのね、ふたりとも」


黙りこむ俺を見て、すみれさんは溜め息まじりに笑う。


「まゆらに聞いたのね、あなた達の未来のこと」


「はい。でも、映画のあらすじを聞かされているみたいで、全然現実感が湧かなくて……」


「最後まで聞けた?」


そう聞きながら、すみれさんは、すでに俺の答えを知っているような顔をしていた。


「私は聞けなかったわ。まゆらが小学生の頃、ほんの好奇心で『ママの未来を教えて』って言ってしまったことがあるの。

まゆらは表情も変えずに、小説の朗読でもするみたいに話し始めたわ。

私が何歳の時にバレエ教室を始めて、何年後に教え子が外国のコンクールで入賞するとか、

パパが何歳の時に会社を辞めて独立を決意して、何年後にマイホームを建てるか、とか。

でもね、話がどんどん未来に進んでいくにつれて、怖くてたまらなくなった。

気が付いたら、あの子の口を塞いでいたわ。

颯太君もそうだったんじゃない?」


ジーンズの太腿に置いた手に、汗がにじんでくる。


あの夜、病院のロビーで、まゆらは俺に聞いた。

『──最後まで聞きたい?』と。

臆病な俺は、頷くことができなかった。



誰でも一度は夢見たことがあるはずだ。

タイムマシーンに乗って、未来の自分に会いに行く。でもそれは、絶対に叶うはずがないと知っているからこそ願える夢だ。


もし実際に自分の未来を知ることができたら――死ぬまでの人生を記されたノートを差し出されたら、何割の人間が受け取るだろう。


俺には無理だ。きっと、恐怖で直視することすらできない。


すみれさんはティーカップを持ち上げると、まゆらに良く似たかたちの唇を寄せ、紅茶を一口飲んだ。


「怖いわよね、自分の未来を知るのは。

明日の自分に何が起きるのか、何歳の時に病気になって、何歳の時に死んでしまうのか。私は知りたくないわ。聞いてしまった瞬間に、自分の人生が余生になる気がするの。

だから聞かない。あの子の口を塞いだり、自分の耳を塞いだら、その恐怖から逃れることができるから。

でもね、颯太君。

あの子は――まゆらは、逃げることはできないの。

どんなに怖くて、知りたくないと思っても、知らずにはいられないの。

あの子は生まれた時から、たった独りでその恐怖と戦っているの」


いきなり頬を殴られたような衝撃だった。


そんな自分に驚いた。

俺は知っていたはずだ。彼女に未来を見通す力があることを。

それでも俺は、その力が彼女にもたらす恐怖について、今まで一度も考えたことがなかった。


出会ってから二か月間、隣にいるまゆらをずっと見つめていた。

別れてからの一カ月は、忘れようと思いながらいつもまゆらのことばかりを考えていた。


それなのに、俺はまゆらのことが全然見えていなかった。





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